B.Y.L.M.

ACT2-scene12

非常にという以上に、非情なまでにあっさりと返したが、がくぽはすぐ、言葉を失ったカイトへ首を振った。横だ。それは否定を意味する。

「違います」

言葉でもっても否定を重ね、がくぽは曖昧な、微妙な困惑を宿してまた、首を振った。

「つまり、先に言ったように、『花』は花、根本は植生なのです。ひとの形こそ保っていますが、考えにしろ動きにしろ反応にしろ、我らとあからさまに違う。しかもあなたほどの年となれば、ほとんど完璧に花と化し、ひとのふりなどもはや決して、できない。もちろん王太子として立つことなど、とても――」

言いきって、がくぽは眉をひそめた。実際と当てはめて巡らせる間を取り、幾重にも想定を積み、数え上げていく。

「たとえ立てたところで、表舞台はすべて、影武者に負わせるしかないでしょう。すべての台詞をこちらがお膳立てしてやったところで、そもそもまともに言葉をさえずることをしなくなりますし、余程に気が向かねば歩くどころか、動きもしませんから。もっとも簡単な公務ひとつ、満足にこなせない、正しくお飾りとしかならない王太子だ。いずれ王となったところで……」

「………」

ますますもってどう反応していいものかがわからず、カイトの表情もがくぽに負けず劣らず、曖昧で、微妙な困惑を宿し、翳った。

少なくともこの騒動が持ち上がる前、もしくは塔へ軟禁される直前まで、カイトは王太子として公務をこなしていた。すべてを完璧にしおおせたとは言わないが、少なくとも表舞台にきちんと立ち続け、相応の評価や支持も得た。

誰もカイトがひとではないなどとは疑いを持たなかったし、あえて言うなら、将来を嘱望された王太子であったのだ。

だから今、がくぽが語ったそれが『花』であるというなら、カイトはまるで当てはまらない。

ならば自分は『花』ではないのではないかと――この期に及んでも往生際の悪いとは自覚するところだが、またぞろ、そんな考えが首をもたげてしまう。

そしてもうひとつ憂うのは、やはりがくぽの語る『花』の様態、生態そのものだ。

それはカイトの知識に於いては、廃人と同然に聞こえた。

こころを病み、あるいは鎖し、さもなければ脳が壊れた結果の――

それが『花』であり、自分に用意された未来であるというのなら。

それが『花』であり、自分に向けられる目であるというのなら。

「カイト様」

「っ」

やわらかな声に、しかし厳然と呼ばれ、カイトは暗くなる視界からわずかに戻った。はっとして顔を上げると、嘲りも侮りもない、真から敬う色を宿す騎士の瞳が迎える。

「申しました。我ら南方には、原初の森があり、旧き一族が未だ、血と形を遺し生きるのだと。獣毛の輩もいれば、鱗の族もいます。小人族、巨人族、――『花』もまた、同じです。ひととして生きようとすれば奇異であり、苦難しかありませんが、『花』として生きる分に、それは蔑まれるものではない」

どこか叱るように説いてから、がくぽも自身の口調のきつさに気がついたのだろう。

そこでわずかに表情を和らげると、体からことさらに力を抜き、意識して壁に凭れ掛かった。じっと見入るカイトから視線を逸らすことはなく、やわらかでありながら確信に満ちた笑みを返す。

「むしろ『花』は古来より、どの族からも重用され、得られるを僥倖と扱われてきたのです。ひとたる身も長く、ましてや南方の価値を知らなければ無理もないとは察しますが、しかしご自身を無為と貶められるな。あなたは優しく強い。なにより、賢くうつくしい」

「……っ」

衒いもなく言いきられ、甚だ不本意ながら、カイトの胸は高鳴った。だがそれは、王太子ではなくとも自分が重用される立場なのだと言われたからではない。

ただ夫からの賛辞、評価の言のみだ。優しく強く、賢くうつくしいという――

そんなものがなんになると言い返したい気もあるが、余程の胆力でも掘りださない限りできないだけの気迫と確信を、相手は醸している。

またもや自分がなにか、乙女と化したような微妙な心地を味わいつつ、カイトはそっと、目を伏せた。そのカイトを慈しむように、がくぽはくちびるを寄せ、こめかみに当てる。

ふいと上目で窺うと、苦笑が返った。腰を抱く腕に力が入り、カイトはまた、うつむく。水面は花や果実に覆われ、湯のなかは見えない。けれど、感じるものがある。厳然と、無視し難く。

