枕元に、たまごのための巣作り――寝場所を整えるのは、いつもはカイトの役目だ。たまごの眠りが安らかであるようにと、眠りにおいても幸いたれと、カイトは祈りを込めて『巣』を作る。

しかし今日、たまごのための寝床を整えたのは、がくぽだった。

しょちぴるり

第4部-第26話

徹底的に夫婦の話し合いをすると宣言し、カイトを住処に連れ帰ったがくぽは、寝室に向かった。石造りのこの住処は、寝室と台所以外にはほとんど手を入れていない。落ち着いて座ることが出来る場所といえば、寝台だ。

たまごを腹に抱いて小さく丸くなったカイトを、丁寧に寝台に下ろしたがくぽは、手早く巣作りをした。だからといっていい加減に、乱雑にしたわけではない。

『中身』もすでにわかっているが、手つきは丁寧で、むしろこれまで以上に愛情と祈りに溢れていた。

カイトがいつもいつも、思いこめるように――

「………ぁ」

「………」

がくぽが手を伸ばすと、カイトはびくりと竦んで体を反しかけた。反射的に、がくぽからたまごを守ろうとしたのだ。

それでもがくぽが怖気ることなく手を伸ばしていると、カイトは俯いたままおずおずと、たまごを差し出した。

触れたところで、がくぽの手を拒み、たまごが火花を散らすことはない。静かにきれいに、輝いている。色が濁ることもなく、光が失われることもなく――

受け取ったたまごを、がくぽは同じく丁寧に、巣の中に収めた。ついでに自分の上着を脱ぎ、布団の代わりに掛けてやる。

そうして子供の『目隠し』も済んだところで、がくぽは委縮しきったカイトに伸し掛かった。

「がく………っん、んんっ!」

「カイト」

「ん…………っっ」

のっけから所有を主張する呼び方をされ、カイトの背筋は震えた。どうしても甘く痺れて、腹が疼く。

そんな場合ではなくて、きちんとがくぽに謝って――

思うものすべてを吸い上げるように、がくぽはカイトのくちびるを貪る。硬く強張り、拒むようだったカイトも堪え切れず、体はとろりと解け崩れた。

冷たさはそのまま、蕩かされたカイトを寝台に横たえ、がくぽは自分の着ているものを寛げて行く。

見せつけられる体は、何度も何度もカイトへと伸し掛かり、所有を刻み、あるいは所有しろと命じられたものだ。

「が、くぽ………」

「私を疑いましたね」

「ぅ……っ」

きっぱりと断罪されて、カイトは思わず瞳を逸らした。

そんな資格もないとわかっていて、無理を頼んだ。どうすればいいのか、その方策も示さぬままに、どうにかしてくれと。

がくぽは請けてくれて、尽力してくれていたのに――

信じて、待っていることが出来なかった。

真実を疑って、挙句に見当違いに泣いて責めた。

どうしてと問われれば、なによりも己が後ろめたかったからだ。

がくぽに子供を上げようとして、――結局は利用していただけだと、『思い出し』た。神の都合に、巻き込んだだけだと。

子供を、上げたかった。

あんなにも、歓んでくれて――楽しみに、心待ちにしてくれて。

上げたかった。

生涯懸けて愛する、男に。

生涯を懸けて愛してくれた、男に。

「………っめん、なさ……」

「………」

浮かぶ涙に震えながらもしずくをこぼすことはなく、カイトはつぶやいた。

がくぽは知っている。

カイトは泣き虫だ。男だというのに、涙腺が弱くてよく泣く。

がくぽは、知っている。

伴侶がカイトの涙に弱いと、守り役はカイトが泣かないように努めていると、カイトが知っていることを、知っている。

だからこそ、カイトは懸命に涙を堪えている。

卑怯だと、思うからだ。

泣けばきっと、がくぽがなし崩しに赦してしまうと――そんなやり方は、がくぽに対して誠意がないと。

がくぽの表情は綻び、瞳はやわらかな光を宿して、伸し掛かった体を見下ろす。

仕方がないとあえかなため息をこぼすと、屈んだ。

「ん……っ」

ちゅっと涙を啜ると、カイトは驚いたように震えた。

逸らしていた視線が戻って、揺らぐ瞳に自分が映っていることを確かめ、がくぽの表情はますます幸福に綻んだ。

「泣いてもくれないのですか」

「え………」

詰る言葉に、カイトは瞳を瞬かせる。散るしずくを、がくぽは丁寧に舐めた。

「がく………」

「あなたはもう、私に涙を見せてくれないのですか。………もう、私のことを、愛してはいないと?」

「そんなわけない!」

がくぽの言葉に、カイトは瞳を尖らせて身を起こした。

たとえ利用していたにしても、抱いた愛情は本物だ。本物であればこそ、苦しむのだ。

資格も失い、立場もないとは思う。

けれど、騙ることは出来ない想いはある。

「あいしてるがくぽのこと、だれよりも、なによりも、ぜったいぜったいに、あいしてる………あいしてる………けどっ、っっ」

堪え切れずにぼろりと涙がこぼれ、カイトはくちびるを噛んだ。

泣くんじゃないと。

眠りについた姉神にも、よく罵られた。

おまえが泣くんじゃないと――

それでも、泣いてしまう。

がくぽが涙に弱いと知っているのに、こんな場面で堪えられずに泣いてしまう――自分が。

「あなたが私を裏切ったと泣くのなら」

半身を逸らし、強情にくちびるを噛んで嗚咽を堪えるカイトに、がくぽはくちびるを寄せ、ささやく。

