あふたーこーくこーら-前編-

「あのあのあのねっ、がくぽっ、ほんとに………っ」

肩に担がれたまま運ばれたのは、カイトの部屋だ。

一見乱暴な所作だが、実際は丁寧にベッドに転がされて、カイトは謝罪の続きを口にしようとがくぽを見上げる。

枕元の照明だけ点けて、流れるように伸し掛かってきたがくぽは、新たに謝罪が吐き出されるより先にカイトのくちびるを塞いだ。

「ん………んん………っ。んっん………?」

触れただけでは離れないくちびるは、割り開いて舌が触れ合い、とろんと絡まる。

いつも通りと言えばそうなのだが、微妙になにかが違う。

感覚を煽ろうとしているというより、慰められているような――触れ方がやわらかで、やさしい。

穏やかに舌を吸われて、焦りかけるのを止めるように甘噛みされる。

「んん………っ、ん…………っっ!」

追い込まれて追い詰められ、意識も覚束なくなるような激しさはない。

だというのにカイトはかえって煽られて、もどかしさにじたじたと暴れた。

「これ」

「ん………っ、って、がく……………これ、おしおき…………」

「仕置きなぞ、するわけがないだろう」

「ふぁ?」

宥めるように吹き込まれる言葉に、カイトはきょとんと瞳を瞬かせた。

しかし確かがくぽは、『お仕置きぢゃー☆』(註:概略)と言って、カイトを庭から部屋へと担いで来たはず。

やわらかな攻めでも、痺れる舌とともに痺れる思考でうまく理解できないカイトに、がくぽは微笑んだ。穏やかでありながら、どこかに痛みを隠したような、微妙な笑みだ。

「がくぽ?」

「いつから見ていた?」

「え?」

さらにきょとんとしたカイトに、がくぽは軽く首を傾げてみせる。

「俺だ。ずっと見ていたのだろう?」

「ぅあ……………っ」

恥ずかしい事実の指摘に、カイトはほわわ、と頬を染めた。瞳を伏せて、見つめてくるがくぽから気持ちだけ逃げる。

「えと、ごめ…………んぷ」

こぼされかけた無闇な謝罪は、すぐさまがくぽのくちびるに塞がれて飲みこまれる。

離れると、がくぽは痛みを堪える笑みのまま、とろんと蕩けるカイトと額を合わせた。

「見ていたのだろうお主から目を逸らす俺を。お主を見ないようにとする俺を――」

「…………」

カイトは瞳を瞬かせ、近すぎて見えなくなったがくぽをそれでも見つめた。

きっと笑っているだろう、やさしく。

けれど、声は泣いているように聞こえる――

「寂しかったろう?」

「ううん」

後悔の種を吐き出されて、カイトはあっさりと首を横に振った。

思わずといった感じでふっと額を離したがくぽに、カイトは腕を回す。しがみつくようにしながら、がくぽの後頭部を宥めるように撫で、流れる髪を梳いた。

「がくぽって、横顔もかっこいいなーって………見惚れてた」

「………は?」

抱え込まれていても、さらに身を起こそうとしたがくぽを、カイトはきゅっとしがみついて自分に戻した。

恥ずかしさ満開で頬を染め、瞳を微妙に伏せながら、訝しげながくぽにちらちらと視線を投げる。

「いっつも、なんだかんだ言って、がくぽって俺のこと正面から見てくれるでしょだから俺、がくぽの正面ってよく見るけど、そういえば、横顔ってあんまり見ないなーって……仕事で、並んだときくらい?」

「ああ、まあ………」

「でもそういうときも、がくぽはなにかっていうと、視線くれたりするでしょだから、あんまり完璧に『横顔』って、そういえばちゃんと見たことなかったって、思って………」

「………」

庭での花火中、がくぽは極力カイトを見ないようにしていた。

見たら襲うからだ。

――端的に過ぎる表現だが、まったくもって事実だという、この残念な現実。

庭だろうが、家だ。プライベート。

目の前にカイトがいてかわいいのに、キスのひとつもしないなど、それこそ現実的ではない。少なくとも、がくぽにとっては。

しかし今日は、ミクとは仲が良くても、家族の事情にはまったく疎いゲストが遊びに来ていた。

すでに十分にミクが『やらかして』いる気はしたが、これでさらに家族までもが『やらかして』、――あるかないか不明とはいえ、『友情』にヒビでも入るようなことがあってはまずい。

