He said...-03-
くちびるが、合わさる。
やさしく触れて、何度も何度もついばんで、やわらかに舐められて。
「…っ」
開いたくちびるに、舌が潜りこんできた。
穏やかに口の中を探られて、体が震える。押し出そうとしたのに、絡め取られて吸われて、甘咬みされて。
「ゃう…っ」
思わずこぼれた声が、甘ったれにねだっているように聞こえた。
いたたまれなくて、逃げ出したい。
のに。
体をしっかり抱えこまれていて、逃げ出す余地がない。
「一樹…」
聞き慣れた声が、聞いたことのない響きで自分の名前を呼ぶ。背筋にぞくぞくとなにかが走って、足の爪先まで痺れた。
「トオ、ル…」
なんで、とか。
どうして、とか。
疑問は尽きせずあるのに、ひとつも言葉にならない。
いつものように、ベッドに引きずりこまれて、抱き寄せられて。
ぬくもりに、心地よい眠気が襲ってきて――
そこまでは、いつものように。
「トオル、だいすき」
つぶやいた言葉を、知らない。
なにかをつぶやいて、眠ろうとした。その頬を撫でられて、上向かされたと思ったら。
キスが、降ってきた。
初めは、なにがなんだかわからなかったけれど、くり返されるうちにそれがキスだとわかって。
一気に眠気が吹き飛んだ。
「トオル…っ」
キス未経験の自分に合わせてか、トオルはゆっくりと口づけて、離れてをくり返す。
十分に呼吸の時間を与えられているけれど、胸がぎゅうぎゅう締めつけられて苦しくて、くらくらしてくる。
大きな手のひらが、焦る背中をゆったりと撫でているのも逆効果だ。動物でも撫でるような手つきなのに、腰がぞわぞわして落ち着かない。
このままでは、確実にやばいと思う。思うけれど、抱えこまれて逃げられなくて――しがみついたまま、離れられなくて。
「トオル」
キスの合間に、名前を呼ぶ。言いたいことがなにひとつ言葉にできない。
こわい。
感情に後押しされて、火照る体ですがりついた。
「一樹」
聞き慣れた声なのに、まるで別人のように蕩けて名前を呼ばれる。
こんなふうに名前を呼ばれたら――誤解もする。自分が、トオルにとって、たからものなのだと。
背中を撫でる手が、腰を辿る。びくびくと震えた拍子に、瞳に溜まっていた涙がこぼれた。
「泣くな」
ささやかれて、涙を舐めとられた。
泣きたいわけではない。ただ。
夜目にも鮮やかに、トオルが笑う。
「それとも、悦すぎるか?」
「…っ」
いたずらにささやかれた言葉に、浮ついていた頭の中が一瞬で冷える。
突っぱねようと伸ばした腕を掴まれて、ますます胸の内に抱きこまれた。耳にくちびるが添えられ。
「愛している」
吹きこまれた言葉に、冷えたはずの頭が沸騰した。
「ゃだ」
舌が痺れて、うまく回らない。堪えきれない涙が、ぼろぼろこぼれた。
「ゃだ…トオル」
「愛している」
拒絶する体を抑えこんで、トオルはささやき、誓う。
そんな誓いはいやだ。困る。
体が痺れて、言うことを聞かなくなってしまう。
「トオル」
「愛している、一樹」
耳朶を舐められて、震えた。息も絶え絶えに、トオルにしがみつく。
「もぉ、だめ…たすけて」
どうにかして、と泣きながらすがると、トオルが目を細めた。獲物を捕らえた獣の表情で、喘ぐ一樹を見つめる。
「トオル、おねがい」
再度ねだられて、トオルはくちびるを舐めると、ゆっくりと一樹の首に咬みついた。