疑問がある。
「あんた、なんでそんなに用意よく、ビデオカメラなんて持ってるのよ?」
あのひ、きみとみたおまけ‐夢々花
ビールの小瓶を片手に、もう片手にイカ焼きを持ったメイコに訊かれ、マスターは画面を見つめたまま笑った。
「浴衣でおめかししたメイコさんを撮っておこうと思って」
「はっ」
答えを笑い飛ばし、メイコは豪快にイカ焼きにかぶりついた。
おめかししたメイコ――は、今日は前回の宣言通り、黄色地に真っ赤なハイビスカスが咲き誇る華やかな浴衣だ。
併せて、カイトに爪をきれいにしてもらった。すべての指に、それぞれ趣を異ならせたハイビスカスが咲いている。
おっとりぽややんとしている弟の小器用さは、ときどき理解不能だ。
ついでに、短い髪もきれいにセットしている。これは自分でやった。
赤い髪によく映える、少しずつ違う緑色の葉をグラデーションさせて花のように重ね、蔓を絡めたアクセサリーをポイントに使って。
そこまできれいに飾り上げて、持っているのが瓶ビールとイカ焼きだ。
ちらりと顔を上げたマスターは、そんなメイコを愉しそうに見た。
「私が用意周到なことは、よく知ってるでしょ?」
「ほんろにれ!」
口の中のイカを噛み砕きつつ、メイコは歪んだ笑みを浮かべる。
メイコを撮る、と言っておいて、マスターのカメラはあらぬ方を向いている。
あらぬ方――に、いる、「あられもない」姿の弟たちに。
手を繋いでいただけでもアレだったというのに、現在、弟たちは腰抱っこ中だ。
はぐれた一瞬になにがあって、そこまで辿りついたのか。
もはやアレ過ぎて、声を掛けたくない。
カイトの笑顔はきらきらしく、応えるがくぽの笑顔も珍しいくらいに弾んで輝いている。
で、腰抱っこ。
「ふんっ」
鼻を鳴らし、メイコはイカ焼きを噛み千切る。
「さて、これくらいにしておきますかね」
うきうきとつぶやいて、マスターはカメラを閉じた。持っていた巾着に仕舞うと、ビールでイカ焼きを流しこむメイコの腕を取る。素早くイカ焼きを奪うと、空いた手に指を絡めた。
そして奪ったイカ焼きに、躊躇いもなくかぶりつく。
「ちょっと、あんたね」
「いーひゃらいーひゃら」
「なにが、いいから、よ」
渋面でこぼし、メイコは絡められた指にぎゅっと力を込めた。
「あんたは人ごみが苦手なわけじゃないんだから、手なんか繋がなくても平気でしょ」
「めーをひゃんも、へーぃよれ」
「口の中のものを飲みこみなさい」
「んー」
残っていたイカ焼きをすべて口の中に突っこんでしまったマスターに、メイコは渋面のまま命じる。
片手に持ったビールを口に運ぶと、瓶はさっと奪われた。
「ちょっと?!!」
「んーーーっっwwwんまっ!!」
「んまっ!!じゃないわよっ!!あたしのビール!!」
奪われた挙句飲み干されたビールに、メイコは本気で涙目になった。絡めた指を引っ張り、ひとり和み笑顔のマスターを揺さぶる。
揺さぶられるマスターは、笑顔を崩しもしない。
「だってイカ焼き、しょっぱかったんだもの」
「だってじゃないのよぉおっっ!!」
反省もなく言われ、メイコは駄々っ子モードで叫んだ。
行儀悪くげっぷを吐き出したマスターは、手近なゴミ箱にイカ焼きの串とビール瓶を放りこむ。
「新しくラムネを買ってあげるから」
ラムネ売りの屋台を指差して言う。
メイコは洟を啜りながら、しらっとしたマスターを睨みつけた。
「あたしをなんだと思ってるの?」
「メイコさんでしょ?」
あっさり答え、マスターはメイコの手を引いて、ラムネ屋台へと歩き出した。
「かわいい、素敵な、私のメイコさんよ」
うたうように、つぶやく。
メイコは口をへの字に曲げて、絡めたままの指に力を込めた。
「その、かわいい、素敵なあたしへの仕打ちが、これなの?」
「でもね、メイコさん」
ラムネ売りの屋台の前で、そこに置かれたクーラーの中を指差し、マスターは至極真面目な顔でメイコを見つめた。
「冷やのポン酒も売ってたりするんだけど」
「買って!!」
即座に叫んだメイコに、マスターは笑った。
「ゴキゲンは直るかしら?」
「直るわ!!直るから、買って!!」
絡めた指から体を揺さぶられ、マスターはますます笑う。
三合入りの小さな瓶を買うと、マスターは口をつけることなく、きちんとメイコに渡した。
「うふふっ」
ご満悦で笑うメイコに、マスターは仕事モードの顔になる。
「今の顔を新曲のジャケにしたら、売り上げドンの予感」
「なによ?」
「かわいいわ」
睨まれてもきっぱりと言い返し、マスターはメイコの手を引いて再び歩き出した。
「次はおつまみ、買わないとよね」
「………」
屋台を物色するマスターに、メイコは微妙な表情で黙った。瓶に口をつけると、軽く呷る。
絡めた指に力を込めると、マスターを引っ張った。
「つまみなんか、いいわ」
「でも」
不思議そうに言い差してから、マスターはふと気がついた顔になる。
絡み合う指を持ち上げ、首を傾げた。
「これ?」
「別に」
そっぽを向いて吐き出しながらも、メイコが指を解くことはない。
瞳を見張ったマスターは、笑み崩れた。
「いいのに、そんなの」
「そう」
笑うマスターから顔を背けたまま、メイコは素っ気なく返す。
見られていなくても気にすることなく、マスターは自分の、空いているほうの手をひらひらと振った。
「私のこっちの手が空いてるじゃない。あーんして食べさせてあげるから、平気よ」
「…」
瞳を見開いて振り返ったメイコは、閃く手を見つめ、それから俯いて、瓶に口をつけた。
「公衆の面前で『あーん』なんて、そんな恥ずかしいこと、よく思いつくもんだわ」
口をつけたまま高速でつぶやき、顔を上げると酒を呷る。
「でも、あんたがしたいんだったら、仕方ないからやってあげてもいいわよっ」
酒のせいだけでもなく赤い顔で言ったメイコに、マスターは愉しげに笑う。
絡み合う指に力を込めると、子供のように振った。
「したいわ、とっても」
いたずらっぽく告げられ、メイコは赤い顔のまま、鼻を鳴らす。その頬がどうしようもなく緩んで、笑みを浮かべていることに、本人は気がついていない。
そんなメイコを見つめてうれしそうに瞳を細めたマスターは、ふと、ひとつの屋台に目を止めた。その顔が、無邪気にきらきらと輝く。
「綿菓子!!メイコさん、綿菓子!!綿菓子食べましょう!!」
「んなっ!」
ぐいぐいと引っ張られ、メイコは悲鳴を上げた。
「綿菓子が酒のつまみになるかぁああっっ!!」