「………ただ、そういったさまですからね。珍しくもあれですら、遠目ではあなたを『花』と断言しきれなかったのではないですか。ほかに当てもあったでしょうに、どうして今さら私かとは思いますが、とにかくそれで、私を送ったのかと。身近にあなたを観察し、本質を見極めるべく」

「………ああ」

ひとつ、欠片がつながった心地がして、カイトは頷いた。

そして最終的に、彼らは確信するに至ったのだ。未だカイトに自覚がないとしても、カイトが『花』、ひとから生まれる、ひと非ざるなにかであると。

確信して、手を伸ばした。求め、欲し、カイトはここにいる。

同じ浴槽、湯のなかに、『夫』の膝に上げられて――

「…っ」

くらりと視界が眩む心地に、カイトは小さく息を吐いた。

いい加減、長湯だ。確かこの青年は、足腰の立たないカイトがひとりでは浴槽から脱出できず、のぼせた挙句に溺れるのを防ぐためと、共風呂にしたはずなのだが、――

否、こんな状態で詰める気もなかった話を、つい詰めてしまったのは自分だと、カイトは反省した。

ここまでに、あまりに不明が多かった。月も星もない闇のなかを走らされているようで、こころもとないどころの話ではなかったのだ。

そこにようやく、光が差した。

つい、夢中になって追ってしまっても、仕方がない。

が、それはそれのこれはこれで、いい加減、長風呂も過ぎる。

そうでなくとも、汗ばむような陽気なのだ。しかも未だ、日が天の主人だ。しばらくはこの陽気まま、温度が下がることはないだろう。

多少、湯から身を浮かせたところで凍えるということがなく、熱の逃がしどころがない。

自分が一度、黙ればいいのだ。そう、カイトは考えた。

ここでの話は切りにして、風呂から上がり、きちんと身支度を整えたうえで改めて、訊きたいこと、知りたいことを問い質せばいい。

そうすれば、そう、今、こうして反応している夫も、もう少し落ち着いて――

「がくぽ。もう、そろそろ……」

「腹が空きましたか」

「は………ら、?」

上がろうと促すつもりのそれに、がくぽが返した言葉が意想外に過ぎ、カイトは瞳を瞬かせた。

見つめる先で、夫が笑う。

――腹が減った、空腹なのはそちらではないのかと。

思わず言いたくなるような、獰猛なそれだった。

カイトは知らず、ぶるりと震えた。おそれではない。否、おそれはある。けれど夫にではない。

自分だ。

「がくぽ」

「なにか食べたいものがあれば、おっしゃってください。言ったでしょう、私にもあなたにも、休息と補給が必要だと。休息は済んだようですから、となれば次は補給です。食べたいものがあればどうぞ、なんなりと」

「いや、……」

獰猛さをすぐに消し、忠義の騎士らしい笑みでもって促すがくぽの言うことは、おそらくもっともなことなのだ。

そもそもカイトはここしばらく、まともに食事らしい食事を摂っていない。合間あいまの休息に、わずかな果実や蜜、水といったものを口にした記憶が、朧にあるだけだ。

ずいぶん無茶な生活をしていたと、今さらながらに頭が痛くなるが、――

「とく、に………たべたい、もの、は………」

頭のなかが白く染まっていく心地で、カイトは覚束ない声を絞りだした。

寝台に篭められ、起きているときには夫を受け入れ続けた。合間に取られるわずかな休息に、口にしたのはほんのひと欠けずつの果実や、水、蜂蜜などといった程度のものだ。

それにしては、自分の体は衰えていない。

今さらながらに思い至った事実に、カイトは愕然とした。

確かに足腰は立たないし、そういった意味では多少、萎えたと思う。

が、ほとんど絶食にも近い日々を過ごしたというのに、少なくとも目に見える範囲の体は、これまでと変わらない肉付きだ。骨と皮だけといった様相になっていないのももちろんだが、うっすらと骨が浮かんできたということすらない。