こぼれる涙を啜り、泣こうが泣くまいが揺らぐ瞳に舌を伸ばした。

粘膜に触れる前に反射で瞼が落ち、がくぽの舌は弾きだされた涙だけを掬い取る。

「………あなたが私を裏切ったと泣くのなら、その涙は私の罪であり、私への罰です」

「……っ」

ぱっと顔を向けたカイトを見つめ、がくぽは穏やかに微笑んだ。

「あなたが私のために涙を堪えるというのなら、それもまた私の罪であり、こぼされない涙は、私へのなによりの罰だ」

「がくぽがなにを、わるいことしたっていうの?!」

真剣に憤って叫ぶカイトは、初めからだ。

ずっとずっと――がくぽはきれいだと、がくぽは善きものだと言い続けた。

言うだけではなく、無邪気に寄せる信頼や、変わらず向ける笑顔、伸ばされる手、尽きず与えられる愛情、受け入れる体――

すべてをもって、言葉にも因らず、がくぽは善きものだと示し続けた。

だとするなら。

「あなたがなにを、わるいことをしたと言うのです?」

「………」

同じ言葉を返したがくぽに、カイトは瞳を見開いた。

くちびるが空転し、瞳が惑う。

明かりが欲しいと、がくぽは痛切に思った。なんだかんだの騒動は、実際のところは大した時間が掛かっていない。嵐のように多くのことが吹き荒れたせいで時間の感覚が間延びしたが、日はまだ沈み切っていない。

それでも、石造りの住処の中はすでに暗く、すべてをつぶさには見られない。

カイトの瞳は、いのちを生みだした南の海の色だ。波打つように、常に暖かく揺らいでいる。

美しい色だ。

ただ漫然と眺めることも、がくぽはこのうえなく好きだった。

「が……くぽの、こと、だまし……て、て………おれが、子供………生むために、………利用、して………」

どもりどもり告げたカイトに、がくぽは首を傾げた。

「それは、私を疑う以上にわるいことなのですか?」

「う……たがう、い………っ」

示された判断基準に、答えられずにカイトは戸惑って口を噤む。

カイトは、東方の剣士を知らない。その精神性を、重きを置くことを知らず、ただ『がくぽ』を愛した。

敵する人間であることも置き、熱狂的に欲される人材であることも置き、ただ『がくぽ』を。

「あなたが私を愛したことは、嘘ですかこの子らは、私の干渉を――私とは、まったく関係がない?」

「ちが……っ、ちがう、ちがう………ちがう、けど………っっ!!」

惑乱し、カイトはただふるふると首を横に振る。

がくぽを愛したことは、本当だ。子供を生むためとはいえ、そもそも腹に仕込まれた『時満花』は相愛の相手を得ないと、反応しない。

たまごもそうだ。

代替の胎となる時満花は、カイトの想いだけを吸い上げて子供を作るわけではない。

伴侶の――がくぽの想いもまた吸い上げて、胎と成って子供を生む。

子らのいのちこそ、異端であった双ツ神のものだが、新しい体を形作るのはカイトとがくぽ、二人の想いであり、互いへと懸けた愛情そのものだ。

そこに、なにひとつとして偽りも騙りもない。

記憶は歪められても、抱いた想いには瑕疵のひとつもないのだ。

「………それで、カイト殿。あなたはいったいどんな、わるいことをしたと?」

「え………っ」

重ねられて、カイトは言葉を継げなくなった。

ただ瞳を見開くだけとなったカイトに、がくぽは微笑む。穏やかに、これ以上なくきれいに。

がくぽは見惚れたカイトへ顔を落とし、やわらかにくちびるをついばんだ。軽く触れるだけで離れ、頬を撫でる。

「あなたが罪を犯したなら、それは私の罪です。あなたが罰を受けるなら、私も罰を。………それで、カイト殿。『私』はいったいどんな、わるいことをしたのです?」

「………っ」

呆然としていたカイトの表情が、くしゃりと歪んだ。涙が盛り上がり、手が伸びる。

がくぽの首に掛けるとしがみつき、カイトはがむしゃらにくちびるを重ねてきた。

「してな………っしてない………っなんにも、わるいことなんか…………っっ!!」

「ふ………っ」

暴れるようなカイトを枕に沈め、がくぽは丹念にくちびるを味わった。

舌に覚えるのは、ひんやりとした心地だ。薄荷が香り、胸が透くのに甘く満たされる。

がくぽが流し込む唾液もまた、カイトは素直に咽喉を鳴らして飲みこんだ。

「んっ、ぁ、は………っ」

「まあ、あなたにとって私が潔白だとしても」

ようやく芯から蕩けた体を下に、がくぽはくちびるを舐めた。

穏やかな声音は変わらぬまま、解きかけの自分の着物に手を掛ける。さらに緩めると、蕩けてぼやけるカイトへ、にっこりと力いっぱい微笑みかけた。

「あなたが私を疑わざるを得なかった。これは私の罪です。私の愛情が盤石ではなく、あなたの信頼に足るものではなかったということですからね。そのせいであなたを傷つけ、泣かせた。度し難い罪です」

「……えがくぽ?」

蕩けていたカイトだが、微妙な雲行きを察知して、瞳を瞬かせた。腕は首に回したままでも無意識に逃げる腰を、がくぽはがっしりと捉える。

「このままで済ませる私だと、よもや思わないでしょう罪は償います。ええ、私の全力を懸けて!」

笑みは暗闇にもきれいで輝き、そして言葉にもし尽せないほどに不穏だった。

カイトは震え、がくぽの首に回した腕に力を込めた。

「え、えと、がくぽ………がくぽごめ、むつかし………わかんな、てか、こわぃ………!」