そう思えば、ゲストが来てからはずっと、極力カイトを見ないように近づかないようにとしていたがくぽだ。

そんなことをするのは、片恋の時代以来だった。

「こうやって改めて見ると、がくぽは横顔もかっこいいんだーって………うっかり、見惚れちゃって」

「…………」

「横顔なんだけど、いろんな表情するのもわかって……初めてうちに来たときから、ずいぶん表情が増えたなとか、見せてくれるようになったんだなとか………あ、こんな顔なんかもするんだとか、全然、見てて飽きなくて」

「…………」

「で、夢中になって見惚れてたとこに、がくぽが目ぇ合わせてくれたでしょその、目が………」

そこまで言って、カイトはさらに朱に染まった。もじもじもぞもぞと、体を身じろがせる。

反射でつい押さえ込み、がくぽは伏せられるカイトの瞳を覗き込んだ。

「目がなんだ?」

この反応なら、幻滅したというような話ではないだろうが、気になる。

殊更に声を抑えつつも内心はひどく焦るがくぽに、カイトはしあわせに染まってほんわりと笑った。

「………俺のこと、だいすきって。…………他のだれを見るのとも違う、すっごくだいすきって、わかる目で見てくれてるんだって、…………思ったら、ガマンできなくなっちゃった。ぁ、んっ」

自分の呻き声と、その後に続くだろうカイトの謝罪と、両方を塞ぐ意味でがくぽはくちびるを重ねた。

大嵐な自分の心中が落ち着くまで、存分にカイトのくちびるを味わう。

離れると、カイトはさらにいい具合にとろりと蕩けて、まさに食べごろ果実だった。

「カイト………」

「っぁ、ん、め…………だめ…………っ」

素直な欲求ままに首に舌を這わせたがくぽを、カイトは慌てて押しやった。力の差もあって、びくともしない。

構いもせずに肌を辿られ、ちゅるりと啜られる。

「っぁ、あ………っんんんっ、め、めったら、がくぽ…………め、だめっ…………」

「……………なにゆえだ」

じゃれ合いで、相手を煽るためではなく、本気で制止されていると察したがくぽが、微妙に不機嫌な声で問う。

頑固に顔を上げない相手に、カイトは宥めるように髪を梳き、ひと房取って引っ張った。

「なんでじゃ、ないでしょ………る、ルカちゃんが………今日、泊まってくって、言ってたよ?!」

「…………」

悪魔少女ミク(註:がくぽ主観)に熱烈お気に入られたらしい件のゲスト、ラボ所属ロイドだというルカは、諸々あって本日、お泊まりしていくことが決定していた。

ミクの言い分を概略すると、ルカはミクの部屋で同衾らしい――客間のある家でもないので、友人を泊めるとなれば自室か、リビングに布団を敷くかなので、ここら辺はどうでもいい。

問題は、個人部屋は二階に集まっており、防音対策を取っているわけでもないということだ。

頻繁に箍の外れる兄二人に関しては、何度か家族会議も開かれたものの――

「い、言っておくけど、俺に声ガマンしろとか、ぜったい、ムリだからねだってがくぽに触られるの、ほんっと気持ちよくって、とろとろになっちゃって………途中で訳わかんなくなって、声ガマンするのなんて、忘れちゃうもんだから………」