まるできちんと食事を摂っていたかのように、絶食などしていなかったかのごとく――

「空腹、でも、ない………し………」

「思いつきませんかならば、私のほうで勝手にしますが」

カイトの動揺は察しているだろうに、夫の声は平静であり、もっと言うならどういうわけか、愉しげですらあった。

「ぁ………」

言葉を失い、カイトは懸命に、白く染まる頭を掘り返す。

食べたいもの、これまで好きだったもの、あるいはこれは避けて欲しいと頼むべき、嫌いだったもの――

自分がこれまで、なにを食べていたかは覚えている。思い出せる。どういった味でどういった香りであったか、これも思い出せる。そのうちのなにが好きでなにが嫌いだったか、それも思い出せる。

が、今、そのうちのなにを食べたいかと問われて、咄嗟に出てこない。食べたいと思うものがない。

むしろ言うなら、『食べたくない』。

きっと心労が溜まっているのだと、カイトは霞む思考をなだめた。

あまりに公務が忙しいとき、あるいは王太子として難題が続いたようなとき、疲労や心労が溜まり過ぎるとなにを食べる気にもなれないことが、カイトにはあった。

用意されるから無理やり口には詰めこむが、砂を食べているような気分で、量も進まず、ひどく難儀したものだ。

きっとそうだと、カイトは自分を懸命になだめた。

思い浮かんだ唯一のもの――思考に過ったそれは、そもそも『食べる』ものではないとか、そういったすべてのことまで含めて、疲労が溜まっているのだ。積み重なった心労のゆえであって――

「ご案じ召されるな、カイト様」

「っ、がくっ、ぽ?!」

低い声が、笑いを含んで言う。同時に腰を支えていた手が意図を持って下がり、カイトははっと、我に返った。

慌てて上げた視線の先、迎える夫は声に異せず、笑っている。そこには愛おしさも過ぎ、傾倒する主であり妻である相手への労わりと慈しみがある。

同時に、堪えきれず溢れる欲情が、強く、あまりにも強く――

「がく…っ」

咄嗟に逃れようと身を浮かせかけた中途半端な姿勢で、カイトは夫が醸す色香に見入り、動けなくなった。言葉も失って、ただ、震える。

腰が痺れる。それは認めたくない――気がつきたくもない。

けれど腰が痺れ、これまでの日々に散々に夫を受け入れ、呑みこんできた場所が、疼く。

意図を持って下がったがくぽの指はためらいもせずそこに触れ、逡巡の間もなく内に入った。

「や、っ」

「今はまだ――けれど、ええ、おこころを曇らせる必要などないのです、カイト様……いずれあなたのほうから、ためらいもなく迷いもせず、なにを欲するのか、夫たる私に求められるよう、この身を尽くしてお仕えいたしましょうから………我が最愛の花にして、なにより得難き伴たる妻よ」

「ぁ、はっ……っぃや、そこっ……っ」

真摯たるがくぽの誓いの言は、ほとんどカイトの耳に入らなかった。否、芯から真摯であったかは疑わしい。誓いながらもがくぽの指は、カイトを妻としてもっともしつけたところを遠慮もなく探り、刺激していたのだから。

