北の地方のやわらかな陽の光に、きれいな蜜色の髪が蕩けるように輝く。
野辺に咲く花の上を小さな手が彷徨い、ひとつを選んで摘み取った。もう片手に持った花鎖に編み込むと、小さな手は再び花の上を彷徨い、時間を掛けて選ぶと、摘み取って編み込む。
蜜色の髪を持つ少女は地道な作業を根気よく続け、かなりの時間を経てようやく、花輪をひとつ、完成させた。
出来上がった花輪を陽に掲げて眺めてから、愛らしい少女は満面の笑みを浮かべ、野辺を走った。
しょちぴるり
第4部-第24話
「ぱぁぱぁ!!見てみて、きれーい!!」
「っと、リン!」
花輪を掲げたまま飛びかかるという無茶を仕出かした少女――リンを、野辺の片隅に座っていたがくぽは危なげなく受け止めた。
一度持ち上げると宙でくるりと回転させ、膝の上に落とす。
わざとらしいしかつめ顔になると、膝に乗せた少女を覗き込んだ。
「そなたな、せっかく綺麗に出来たものが、台無しになるであろうが。あとな、そのふざけた呼称でひとのことを呼ぶのは、いい加減やめろと」
「んっふふー!ぱぁぱぁにあげるぅ!」
「ひとの話を聞け、リン………」
ご機嫌な少女はがくぽのお説教に構うことなく腰を浮かせ、首に出来立ての花輪を掛ける。
慨嘆したがくぽといえば、複雑な表情で花輪をつまんだ。
「綺麗に出来たが、俺がして似合うか?かえって勿体なかろう。どうせなら、カイト殿に……」
「まぁまぁには、最初にあげたもーん!」
ぼやくがくぽに高々と主張し、リンは勢いよく膝に座り直した。
そうやっても、小ゆるぎもしない。リンの自慢の『父親』だ。
さっきも軽々とリンを抱え上げ、宙で回転させるという荒業をあっさりやってのけた。
驚くべきがたいの良さであるなら納得もいくが、リンの父親であるがくぽは、花輪を掛けられてもまったく違和感のない美丈夫だ。優男とまでは言わないが、むさ苦しさはまったくない。
実際のところ二人の見た目を冷静に比べると、リンはいったいがくぽがいくつの時の子供なのかと、首を傾げられるだろう。
北の地方独特の、性別を曖昧にする子供用の貫頭衣に身を包んだリンだが、あと一、二年もすれば成人の衣装に着替えても良いような年頃だ。
リンはしぐさと表情の天真爛漫さで、本来より幼く見える。そこは『母親』譲りだろうと、がくぽは言う。
その、見た目よりも幼くはない体を軽々抱えて曲芸じみた動きをあっさりやってのけ、勢いよく飛びついても揺らぐことなく受け止めてくれるから、リンは楽しくて仕方がない。
遊具らしい遊具もない北の森で、なにより一番の『遊具』は、父親なのだ。
「ぱぁぱぁ、まぁまぁとおそろいよ!リンって気が利くでしょ!うれしいでしょ?!」
「やれやれ………」
膝に乗せた小さな体は、傍若無人に主張する。
陽の光を受けて蜜色に輝く美しい髪を撫でると、がくぽは慨嘆してリンの頭頂部に顎を落とした。
勢いよく座ったせいでめくれている貫頭衣の裾をさりげなく直してやりつつ、広がる野辺に目をやる。
春だ。
他の地方に比べて遅くやってくる北の森は、ここぞとばかりに花を咲かせ、短い季節を謳歌している。
「♪」
野辺に響くのは、芽吹いたいのちを言祝ぐうただ。うたい手は踊るように花の間を渡り歩き、咽喉を開いて、力与えるうたを惜しみなく注ぐ。
「………」
ひらひら揺れる着物と、ともに踊る花冠に彩られた短い髪に見惚れたがくぽは、蕩けた表情はそのままに、傍らに置いた剣を掴むと無造作に掲げた。
上がる、わずかにくぐもってもかん高い衝突音。
まるで揺らぐことなく攻撃を受けたがくぽは、剣の先に目もやらなかった。ひたすらに、野辺をうたい踊る相手を見つめ、表情を蕩けさせている。
