街灯もまばらな暗い道を、ほてほてと歩く。

弾む足取りで少し前を行く聡が持つ懐中電灯が、頼りないのか頼り甲斐があるのかわからない明かりを振り撒いている。

まあ、ないよりマシという言葉もある。

街灯の間隔が広くて、本気で真っ暗になる場所もあることを考えると、確かにないよりマシなんだろう。

――だが、どうして懐中電灯を持っているんだ。

修羅世界のしきたり不文律

現在、修学旅行中の身だ。

余計な荷物は持って来ていないはずなのに、用意よく懐中電灯がある時点で、端から抜け出す気満々じゃないか。

夕飯も済んで自由時間となるやいなや、聡は即座に「外に行こう!」と言いだした。

ひとつ言うなら、確かに自由時間というだけあって、どう過ごそうとも自由だ。

しかしそれはあくまで、「旅館の中で」、「他人様に迷惑を掛けない」ことが絶対条件だ。

とはいえ聡にそんな常識論を説いても仕方がない。非常識を常識と、逆転して信じている聡は、絶対にぎゃんぎゃん喚く。

「そんな非常識な!!そこまで個人の行動を制限するなんて学校は旧国軍の残党の集まりなの?!人権侵害でユニセフに訴えてやる!!」

ああ、淀みなく想像出来た。なんでユニセフだ。阿呆かおまえ。いや、阿呆だな。

「達樹ぃ。はーやーくー。疲れたぁ?」

先に行く聡が立ち止まり、振り返って懐中電灯を振る。

訊くまでもないことだ。

普段は一日中、机の前に座って動かないのに、今日は一日中、あっちへこっちへと歩き通しだった。

風呂にも入って夕食も食べて満腹になって、それでどうしてあれだけ元気なんだ。

「眠い」

「もーちょっとだからさ」

追いついて言うと、ねこなで声で誤魔化しを吐く。

だれている俺の手を引いて歩きだした聡は、もう片手に持った懐中電灯を元気いっぱいに振った。

「そもそもさー、なんで夜景スポットをわざわざ観光から外すのかが疑問なんだよね。せっかく歩いて行けるとこに宿取っておいてさぁ。すっごい有名な夜景スポットなんだよそれが、旅館でじっとしてろとか。学校って非常識過ぎるよね!!」

やっぱり言った。

俺はあくびを噛み殺す。

「つまり、夜景スポットに向かっているのか」

「うんあれ言ってないっけ。地元カップルだけじゃなく、他県からもカップルが訪れる、人気デートスポットのひとつなんだけど」

「自分で解答を言っていることに気がつけ」

「かいとう?」

聡はきょとんと首を傾げた。

清廉潔白を掲げる「学び舎」だ。異性交遊にも同性交遊にも目くじらを立てるというのに、そんな、カップルだらけの場所に生徒を連れて行くわけがない。

しかも、夜だ。

見通しも利かない、目も届かない、ついでに手も回らない。

問題を起こしてくれと言わんばかりだ。下手すれば新聞沙汰だ。

しかも下世話な好奇心旺盛な高校生だ。

せっかくムードを楽しみに来たカップルの邪魔をすること請け合い。そしてムードをぶち壊し、さらにカップル自体を破滅させること必至。

訴訟沙汰で済めばいいが、もしかすると刃傷沙汰にまで発展するかもしれない。

そんなお互いに不利益を被るしかないこと、どうして進んで企画するか。

しばらく考えていた聡は、ふと思いついた顔になる。

「アルセーヌ・ルパン?」

「………それは怪盗」

「じゃあ、ルパン三世」

「それも怪盗」

「んじゃあ、キ……」

「だれを出そうが、その『かいとう』じゃねえよ!!」

「えー」

怒鳴って手を振りほどいた俺に、聡はへらりと笑う。

「達樹さん、キッドが怪盗だってよくわかったね」

「知らねえよ」

「あ、やっぱりえっとね、キッドっていうのは…」

「解説は要らん!」

叫んで蹴りを放つ。聡は身軽に避け、電柱にぶつかった。

「いだ…………っっ!!」

派手にぶつかった後頭部を押さえてうずくまる。

天罰覿面とはこのことだ。

「煩悩がすべて浄化されて悟りを開くくらいのことはしたか?」

うずくまる聡の前にしゃがみ込んで訊く。

聡はきっと顔を上げた。

「なにそれ?!俺の煩悩甘く見ないでよねこれくらいの衝撃で吹っ飛ぶほど軽くないよ!!」

「だよな」

これくらいで悟りを開けるなら、今頃聡は宇宙神だ。

「つか、痛い思いしてるコイビトに向かって言うことがそれって!」

「いたいのいたいのとんでけー」

「ごはっ!!」

お望みどおりに労わってやったはずなのに、聡は地面に手をついて土下座状態になった。

そんなにありがたいか。そんなわけねえわな。

「なんだ」

訊くと、ぶるぶると震えた。

「なにその棒読み…………っしかも棒読みなのに、胸のときめきが止まらないとか…………っっ」

「ああ、持病のシャクか」

「ひっくしゃっく」

それはしゃっくりだ。

とはいえ、「持病のシャク」がどういう病気なのか、実は俺も知らない。時代劇で多用されていることを考えると、認知度の高い病気だったんだろうとは思うが。

やたらうずくまって背中を向けているから、なにか苦しいんだろうが……………そういえば、しゃっくりも続くと苦しくなってくるから、意外に合っているのか?

