「ただいまー」
玄関を開いて勢いままに靴を脱ぎ捨て、ぱたた、と家に駆け上がる。
Peek a Boo
「っとと」
カイトはそのままキッチンへと飛び込みかけて、急ブレーキをかけると、もう一度玄関に向き直った。好き勝手なところに転がる靴を集め、きちんと端に。
爪先を揃えて並べてから、改めてキッチンへと飛びこむ。
「あっいす、あいすー♪」
うたうようにつぶやきながら、アイス専用の冷凍庫の前へ。
「んにゅふ」
ぱかりと開いた冷凍庫の中から、今日の一押しさんを選んで、とりあえずひとつ。レンジに放りこんで、数秒あたため。
その間にカトラリー入れから、お気に入りのくまさんの柄のアイススプーンを取り出す。
ちん、とレンジに呼ばれてアイスを取り出し、蓋を開いて。
「んんん♪」
ほんの周囲だけが軽く溶けたアイスは、スプーンを簡単に飲みこみ、すぐさま一口目が楽しめる。
カイトは行儀悪く、キッチンで立ったままアイスをぱくつき、冷蔵庫に貼られたホワイトボードで家族の予定を確認した。
「んっと、……変更なし」
全員の今日の予定くらい、すでに頭に入ってはいるけれど、出かけている間になにかしら変更が入っていることもある。
だから、確認。
けれど今日に関しては、だれひとりとして変更はなし。
今日の夕ごはん当番は、リンとレンのまま。
ミクとマスターは外食で、メイコはそろそろ帰ってくる。
そしてがくぽは――
「んー♪」
空になったアイスカップをシンクに放り出すと、カイトは再びアイス専用冷凍庫を開いた。
ふたつめのアイスは、ころころとした一口サイズのフルーツキャンディ。
「んっ♪んっ♪」
ひとつつまんで口に入れるたびに、カイトはうれしげな鼻声をこぼす。
そしてもう一度、ホワイトボードの前へ。
マスターは外食とは言ったが、そもそもここ三日ほど、家に帰ってきていない。年末で忙しい時期だから仕様がないが、そろそろメイコが限界だろう。
なんだかんだと腐して、けちょんけちょんの扱いをするけれど、実のところこの家でいちばん、マスターに依存しているのがメイコだ。
ミクやリンなどは、「アレがツンデレの典型見本なんだよ」などと言って呆れているが――
「ん」
ぱく、と最後の一粒を口に放りこんで、カイトは眉をひそめた。
じっと、ホワイトボードを睨みつける。
ややしてカウンター越しに、ダイニングの壁に掛けられたカレンダーを。
「…………そろそろ、雪見の気分………………!」
「雪見」といえば、アイスはアイスでも、冬に食べたいものの定番。
これにはだれも、異論はないだろうと信じている。
これでいてカイトは、季節感というものをとても大切にしているのだ。
季節を愛でる感性、それこそがヤマト魂というものですよ!と、マスターに言われたせいもあるし、本人が好きで楽しんでいるということもある。
しかしカイトが季節感を持ち出すと、ミクなどは斜めを見る。
「…………夏にマフラーして、冬にもアイス食べるおにぃちゃんに、季節感とか語られてもねえ…………」
と、いう理由らしいのだが、カイトとしてはきっちり反論できる。
夏にもマフラーをしているかもしれないけれど、きちんと素材を薄くしているし、冬場はもこもこふわふわに変えている。
そして夏には夏のアイスというものがあって、冬には冬のアイスというものがある。
通年で同じものをやっているわけではないのだ。
「その心意気が大事です、カイトさん!芸が細かいに、越したことはありませんよ!!」
――と、マスターが言うので、とりあえずカイトはこのまま行くつもりだ。
とはいえ最近はあまりに不評なので、夏場にはマフラーを外すようにはしているし。
「んっ!」
冷凍庫から取り出した三個目アイスは、スイカを模した棒アイスだった。
まあ、なんだ――風情としては確かに雪見の季節なのだが、スイカに罪はない。
