「んっきょぇぁああああああっっ!!」
轟々雷音
「きゃぁっ」
ぴか、と窓の外が光り、雷鳴が――轟くより先に、腹がひっくり返るような絶叫がラウンジに響き渡った。
その音に誘われて小さな悲鳴も上がったが、こちらは比べると、心和むほどに愛らしい。
「ちょ、貴女……っ!なんて声を上げ」
「きぃょぁあぁああああっっ!!」
「きゃぁあっ!」
苦情を掻き消し、絶叫――するのは、ミクだ。
普段は、唯我独尊俺様道を強気にひた走るミクだが、彼女はとにかく、雷がだめだった。
光もだめなら、音もだめ。だけでなく、すでにもう、空気感からだめ。
気配を感じるだけで、おたおたおろおろし出す。
都内のスタジオで仕事中だったミクは、普段の行いのせいかどうか、休憩のためにラウンジに出て来たところで、雷に遭遇する羽目に陥った。
スタジオの中にいれば、遮音も防音もしっかりしている。ここまであからさまに、雷に晒されることはなかったはずだ。
以降。
「ぃいいっきゃぁあああぁああっっ!!」
「ぃゃあ…っ」
――絶賛絶叫中。
付き合いの浅いスタッフとの仕事ではなかったことが、唯一、不幸中の幸いと言えるだろうか。
だれもミクの傍に寄らない。
宥められないし手も付けられないし、こうなったらもう、雷が去るのを待つしかないのだ。
だから、付き合いの浅くない相手だと、雷が始まったらミクは放置だ。
付き合いの浅くない相手であれば。
「ちょ、もぅっ!!いい加減になさいよ、貴女っ!貴女のその下衆な叫び声のほうが、よっぽど怖くてよっ!」
「ぅっ、うえ、えっえっえっ……もぉいやぁあ~っ、か、かみなり、ぃやぁああ……」
「な、泣くの?!なんで泣くのよ、雷如きで!!いつもの小憎たらしい、天上天下唯我独尊で強気な貴女はどうしたのよっ?!」
――怯えてラウンジを彷徨うミクへ、きゃんきゃんと喚いてツッコミを入れるのは、同じくボーカロイドの巡音ルカだ。
個人所有ではなく、ラボ所有のこのルカとミクは、ここ最近、なんだかんだとよく組まされては、いっしょに仕事をしていた。
普段はラボから出ることなく、外に出るのはこうして仕事のときだけ、というルカは、元々の性格にSっ気があってきつくても、非常に世間知らずの箱入りで、ある意味、ひどくおっとりした「お嬢さん」と言えた。
対して、ミクの世間ずれ度は凄まじい。
「トップアイドルって言うけど、ミク姉ってただのおやぢだよね………」
と、妹に言われる始末だ。
そのミクなので、いくら性格がきつく、Sっ気のあるルカとはいえ、普段はいいように弄ばれ、振り回されているばかりだ。
と、いうのに。
「ひぎょぁあああああああっっ!!!」
「ぃやあ……っ!」
――トップアイドルではなくなってきているミクの悲鳴に、ルカもいちいち竦んで悲鳴を上げる。
前述のとおり、傍にいてもうるさいだけで迷惑なので、スタッフはさっさとラウンジから退散した。
もちろんルカも、「大変だからおいで」と言われた。
そう言われて、けれど。
「うっ………ひ……っや、やらぁ………っやらよぉ………っかみ、かみにゃり、こぁいよぉお………っ」
「べ、べそべそに泣いたりして、みっともないわね、ミクさん………っ」
べそを掻きながら、まるでゾンビのようにラウンジを徘徊するミクを詰る、ルカの表情は恍惚としていた。
ルカにはSっ気がある。ましてやミクには普段、いいように弄ばれて歯噛みしている。
そのミクが、錯乱し、泣きべそを掻いている。
