対策を練ろうとしている間に、なにがあったのか。

師匠には「短気を起こして泣かせてみろ、どうなるかわかっていような」と凄まれ、麗しの令嬢からは、「どうかお情けくださいまし」と嘆願される始末。

つまるところ、あのキャラクタが完全に<ORACLE>に根づいてしまったという、面白くない事実。

My Lover is killed Me-04-

オラトリオだとて鬼ではない。

愉しみなどあってないようなもののクローズネットの住人が、キャラクタを愛玩するくらい、容認してもいい。

――ほんとうは、あんなふうに甘い声で、甘い仕種で触れるものがあることなど、まったく容認したくはないが、そうも言えない。

そう扱ってほしい自分はいつでも電脳空間にいられるわけではなく、むしろいないことがほとんどなのだ。

気まぐれに訪れる相手などに、オラクルがいつまでも気を遣っているというのもなんだか疲れる話だし、哀れでもある。

自分のように外に出て女の子に声を掛けまくり、製作者たちに頭を抱えさせることで憂さを晴らせないのだから、ああいったキャラクタのひとつやふたつ、ここはどーんと許容しないと。

いけないことくらい承知している。

ここがおにーさんの包容力の見せどころだと。

わかっているから!

「オラトリオ」

「にょ~ん」

「…っ」

せめて、名前!

名前をどうにかしてくれないものか!

久しぶりにアトランダム本部に帰ってきて、どこよりも安全な<ORACLE>本部からのダイブインだ。こころ行くまでオラクルとの逢瀬を愉しもうと思っていた矢先の、このお出迎え。

掴んだ扉を思いきりひしゃげさせて、オラトリオは怒りに耐えた。否、扉がひしゃげている時点で耐えられていない。

「おかえり、オラトリオ。扉直せ」

「にょ~」

「…わぁってるよ…」

オラトリオ、とオラクルが呼ぶたびに、その腕に抱いたマヌケ生物が応える。

堪えなければいけないのはわかっている。

オラクルはかわいいものが好きで、育成ゲームも好きだ。両方を兼ね備えるこのキャラクタがとても好きなのは、もう、仕方がない。

仕方がないが。

オラクルに、「オラトリオ」と呼ばれるのは、呼ばれて応えるのは、自分だけのはずだ。

自分だけでなければいけないはずだ。

自分以外のなにものにも、その役を譲っていいはずがないのだ。

妬心が燃え上がって、鎮火しようがない。

こればかりは理屈で納得できる範囲ではないのだ。

守護者としての自分の存在意義にすら波及する、根深い独占欲。

「アトランダム本部に帰ってきたのは久しぶりだな」

「…ああ、今回はちょいと長丁場だったからな」

扉を直し、オラトリオはできるだけ声を抑える。

決して暇ではない時間を縫って、対策を練った。その対策のひとつとして、ゲームもプレイした。

そのうえでいくつか仮説を立ててきたから、パラメータを見れば、このキャラクタがそんなに気に入られている理由を探す一助になる。

隙を窺うオラトリオの緊張感にはまるで気づかず、オラクルは『オラトリオ』をカウンターに放した。

ゆったゆったと傾ぎながら不安定な二足歩行で歩く『オラトリオ』は、飛び降りるというよりは落ちるといったほうが正しい姿勢でカウンターから降りた。

咄嗟に手が伸び、小さなからだを受け止める。

「オラトリオ?」

「…っぶねー。なんだこの不器用さ加減…」

「にょーん」

なんだかんだと腐しはしても、オラクルのお気に入りだと思えば、見捨てておけない。

情けないくらいにオラクルにべた惚れ状態の自分に、なんだか悲しくなるオラトリオだ。

それなのに師匠にも麗しの令嬢にも、さらに尻に敷かれろと釘を刺されるとか、哀れを通り越している気がする。

ぷにぷにした物体を掴み上げてため息をつくオラトリオに、オラクルはくすくすと笑った。

「だいじょうぶだよ。そんなにやわじゃないから。『オラトリオ』は強いんだよ」

「あのなぁ…仮にも『俺』なんだから、もう少し丁寧に扱ってくんねぇかなあ」

ぼやいたのは、計算あってのことではない。

つぶやいたのは思いもしないこと。

こんなものが自分であるとは認めたくないし、認める気もないから、ちょっとした皮肉のつもりで。

「…っ」

「…オラクル?」

「…ぁ、えと」

それなのに、オラクルが激しく動揺したから。

急いで、手の中に掴んだままだったキャラクタを精査する。

パラメータを確認。オラクルの思考傾向と照らし合わせ、嗜好分類していく。

所詮はお遊びだから、すべてのパラメータが条件に一致するとは限らないが。

そうやって出た結論は――

「…これ、『俺』、なのか…」

「…っ」

情けない声でつぶやいたオラトリオに、オラクルの色が激しく瞬いた。ほとんど放電しているくらいの勢いで色が踊る。

激しい動揺を表しているそれは、あまりに素直にオラトリオの言葉を肯定していた。

「オラクル」

「…っばかぁ!」

呼んだところで、オラクルが消えた。同時に、手の中の『オラトリオ』が奪い取られる。

そして降る大量のファイルの滝。

「…っの、オラクルだぁら、もうちっと俺を大切に扱えって言ってんだろぉがぁ!!」

叫んで、ファイルの山から抜け出す。

サーチを掛けると、プライヴェートエリアに反応があった。

リンクからは、小さく小さくうずくまって、嘆き震えている気配が伝わってくる。

「…ったく…」

一瞬の憤りも冷めて、オラトリオは乱れた頭を掻いた。

嘆くことなどない。嘆くほどのことではない。嘆く必要などないのだ。

震えるリンクにつられて泣きそうになりながら、オラトリオは天を仰いだ。

愛しすぎる。

やることなすこと、どうしてああも愛おしいのだろう。

「…謝んねぇと」

つぶやいて、オラトリオは執務室の周りを取り囲む、永遠に続く本棚へと分け入った。

その奥に秘された、プライヴェートエリアに向かうために。

そこでひとりうずくまる、片割れの元へ。