ご不満なのは、そんなふうに片手間で相手をされたほうだ。
「ぅっわ、かわいくね!まぁまぁに見惚れて隙だらけかと思えば、そうやって簡単に受け流すとか、かわいくね!!」
「あらぁ、レン!」
鞘に入れたまま掲げられた刀身に当たったのは、木剣だ。
軽い音を立ててあっさり受け止められた自作の剣に、隙をついて襲い掛かってきた少年――レンは、喚きながら地団駄を踏んだ。
膝に乗ったままのリンは笑ってレンを見上げ、相変わらず蕩けた表情で野辺を歩くうたい手――『母親』に見惚れている父親の太ももを、ぺしぺしと叩く。
「連敗記録伸ばしたわね、レン!せっかく卑怯にも、背後から襲い掛かったのに!」
「リン、こういうのはセンジュツって言って、卑怯とは言わねえの!」
言いあうリンとレンは、性別の違いがあっても驚くほどに似た面立ちだ。黙って並べば、どちらがどちらか区別がつかないだろう。
それも道理で、二人は双子のきょうだいだった。
剣を下ろしたがくぽはようやくレンに顔を向けると、鼻を鳴らす。
「たわけ。漲るやる気を隠せない身で戦術を語るなど、おこがましい。まずはその、鳴り響く楽器の集合のような気配を鎮めることから始めろ。話はそれからだ」
世の凡例を踏襲し、がくぽもまた、娘には甘いが息子には手厳しい父親だった。
馬鹿にしきった口調で言われ、レンは再び地団駄を踏む。
「はーらーたーつぅううう!!まぁまぁバカでしかないくせに、ぱぁぱぁってほんっと、腹立つぅうう!!」
「そう褒めるな」
「褒めてねえよ?!」
真顔で言い放ったがくぽに、レンは目を剥く。しかしことあるごとに、子供たちが話を聞かないと慨嘆する父親は、この点に関しては自分こそが聞く耳を持たなかった。
「まあ、敵を認めて素直に褒められるのは、そなたの美徳と言えないこともないが……そのふざけた呼称でひとを呼ぶのを改められないところで減点で、結局加点なしだ」
「だから、褒めてねえよ?!」
真顔で吐き出す父親に、膝の上のリンはきゃらきゃらと弾けるように笑う。
リンとレンの父親は、『母親』に狂っていることが誇りだ。卓越した剣の腕を褒められるより、色男ぶりを讃えられるより、母親バカだと罵られるほうが余程、うれしいらしい。
そうして親子三人でいるところに、一通りうたい終わったらしい『母親』が相変わらずの踊るような足取りでやって来た。
「なんだか、たのしそう!おれもまぜてー!」
「楽しくねえよ、まぁまぁ!!」
無邪気に笑う母親――カイトにレンは叫んだが、抗議が両親に届くことはなかった。
傍らにぺたんと腰を下ろしたカイトはすぐさまがくぽに抱き寄せられ、くちびるを塞がれていたからだ。
がくぽのもう片手で目を塞がれたリンだが、呆れたように肩を竦める。
「子供を膝に乗せて、やっていい程度の口づけかしら?」
「リンは目を塞がれてるけど、俺はガン見出来てるしなー」
「えー、ずるーいー、レーン!リンは見られないのにぃ!」
「見たくねえよ、別に?!目の前でやってるから、仕様がなく見てやってるだけだし!!」
矛盾に満ちたことを叫び、レンは木剣を地面に突き刺す。
多少仲が良すぎる両親は子供たちが退屈するほど長く口づけを堪能し、カイトの体が力を失って蕩けたところで、ようやく離れた。
「も、がくぽ………」
「すみません、カイト殿。つい」
もつれる舌でどうにか文句を吐き出したカイトの頭に、落ちた花冠を拾って被せ直し、がくぽは反省したような口調で謝る。ような、だ。手はしっかりとカイトの肩を抱き寄せて、離さない。
子供の前でやっていいことと悪いことの区別は、むしろ東方の剣士であるがくぽのほうが厳しいはずだ。
しかしうっかりすると、愛おしさのあまりに逸脱する。