「成る程」

おそらく未だに妹たちは部屋には入っていないのだが、カイトはすでにこそこそとしたささやき声になっている。

その言い分に生真面目に頷き、がくぽはカイトの肩を押さえる手に力をこめた。

「んっ、がく………っ」

「気にするな。口を塞ぐ方法など幾通りもある」

「ふぇっ?!」

「それにおそらく………」

――家族会議を開いて回数制限を申し渡しても埒が明かないため、最近、家族は眠りたい夜には耳栓をして寝るようになった。

予備ももちろんあるから、ルカにも渡されるだろう。

首を傾げるかもしれないが、おそらくそこのところはミクが押し切る。

家族に対してアレな方向での信頼はあるがくぽは、ぎょっと瞳を見開くカイトににっこりと笑った。

「そうだな。口を塞ぐ方法を試す絶好の機会といえば、そうだ。声が抑えられれば家族からの苦情も減ろうし、そうなれば多少の我が儘も言えるようになる」

「わ、わがままって、それっ………」

言うまでもなく、主に回数制限のことだ。

ひくんと引きつって固まったカイトに、欲望まみれのコイビトは、それでもうっとりせずにはおれない麗しい笑みを浮かべて、顔を落としてくる。

「とりあえずまずは、お主の自助努力がどのくらいのものかを計ることから始めるか。ああ、あまり無理はせずともいいぞ声が出だしたなら、俺がキスで塞いでやるゆえ」

「ちょ、がく………っふ、んんんっっ!!」

カイトの反論も待たず、がくぽはさっさと服を開き、肌を曝け出させる。記憶と期待だけでつぷんと尖っていた胸の先端にちゅっと吸いつくと、さらにころんと固くするように舌で絡めて嬲り、転がした。

「ん………っ、んーーーーっ…………!」

びくりびくりと大きく体を波打たせながら、カイトは懸命に声を堪える。

がくぽは指を伸ばすと、口で吸いついているのとは反対の胸の突起をつまんだ。きゅっと引っ張って、押し潰す。ぺったりとしてふくらみのないそこを、それでもやわやわとくすぐるように揉んだ。

「んぅ…………、ん……ん…………んん…………っっぁ」

カイトは両手で口を塞いでいるため、がくぽを押し止めるために使う手がない。せめても足でと思って開き、がくぽの体をきゅうっと挟んだが、逆効果だった。

招くような動きになったそれに素直に腰を落としたがくぽは、敏感に馴らされた胸への愛撫だけで反応を始めていたカイトの局所に、すりりと己のものを擦りつけてきた。

「ふ…………っあっ!」

弱い場所への刺激と、伝わった感触、それによって呼び覚まされた記憶で、カイトの『自助努力』はあっさり崩壊した。

「ゃ、あ………ぁあんっ、ぁ………んむ………っっ!!」

押しつけられて微妙に蠢く腰に、堪えも利かずに啼くカイトのくちびるは、予告どおりにがくぽのくちびるに塞がれた。

触れ合っただけではなく、とろんと伸びた舌が戦慄くカイトの舌を舐め、吸い上げる。

「ん……んんっ、ふ、ん………っっんんんっっ…………!」

胸から離れたがくぽの手は、肌をくすぐるように下へと辿っていく。跳ね回るカイトだが、伸し掛かるがくぽを押しのけることはできない。

辿った手は、擦り合わされて熱が篭もった場所に躊躇いなく触れた。

まずは布の上からきゅっと掴んで、跳ねた腰に合わせてスラックスと下着を落とす。隠すものも失くせば、あとは好きなように弄るだけだ。

くちびるを貪られながら、もっとも弱い場所を弄り回されている状態。

「んん………っんんん…………っ、んんーーーーっ!」

がくぽの肩に爪を立ててしがみつき、じたじたもがくカイトは熱の逃がしようもなく募るだけ募らされて、あっさりと放った。

一際大きく体が跳ねて、頑丈なベッドのスプリングが派手に軋む。

「………そうか。ベッドだったか」

くたんと力が抜けたカイトからくちびるを離し、がくぽはわずかに眉をひそめて体の下を見た。

がくぽの部屋だと、まず押し入れから布団を出して、敷く必要がある。その手間を省いて、カイトの体の負担にならないように、けれどすぐさま転がせるところ――と、ベッドのあるカイトの部屋を選んだが、誤算があった。

声もそうだが、ベッドの軋む音も問題だ――

「ふむ」

「ぁ…………ん、ぁく……ぽ…………」

舌足らずに呼ばれて、がくぽはカイトに視線を戻す。

とろんとろんに蕩けて、それこそ、がくぽが『だいすき』だと、なによりも雄弁に語る瞳。

「………まあ……いいか」

「がく………んっぁっ!」

とろんと見上げたカイトに笑い、がくぽはわずかに体を起こした。すでに張り詰めて痛いような気がするものを取り出すと、カイトの手に握らせる。

「扱いて………あー、握って、撫でてくれ、カイト。お主の手で、俺のものを…………厭か?」

カイトの手を自分の手で包んで、熱を蓄えるものを緩く揉み扱きつつ、がくぽは微笑んで首を傾げた。