ときめきを隠しきれないまま、ルカはうっとりとミクを見つめた。
「そ、そんなに怖いなら、し、仕様がないから、あたくしが抱いて………」
「ぉおにぃちゃぁあ~ん………っ」
「………」
ルカがぼそぼそっと言いかけたことを聞かず、ミクは情けない声で兄――カイトを求めた。
「う……っえ、こぁいよぉ、おにぃちゃぁん…………っなん、なんで、きてくれにゃいのぉ………っっ」
家で雷に遭うと、ミクは常に、カイトに抱いてあやしてもらっていた。
おにぃちゃんの胸の中にいると、怖いのを忘れて過ごせるのだ。
――だいじょーぶだよ、ミク………いい子のミクに、カミナリ様が悪さするわけないんだから。
カイトの声で言われると、きっとそうだと、大丈夫だと、信じられた。
が、今日は不幸にして、出先。
当然、カイトはいない。
いないが、錯乱しているミクには関係ない。
ひたすらに哀れっぽく、「おにぃちゃん」を求める。
「おにぃちゃぁん………っボクのこと、たしゅけてよぉ………っ」
「………っ」
ぎしぎしぎしっと奥歯を軋らせ、ルカは拳を握りしめて震えた。
「お、おにぃちゃん……おにぃちゃんって、おにぃちゃんって、どういうことなのよ………っ!あ、あたくしがここにいるのに、どうしてあたくしじゃなくて、おにぃちゃんなんて……っこ、このクソどブラコンが……っっ!!」
「おにぃちゃぁん……っ」
わなわなと怒りに震えて吐き出すが、ミクは聞いていない。
ルカの瞳に涙が滲み、盛大な音を立てて洟を啜った。
「な、なによ。なによなによなによ………!いっつもいっつも、会うと、ルカちゃんかわいー(ボクの次だけど)とか、ルカちゃんキレイだね(ボクには及ばないけど)とかとか言って、ルカちゃんのふわふわおっぱい大好きぃっvvvって、胸を揉みしだいてくるくせに………っっ!!ど、どぉせあたくしの価値なんて、貴女にとっては胸だけなのよね、胸だけなんでしょうっ?!わ、わかってるけど…っ」
「ぶひー…………っおにぃちゃぁあんん………っ」
ラウンジはなにかしらの修羅場の様相を呈してきた。
避難したスタッフはつくづくと先見の明があるが、ある意味、非常においしいネタを逃してもいる可能性がある。
ルカを一顧だにすることなく、ゾンビのようにラウンジを彷徨い歩きながら、ミクはひたすらに泣いておにぃちゃんを求める。
ルカはさらに引きつって、ずびびびっと盛大に洟を啜り。
ぴかり、閃く雷光。
轟く――
「ひっ………むぎゅうっ?!!」
ミクが絶叫を上げる前に、ルカはその豊満な胸の中に、彼女の頭を抱きこんでいた。
谷間にしっかりと顔を埋めさせ、のみならず脇からも肉を寄せてしっかりとミクの頭を押し包む。
「む、むががっ?!!」
わたわたともがくミクをしっかりと抱えこみ、ルカは洟を啜った。
「ミクさんなんて……っ!あ、あたくしの胸で、窒息していればいいんだわっ!!それが貴女にお似合いの、死に場所ってものよっ!!」
「むーーーーっむーーーーっっ!!」
わたわたともがいていたミクだが、とうとう、その動きがぴたりと止まった。
次の瞬間。
「ぅかちゃんの、ぉっぱい………っ」
「きゃぁっ?!!」
怪しい呻き声とともに、わきわきと動いたミクの手が、がしっとルカの胸を鷲掴みにした。
「ぅかちゃんのおっぱいーーーーーっっっvvv」
「きゃっ、ゃ、ぁあんっ、ぃやぁああんっ?!!」
外では、雷鳴。
ラウンジには、悲鳴――改め、嬌声。
やはりスタッフは、なにかしら損をしている。