ぴか、と一瞬。
差しこむ、眩い光。
そして轟く――
「んっきゃぁあああああああっっ!!」
春告げ雷音
「ひぎゃあっ?!」
「みぎゃあっ!!」
雷光に続いて雷鳴も轟いたが、少なくともリンとレンの悲鳴は、雷鳴ゆえではなかった。
間断を置かずに発された、ミクの絶叫ゆえだ。
「ちょ、ミク姉!!」
「なんつー声上げるんだよっ!!」
弟妹のもっともな抗議にも、ミクは応えない。腰が抜けかけた、生まれたての仔鹿のような姿勢で、よたよたとリビングを彷徨う。
「いやぁ……………っカミナリいやぁあ………っひっく、ぐすっ」
珍しくも、本気で泣きが入っている。
そこに、ぴか、と閃く光。
咄嗟にレンは、リンの耳を塞いだ。
「んっきょぁああああああああっっ!!」
「っっ」
間断を置かず、ある意味で雷鳴のほうがずっとましな絶叫が轟く。
レンは身を竦めて、耳の痛みに耐えた。
そこに、エプロン姿のカイトが飛びこんで来る。本日のお夕飯当番であるカイトは、キッチンでお料理中だったのだ。
「うわわ、ミク?!ごめんね、遅くなって!!すっごい声したけど…!」
ミクがぐずりと洟を啜る。
「お、おにぃぢゃ……っ、ひ、びぇえっっ」
「ああよしよし、怖か」
ぴかり、と――
「ぃっきゃぁああああああああっっ!!」
「もぉそれはいいっての!!」
衰えることなく轟く絶叫に堪えかねて、リンの耳を塞いだままのレンが叫ぶ。耳を塞いでもらっているリンは、よしよしとレンの頭を撫でた。
一瞬立ち竦んだカイトのほうは、ふわっと笑うと、生まれたての仔鹿へとクラスチェンジした妹を抱きしめた。
「だいじょぶ、だいじょーぶ。いい子のミクに、カミナリ様が悪さしたりするわけないんだから」
「う、うえ、ひくっ、ぐすっ」
「だいじょうぶだよ」
笑いながらカイトは、ミクを連れて三人掛けのソファに座ろうとし――
「?」
首を傾げた。
少し考えて、窓辺にミクを連れて行く。お気に入りのふわふわクッションに、ふたりでへちゃんと座った。
「えぅえぅ、おにぃぢゃ」
「いーこ、いーこ」
泣きべそを掻くミクを、カイトは抱きしめてあやす。その間も、ぴかりぴかりと光っては、家を揺るがすような雷鳴が轟く。
そのたびにカイトの腕の中で引きつるミクだが、もう絶叫は上げなかった。おにぃちゃんの腕の中にいれば大丈夫、という神話があるらしい。
「きれーなのにね、カミナリ」
「つーか、ライブとかの花火とかさ、あっちは平気なのにさー」
リンとレンは雷が平気だ。
兄と小さい姉の傍らにふたり仲良く並んで座って、不思議そうに窓の外を眺める。
ミクが反論することはない。それどころではないのだ。
「だいじょうぶ……………だいじょうぶだよ、ミク……………」
「…………ふぁ」
背中をとんとんと叩いてあやされ、耳に吹きこまれる声はやわらかにやさしい。
雷の最中だったが、ミクの瞳がとろりと濁った。そのまま、体からずるずると力が抜けていく。
「………寝ちゃった?」
「うん」
訊いたリンに、カイトは笑顔で頷いた。
「こん中で寝るんだから、ほんとは図太いんじゃねえの?」
さんざん耳を傷められたレンが、床に横たえられたミクの頬をつついて腐す。そのレンの後ろ髪を、リンが軽く引いた。
「違うわよ。おにぃちゃんマジックよ」
「あー………驚異のナーサリーヴォイス」
「あはは」
弟妹の言いように明るく笑いながら、カイトはミクの頭の下にクッションを入れてやった。お昼寝ブランケットを持って来て、伸びた体に掛けてやる。
ぽんぽん、と軽く体を叩いて落ち着けると、くるりと踵を返した。
「はれ?」
「え、にぃちゃん?」
いつもなら、たとえ寝てしまったとしても、雷が遠くへ去るまではミクの傍についているカイトだ。それで夕飯の支度が遅くなったとしても、文句は言わせない。
きょとんとするリンとレンには応えず、カイトは三人掛けソファに向かった。
身を屈める。
「がくぽ」
「…」
ソファに姿勢よく座ったがくぽから、応えはない。
切れ長の瞳は大きく見張られたまま、微動だにしない。
「…」
カイトは首を傾げると、手を伸ばした。流れる髪をさらりと梳いて、がくぽの首へと手を回す。
「っ」
「がくぽ」
はたと震えたがくぽの隣に座り、カイトはやわらかく呼びかけた。
その瞬間、ぴかりと雷光が差しこみ、間断を置かず、家まで震えるような雷鳴が轟く。
「っっ」
「よしよし」
咄嗟に伸びたがくぽの手が、カイトのエプロンを掴む。
カイトは笑って、瞳を揺らすがくぽと額を合わせた。
「こわい?」
「っこ、わく……っなど」
問いに返るのが、掠れ声だ。
意地を張って離れようとする体を掴まえて、カイトは笑った。
「いいんだよ、怖くて。初めはみんな、怖いんだから。ミクは………まあ、ダメだけど。リンちゃんとレンくんはもう、平気でしょ?馴れたら怖くなくなるから、大丈夫だいじょうぶ」
「……………怖く、など」
やわらかな声に宥められ、がくぽの肩からわずかに力が抜けた。
さっきよりは滑らかに、しかししぶとく否定する。
カイトが笑って口を開いた瞬間、またも雷鳴が轟いた。
「っっっ」
びくりと竦むがくぽは、カイトのエプロンを掴んだままだ。
「んー…」
カイトは少し考えて、固くきつく掴むその手を、軽く叩いた。
襟元をくつろげて首をさらけ出すと、強張るがくぽの頭を抱き寄せる。
「抱っこして、がくぽ」
「?!」
「俺のこと、ぎゅうって。いつもみたいに」
「…っ」
わずかな躊躇いののち、がくぽはカイトを膝に乗せた。エプロンを掴んでいた手は背中に回されて、痛いくらいにしがみつく。
その間も轟く雷鳴に、いちいちびくりびくりと体を竦ませる。
ロイドである以上に緊張で冷え切った顔が、カイトの首に擦りついた。甘えるねこか犬のように、ぐいぐいと押しつけられる。
「ん…っ」
くすぐったさに震えたカイトを、がくぽはますますきつく抱きしめた。
カイトには逃げる気などないのに。
言葉にせずに、カイトはがくぽの体に回した腕に力を込めた。
「だいじょうぶだよ」
口元に来た耳に、そっとささやく。
「がくぽは強いもん。すぐに平気になるよ」
がくぽは応えず、ただ強く、カイトに擦りつく。
カイトは笑って、さらに耳へとくちびるを寄せた。
「でも、それまではね………ほんのちょっとだから。俺に甘えてね」
やはりがくぽの応えはない。
カイトは気にせず、しかし少し考えた。
そこに、がくぽの耳がある。
「ん」
「っっ」
かぷ、と咬みつくと、がくぽは背中に爪を立てた。