負け負けも甚だしいので、ちょっと意趣返し。
「なんて、ねっ♪」
かみかみじだじだ
「カイト?」
リビングに入って、ソファに座ってくつろぐがくぽを見た途端に閃いた、イタズラ。
思いつきにくふふっと笑ったカイトを、がくぽは不思議そうに振り返った。
「なんだ?いいことでもあったか」
「んっ!これからっ!」
イイコトになるかもしれないし、また負け負けして、クヤシイになるかもしれない。
スキップにはならないけれど、弾む足取りでカイトは、がくぽの傍へ。
「座ってい?」
「ああ」
いつもは問答無用で座るくせに、今日はお伺い。
意図も読めずに困惑して瞳を瞬かせるがくぽの隣に、カイトはすっとんと座った。
弾む、クッション。
生きてる、スプリング。
「………っとと」
しまった。
つい、リトル・トランポリンに夢中になるところだった。
違うのだ、今、がくぽの隣に座ったのは。
「カイ……………カイト?」
「んひゃっ」
伸ばされた手を、さらりと避けて押し返した。
隣に座った以上はと、いつものように抱き寄せようとしたがくぽは、思わぬ拒絶にさらに瞳を瞬かせる。
カイトは笑うと、拒んだがくぽへと身を乗り出した。
「さわっても、い?」
「………ああ」
「キスもして、い?」
「ああ」
つまり、がくぽから押せ押せと触られるのではなくて、今日はカイトから、押せ押せ触りたい。
そんな気分なのか。
――と、がくぽが読んだであろうことはお見通しで、カイトのくちびるはますます深く笑みを刻む。
受け入れる体勢になったがくぽに伸し掛かり、カイトはくちびるを寄せた。
まずは、そっとこめかみに。
それから、目尻。
頬と辿って。
「っか、いとっ?!」
いきなり耳に飛んだくちびるに、がくぽがびくりと体を跳ねさせた。
「んちゅっ」
ぱっくり咥えた耳たぶをちゅっと音を立てて吸って、カイトはすぐに離れる。
きゅるるんとした無垢な瞳でがくぽを見つめ、ちょこんと首を傾げた。
「や?」
「い、や…………あ、その………厭という、ことは、ないが」
そうでなくてもかわいいと溺愛するコイビトに、そんなふうに無邪気に訊かれたら、がくぽに否やは言えない。
くちびるがお寂しいのだが、とかなんとか、口の中でもごもご言うだけだ。
「じゃ、いーよね!」
「っっ!」
はっきり拒絶されないことがわかると、カイトはそれこそ、満面の笑みとなった。
愛らしさ全開フルパワーのにっこりん笑顔で、再びがくぽにくちびるを寄せる。
「ぁ、ーんっ」
「か、…………っっ」
無邪気な擬音とともに、カイトはぱっくんとがくぽの耳たぶを咥える。
殊更になめらかな肌に舌を絡め、餅にも喩えられる、やわらかな感触のそこに牙を立てた。
「ん、んーっ、ふ、ん………んちゅ、ちゅっ…………はふっ、んんっ」
「っ、っっ、っ」
カイトはまるで、自分が愛撫されているかのような声を上げて、がくぽの耳たぶをしゃぶる。
そんな声を吹き込まれながら耳たぶをかじかじされるがくぽが、この場合災難だった。
顔色を赤くして元に戻して、くちびるを噛んで吹き出しそうになり、瞳を見開いて眇めてと、非常に忙しない。
カイトが伸し掛かる体も、ずっとびくびくと跳ね回っている。
しかし夢中になって耳たぶに吸い付いているカイトは、さっぱり気にしてくれない。
「んん、ん…………んふっ、ぁ、んちゅっ」
「か、カイトっ!!」
「んぁっ?!」
とうとう堪えきれず、がくぽはカイトの肩を掴むと、耳から引き剥がした。
「ん、ぁくぉ?」
「…………っ」
夢中になって耳たぶを舐めしゃぶり、カイトは舌が痺れたらしい。
そうでなくても甘い声を、気持ちよさに蕩かせてさらに甘くし、そのうえ舌足らずに呼ぶ。
がくぽはいろいろ挫けそうになりながら、カイトの肩を掴む手に力を込めた。
「か、カイト…………きょ、今日の気分は、耳か。耳なのか」
「ん、ぅん」
「そうか……………っ」
死に体で訊くがくぽに、カイトはきょとんとして頷いた。
それからふっと眉をひそめ、心配そうにがくぽの顔を覗きこむ。
「………がくぽ、耳、いや?俺がかみかみしたり、ちゅっちゅしたりするの、気持ち悪い?だめ?」
「い、や…………」
むしろ反対。
危機的なまでに、反対。
耳を嬲られてやんやんあんあん言うなど、がくぽの矜持が微妙に赦さないのだが、それをどうカイトに言えばいいのか。
なにしろ普段、がくぽはカイトを――
「俺ね、がくぽに耳されるでしょ?いっつもすっごくきもちいーから、がくぽも気持ちよくしてあげたいなって。思った、ん…だけど…………」
「ぅ、ぁ、あああっ」
言いながら、カイトの言葉は尻すぼみになり、悄然と消えていく。
垂れるねこ耳の幻影を見ながら、がくぽは意味もなく呻いた。
これ以上、耳をかみかみかじかじちゅっちゅとされるのは、まずい。
なにがまずいといって、がくぽの方向性的にだが、しかしここでカイトを拒絶するのは、もっとまずい。
まずいが重ねがけの場合、探るのは妥協点か逃走路。
――カイトに夢中で耳をちゅうちゅうぴちゃぴちゃされて、あんあん吹き込まれて、思考が完全に浮き上がっているときに探す、難しい問題の妥協点と逃走路。
案の定、がくぽの思考は高速で空転した。
「ぃ、や、その………か、片耳、だけかっ。と、思ってっ」
「かた、みみ?」
しゅんとしていたカイトが、ぴくんと顔を上げる。
無垢な瞳に信頼を宿して見つめられて、がくぽは後に引けなくなった。先にも進まない、という選択肢があるのだが、思考の空転のなによりの証左だ。
思いつかず、ばか正直に、続けた。
「み、耳は、右と左、両方にあるであろう?か、片耳だけだと、もう片耳が、おかしな感じで」
「ふぁ」
カイトはぽかんと口を開き、しぱしぱと瞬いてがくぽを見た。
最高にかわいらしくちょこなんと首を傾げると、記憶を探って上目になる。
「そぉいえば」
がくぽは片耳に吸い付きながら、もう片方の耳も指で弄っている。
もしくは、ある程度のところで、もう片方にくちびるを移したり。
右だけ、左だけ、というやり方はしないような。
「ん、そっか!」
「ぅ、ぅぁあ…………っ」
自分で自分の首を絞めた気が猛然とするがくぽは、意味もなくくちびるを戦慄かせた。
しかし遅い。
カイトは元気を取り戻して、にこぱっと笑った。
再びがくぽへと伸し掛かり、今度は反対の耳のほうへくちびるを寄せる。
「ごめんね、がくぽ?こっちのお耳もいーっぱい、かわいがってあげるから」
「っっ」
咥えられる前に吹き込まれたのが、蕩けるように甘い声での、そんな言葉だ。
もうだめだと、がくぽは白旗を掲げ、ソファに倒れた。