「で、行くのか、行かないのか」

「行かいでか!!こーなったらもう、おてて繋いで、らぶらぶカップルとして行くよ!!」

なにを自棄になっているんだ。

立ち上がった聡は宣言通り、俺の手を引いて猛然と歩き出す。

俺はため息をつくと、その手を振りほどいた。

「達樹さん?」

「らぶらぶカップルなんだろう」

「えぁうん」

マヌケな顔で頷く聡の手を取り直し、腕を組んで指を絡ませた。

「達樹さん」

「ほら、行くぞ」

そうやって、歩き出す。半ば引きずられるようにして聡が隣を歩き、ふは、と吹きだした。

「夜デートだね」

「それ以外のなんだったんだ」

「わお」

ふと前を見ると、地上に星を散らしたような光景が見えてきていた。

高台となっているそこは、物見台とベンチがぽつぽつ置かれているものの、全体的には質素なつくりだ。そしてまばらにひとがいる。

すべて二人組だから、御多分に漏れないカップルだろう。

「見えたよ、達樹!」

「ああ」

ふたりして揃って足早になって、物見台まで行った。

眼下に広がる景色に、さすがの俺たちも沈黙する。

人工の明かりだとわかっているのに、銀河にでも浮かんでいるような錯覚。

意味もわからずに、ぬくもりと郷愁がこみ上げて、ひたすらに「かえりたい」と叫ぶ心。

絡めた指に、少し痛いくらいの力が込められた。

「きれいだね」

ささやきに我に返って目を瞬き、俺は頷いた。

「そうだな」

それから、腕に嵌めた時計を見る。暗くて見づらいが、そろそろ九時だ。

「帰るぞ」

「えええええ?!!」

組んだ腕を引くと、聡は不満声を上げた。

「こんなきれいなのに、一瞬見ただけで帰ろうとか、達樹の情緒はどうなってんの?!!」

「おまえに情緒を問われると、無性に理不尽な気がする」

「錯覚だよ!!」

言い切りやがった。

組んだ腕をぶんぶんと振り回す聡に、俺はため息。次いで、力いっぱいに腕を引っ張った。

「でも、九時までに帰るって約束したんだ仕方ないだろうが、諦めろ!」

「は約束?!」

聡は思いきり訝しげな顔になった。

「え、俺よりそいつとの約束取るのジェラシー嫉妬ここがモチの焼きどころ?」

「なにを言っている」

モチを焼いてどうする。空腹なのか。あれだけ食べておいて。

というか、どうして旅館の飯というものは、ああも量が多いんだ…………。

思い出して微妙に胸焼けを起こしつつ、俺は聡の手を引いて、来た道を戻る。

「つか、だれだれと約束してんの九時からなにがあるってのさ」

横に並んだ聡に矢継ぎ早に訊かれ、俺は肩を竦めた。

「担任」

「は?」

「だから、担任。黙っていなくなると、後始末が大変だろう。だから、ちょっと出て来るって言っておいたんだ」

言うと、聡は首を傾げ、それから絡めたままの指を持ち上げて振った。

「んで、春木はなんて?」

「だから、『九時までには帰って来いよ』って」

「…」

聡は微妙な表情で沈黙し、懐中電灯をくるくると回す。

地味に目が回るんだが。

「まあ、春木だしね。言うと思うけど、それくらい………思うけど」

ぶつくさ言ってから、聡は再び困惑顔で俺を見た。

「あのさ、達樹さん。達樹さん、なんで、教師にご報告申し上げたわけ止められたりとか、閉じこめられたりとか、そういう予測ってしないもん?」

ああ、なんだ。微妙にほっとした。一応、抜け出すのが「悪いこと」だっていう意識はあるのか。

そこまで考えて、宙を睨んだ。

違うな、「悪いこと」だと思っているんじゃないな。

それが「教師側から見ると悪いこと」だと思っているんだろう、きっと。

自分では、自分が悪いことをしているとは思っていない。言い切れる。

困惑顔で見つめる聡に、俺は軽く首を傾げて見せた。

「おまえを?」

「んえ?」

「おまえを止めるのか止められるって、だれがだ?」

逆に訊き返す。

聡はきょとんとして、瞳を瞬かせた。

実際のところ、こうと決めた聡の行動を阻めるやつがいるとは、とても思えない。教師が軟弱だとかいうのではなく、聡が人智を超えている。

もちろん、はた迷惑さという意味でだ。

週五日、時として週七日、聡と闘っているうちの教師陣は、無闇と鍛えられて手強いが、それでも未だに聡に手を焼いている。

つまり俺がどう動こうが、聡の行動にはなんら妨げとならない。

ということは、俺がやりたいようにやったところで、問題はないということだ。

聡といっしょに外に行くので不在になるが心配するな、と一言断って、後々の面倒を軽減するとか。

「達樹さん、俺のことめちゃくちゃ信用してない?」

「おまえを信用した日には身の破滅だ」

「またまた」

「信頼してるんだ」

だれよりもはた迷惑だという意味でな!

だから、俺に取れる防衛策はそれなりに取る。

ふいに、聡が強く手を引いた。

向き合わされた顔を正面からしっかりと見据えられる。繋いでいた手が胸元まで上げられ、両手でぎゅっと握りこまれた。

「諸共に破滅しよう、達樹!!」

「なにを言ってるんだ、この極大阿呆」

呆れて、俺は握りこまれた手を振り払う。もう一度きちんと手を繋ぎ直すと、歩き出した。

「おまえが簡単に破滅するようなタマか。そんなかわいげがどこにある」

「いくらなんでも達樹さん、俺のこと好き過ぎる!!」

「宇宙人が」

言葉の通じなくなった聡を相手にすることを止め、俺はひたすらに旅館を目指して歩いた。

帰ると、俺には熱い茶と名物のまんじゅうが振る舞われ、聡には反省文が課された。