たまには季節を逆行してみるのだって、きちんと季節を楽しんでいるということだと、マスターが言っていた。
というわけで、スイカのアイス。
「んんんー♪」
しゃくしゃくしゃくと食べて、皮までいって。
「…………んっ」
アイスのスイカのいいところはなんといっても、皮までおいしい。無駄がないこと。
しゃくっと最後の一口を食べて、カイトはホワイトボードを見た。
この一瞬で書き換わっているわけもなく、だからだれひとりとして、予定に変更はなし。
「…………ふぅんっ」
こっくん、と飲み込んで、カイトはシンクに放り出したアイスの残骸を拾い集め、スイカの名残りの棒とともにゴミ箱に放りこんだ。
くまさんの柄のスプーンは丁寧に洗って、きれいに水気を拭いてカトラリー入れに。
戻してから、カイトはぱたた、と軽い足取りでキッチンから出た。
仕事帰りとも思えない身軽な動きで階段を上り、居室の集まる二階へ。
まっすぐ向かう先は、自分の部屋ではなく――からり、開く、襖。
「……ふぅんっ」
仄かな香の薫る和室に足を踏み入れ、まるで人が住んでいないかのようにきれいに片付けられたそこを見渡して、また鼻を鳴らした。
主のいない部屋に入って、襖を閉める。そのまま迷いも躊躇いもなく、開く押入れ。
「………………ふぅうんっ」
至極不満げな鼻息をこぼし、カイトはきれいに整頓された押入れの中を睨みつける。
無遠慮に手を伸ばすと、きちんと畳まれた布団の上へとやった。そこから、やはり主の性格を表して、折り目正しく畳まれた寝間着を取り出す。
――もちろんそれは、カイトの寝間着ではなく。
「………………」
ばらりと広げたそれの大きさを眺め、カイトは少しだけ寂しそうな顔になった。
今にも、きゅうきゅうと鳴く子犬の鼻声でも聞こえてきそうな顔で、自分が着るにははるかに大きな寝間着を眺める。
首を傾げて、頭上に掲げてさらに広げて。
「………………んっ」
くしゃりと畳むと、ぎゅうっと抱きしめた。
そこからは、部屋に残る香よりもさらに濃厚に、けれどまったく不快ではないにおいがして。
やわらかでやさしい手触りは、ここにいないひとの手のやさしさを強く強く感じさせて。
「んん…………」
きゅううっと瞳を閉じて、寝間着に顔を埋めて、そのひとの名残りに浸って。
「…………ん」
ひらりともう一度広げると、コートの上から寝間着を羽織った。
それでも全身ぶかぶかと余る、サイズの違い。
抱きしめられて、くるみこまれる感覚を思い出せるから、さらに切なく、そして少しだけ空漠が埋められるような、相反する気持ちに駆られる。
カイトは全身をくるみこんで、そのうえで寝間着の上からぎゅううっと自分を抱きしめ、余る布に顔を埋めた。
ぎゅううっと、してほしい。
そう思うのと同時に、思う。
きっと仕事で疲れて帰ってくるのだから――早く、ぎゅううっと抱きしめてあげて、疲れを癒してあげたい。
だれより早く、いちばんに、自分が――出迎えて、キスとハグ。
してあげたいし、してほしいし。
「…………」
カイトは顔を上げ、文机の上の時計を見た。
まだまだ、もう少し。
おじぃちゃんになるまで待たなくてもいいけれど、永遠にも感じられる、もう少し。
「ん」
へちゃんと座りこむと、カイトはそのまま畳に横たわり、くるんと丸くなった。
ねこのように小さく体をまとめて、寝間着の中に頭から足先まで、すっぽりくるまる。
くるまってしまえて、少しだけ、笑って。
「わーぷ」
つぶやいて、瞳を閉じた。
寝て起きたら、部屋の主が帰る時間。
寂しい時間は、寝ている間に終わって過ぎて、次に瞳を開いたなら、――
くるん、とさらに丸くなって小さくなって、カイトはぎゅううっと寝間着にしがみついた。
「――はやく、かえってきて…………」