それはいくつ季節を越えて、家族が増えたところで変わらない。
「も………」
言葉にならないまま甘く蕩ける吐息をこぼし、カイトは結局素直に、がくぽへと凭れた。
騒動に明け暮れた短い夏が終わり、あるかなしかわからない秋を過ぎて、初雪が長く厳しい冬の到来を告げた日――
カイトが抱き続けたたまごはようやく割れて、少女と少年の双ツ神を生みだした。
がくぽは未だに、理屈がわからない。
たまごはカイトが両腕に無理なく抱ける、人間の頭程度の大きさだった。
しかし散策途中だったカイトが突然に、『うまれちゃう、うまれちゃうううぅ!!』と叫んで住処に駆け戻り、寝台に置いたところで割れた――たまごの後には、年の頃すでに十三、四の子供が二人、ちょんまりと座っていた。
たまごの大きさと、出てきた中身の大きさと。
不釣り合いもいいところだが、所詮は機嫌によって殻の色を変えるような、不思議のたまごだ。そもそも本来は男であって、子供を孕むこともないはずのカイトの腹から生まれた。
なんでもありもいい加減飽和状態で、がくぽは深く追求することもなく流した。
なにより、そんな暇もなかった。
ようやくの『再会』に、『親子』となった元きょうだいは姦しいなどというものではなく――
あの日ミクは、がくぽに己の『目』を貸し与えたうえで、『斬れ』と命じた。
一時的に視界を貸し与えられたがくぽが見たのは、ミクが見ていたもの。
すべてのいのちと縁を断ち切る、不吉の女王の目にだけ映るもの――一ツ体に双ツを詰め込まれた異端の神、リンとレンを、一ツ体に『結ぶ』ものだ。
驚くほどに強固で、複雑な結び目だった。解くより斬るほうが、確かに話は早そうだ。
この結び目がなくなれば、リンとレンは双ツに分かれる。異端ではなくなる。
逆に言えば、この結び目をどうにかしない限り、なにをどうやろうともリンとレンが双ツに分かれることはない。新しい体を与えても、すべては無駄だ。
また、一ツ体に双ツを詰め込んだ、異端の神が生まれる。あれほど多くの神が苦しみ、痛みを分けて計画したすべてが、無為な結果に終わる。
遊びが過ぎたといえばそうだが、時間がなかった。
がくぽはカイトに説くこともなく、問答無用で剣を振るい、――
最強を謳われる剣は遺憾なく腕を発揮して、『子供神』ではなく、『結び目』だけを斬った。
そこには、ただ人であるキヨテルにすら抱きしめられる、肉の体を持った子供がいた。しかし肉の体にはまったく傷を負わせることなく、冥府の女王にしか見えない、触れられない結び目だけを――
結び目が斬れたことで双ツに分かれ、異端ではなくなった子供たちは<世界>が厭う『不吉』ではなくなった。
斬った瞬間に体が解けたので、さすがにがくぽもしくじったかと、冷や汗を掻いたが――
歪ツに詰め込まれた一ツ体から解放された双ツのいのちは契約のまま、新しい体が用意されているたまごへ向かった。
たまごもようやく、約束の通りに子らを受け入れた。
たまごにとっての善悪はカイトが判断していると、ミクは言った。だからといって、カイトの好悪の情には因らないのだと。
世界の定めに則り、無意識下で選別されるものだと。
結び目が解けない状態の子供を受け入れても、同じことのくり返しで、徒労に終わる。生まれるのは再び、異端。悪だ。
カイト自身には原理が理解出来ていなかったにも関わらず、『カイト』は選別し、たまごの守りは働いた。ある意味で単純に済んだはずのことなのに、別の意味では非常にややこしい。
結局理解できていなかったカイトは、やはり誤解から、一時的に大泣きした。
がくぽが平謝りしながら説明し、ミクもまた補足したことで、なんとかことは治まったものの――