跳ねるカイトを逃がすまいと、隆とした筋肉を漲らせ、抱きこめながら眺める瞳は熱く、堪えようもなく息が荒がっていくのがわかる。

そしてそんな雄の様態に煽られ、カイトの熱もまた、下げようもなく募っていく。

思い出した。

否、先からずっと、夫の有り様が気になって仕方がなかった、そのいちばんの理由を今ようやく、意識した。せざるを得なくなった。

この体は、男相手にあまりに淫奔だったのだ。

「ぁ、あ……っ、ぁ、くぽっ、っ」

「ええ、カイト様」

かん高い声で呼ぶカイトの、言葉にしきれないそれを拾い、がくぽは笑って腰を浮かせた。ともにカイトを抱き上げ、後ろを向かせる。

「縁に手をついてください。腰をこちらに……ああ、立ち上がらず結構。足裏をつけるのではなく……膝立ちで、そう、――」

「ふっ……ぇ、ぁ……っ」

もともと足腰が立たなかったカイトだが、今はまた、がくぽによって快楽を新たにされたところで、膝が笑っている。

力が入らない体を人形のように好きにされながら、ことに抵抗しようと思うこともできない。

どこかに違和感と疑念はあっても主題として持ってこられないまま、カイトは浴槽の縁に手をかけて膝立ちとなり、夫へ腰を掲げる姿勢を取ろうと、懸命になった。

懸命になっても、快楽に溺れる体はうまく動かない。なにより、自分の体を支えきれず、湯のなかに落ちこみそうな危惧が付きまとう。

二重に震えるカイトに、がくぽはやわらかに、けれど引くこともない厳然たる意志のもと、笑った。

「大丈夫、私も支えています。万が一にもあなたに水を飲ませるようなことなど、決してするものですか……さあ、あなたの夫を信じて、カイト様……」

「ん、んんっ……っ」

カイトはぶるりと、首を横に振った。単に募り過ぎた快楽を逃がしただけでもあるし、夫を信じる信じない以前に、そもそもこうまで淫奔に扱われることを、自ら望むようなことはしたくないという、拒絶の意でもあり――

カイトはほとんどがくぽに支えられた状態で湯のなかに膝をつき、浴槽の縁に手をかけて腰を突きだした。

幸いにもと言えばいいのか――この、万事においてカイトをからかい、弄びたがる傾向の見える夫とはいえ、この状態でさらに間を置き、いたぶるようなことはしてこなかった。

カイトの姿勢が定まったと見るやほとんど待たせることなく、指で馴らしたそこに雄が宛がわれる。

「ぁ……っ」

「ふっ………っ」

ぐっと、押し開き、割り入ってきたものの感触は、ここ数日で馴染んでいたものと多少、違うような気がした。

言っても、成長途上にある少年と、すでに成人したと思しき青年だ。見た目で推測しただけだが、年の差としては十ばかりもあるだろうか。

あの年頃は、一歳二歳であってさえ、差が大きく開く。となれば十年の差は言うまでもなく、そうなると同一人物であっても――

くだらないことを考えていると思いつつも振り払えないものがあり、カイトは抱えこまれて不自由な体を捻り、背後の男を見た。

「ぁ、くぽ」

「ええ、カイト様……すべて入りました。根元まで、上手に呑みこんでおられますよ。きついですか?」

「……」

覚束ない声で呼んだカイトに応えるのは、例のあの、幼い相手でもあやすような笑みだ。

そんな扱いを受ける謂われはないと、先までは反発が強かった。

が、こうして雄に貫かれている最中となれば、変わるようだ。

ひどく素直に甘ったれた気持ちが募り、カイトのくちびるからは熱い吐息がこぼれた。無理をして捻っていた体を戻すと、男の腕に自分を預ける。

応えて抱き上げてくれた相手がすんと鼻を鳴らす音が耳朶に届き、同時に堪えようもなく腹の内のものが脈打って、硬度を増す。

きついかと問われれば、そうだ。苦しいかと訊かれれば、同じく。

けれどそれ以上に満たされた心地がある。

待ち望んでいたものが、ようやく与えられたと。

そんなことは、未だ認められない。

この体は、男を相手にあまりに淫奔だ。

思いもよらず娶られ、妻として扱われ、しつけられてからというもの、何度となく思い知ったことだが、だとしても未だ、抵抗は根強い。

根強いが、もはや否定しようもない。

隠すこともなく見せつけられていた夫のそれが、熱と硬さを表皮だけに掠らされていたそれが、カイトはずっとずっと欲しかった。

こうしてカイトの腹をいっぱいに埋め、満たして欲しかった。

そうしてようやく与えられた。得られた。

きつさは同時に、これ以上ない充足だ。

「動き、ますよ」

「ふぁっ、あ……っ、ぁあぅ、ぉゆっ……なか、はぃ……っ!」

衝動を堪えて潰れたがくぽの声にまた煽られ、満たされる。

カイトは夢中になって、自分の腹を掻き回す雄を味わった。