伸ばした手を、寸でのところで伸びた手ががっしと止めた。
生徒会室すぐ隣、資料室に於いて始まる、理由も不明な力比べ――
God's Dog
「下着を見せるんだろう」
「まあね。っていうか、下着じゃなくて『変柄ぱんつ』ね!『変柄おぱんつ』!もっと正確に言うと『なえなえ変柄おぱんつ』!見たらがくぽの大事なとこが、しょぼぼんってしちゃって、この若さでご復活遂げられなくなっちゃうような、変柄おぱんつ!」
むしろ静かにも過ぎるほど、淡々と問うがくぽに、カイトは即座に訂正した。
怒りを堪えるような、どこか引きつった笑みを浮かべつつ、正対するがくぽをひたと見据える。
「まあ、なんて言うかな……がくぽはさ、ちょっとこう、大人しくなったほうがいいよね?血気盛んなあまりに乱闘くり返すとか、やんちゃばっかりするんだから、ちょっとね。大人しくなるように、なえなえになるっていう経験も、たまにはこう、必要だよね!」
口早に言うカイトの様子は、しつけてもしつけても行き届かない『犬』に、最終手段としての罰をぶら下げた飼い主のようだった。隠し切れない苦渋が滲んでいる。
しかし肝心のわんこだ。犬だ。もとい、がくぽだ――
彼はその面に、なんの感情も浮かべていなかった。
怒りもなく、悲しみもなく、焦りもない。
思いが届かないのかと嘆く飼い主を嗤う様子もなく、激情に駆られがちな普段からすると、不気味なほどに静かに澄んでいた。
反対に落ち着かず、ともするとおろおろと視線を泳がせがちになるカイトを見つめ、くちびるを開く。
「下着を見せるんだよな?」
放つ問いは同じだ。
同じだが。
「だーかーらーっ!下着じゃない!変柄ぱんつ!!ヘン柄の、ぱんつっ!!なえなえになる、ヘン柄ぱんつだって言ってんのに、このおばかわんこはっっ!!」
とうとうなにかがぷっつんしたように喚き、カイトは押さえこんでいたがくぽの手を勢い任せに投げた。投げて、即座に後ろに下がってがくぽから距離を取る。
とはいえ、大したものではない。なにしろ資料室は狭く、そこに所狭しと資料なのかゴミなのか判別のつかないものが、雑多に詰め込んであるのだ。
だから慰み程度の距離で、カイトの背はすぐに壁に当たった。それでも仰け反るようにしてさらに距離を取りつつ、カイトはがなり立てる。
「なんで見たがんの?!ヘンだって言ってんでしょ?!そりゃもう、なえなえだよ!聞こえないの?!いいからたまにはちったぁ、俺の言うこと聞きなさいっ!!」
「聞いたから見せろと言っている」
カイトが開けた距離を、がくぽは一瞬で詰めた。毛を逆立てるねこのような相手の腰を抱き、抵抗もものともせずに軽く床に転がす。
がくぽの動きに迷いも躊躇いもなく、即座にカイトの制服のズボンへ手を掛けた。
「がくぽっ!!」
掛けた手を押さえ、やめろと叫ぶカイトを、がくぽは激情を抑えこみ、挙句感情を失った目で静かに見据えた。
「確かに俺は少々、おまえに萎えた方がいい」
「がく……っ」
はっと瞳を見開いたカイトに、がくぽはようやく苦悶を浮かべて顔を歪めた。
抵抗を止めたカイトと、ことりと額を合わせる。そのまま辿っていき、まるで本物の犬がやるように、甘えて首元にすりりと擦りついた。
「んっ、ん………っ」
くすぐったいと震えたカイトに、がくぽは奥歯を食いしばる。募る欲を抑えて歪んだくちびるは泣きそうにも、笑っているようにも見えた。
戦慄くくちびるが開き、堪えても溢れる寸前の激情を吐き出す。
「今のままではいずれ、我慢の限界だ。おまえに、『飼い主』の手に、咬みつくくらいなら――」