B.Y.L.M.

ACT4-scene7

うつぶせになった体の、高く掲げさせられた腰を掴む手に、わずかに力が入る。ほとんど同時に、襞のひくつきに合わせるよう、がくぽが押しこんできた。

「んっ、くふ……っ」

息を詰めたのは一瞬で、カイトはすぐに意識して、詰めた息を吐く。

腹の内が、本来排泄する場所から、逆順で押し広げられていく、異様な感覚――

「ん……っ」

ぶるりと背筋を震わせ、カイトはきゅうっと目を閉じる。閉じたのは目だけでなく拳もで、巻きこまれた寝具がぐしゃりと、皺を刻んだ。

初めは、この感覚が気持ち悪かった。不快で、厭だった。

今は違う。異様だと思いはするが、募る期待がともにある。この異様さが、むしろ好ましい。

そんなことを言うのはいかにも好きもので、あさましくはしたないことだと思うから、決して口になどしないが――

「カイト、さまぁ……」

「ん、く……っ」

奥まで嵌まったところで背後から降ってくるのが、いっそあどけないまでに蕩けた声だ。

もはや初めてどころではないというのに、がくぽは未だ、初めて埋めたときと同じ、陶然とした声を上げる。そしてカイトといえば、その陶然としたあどけない声を聞くたび、聞くだけで、背筋が震えるほど感じるのだ。

もちろん震えるのは背筋のみならず、がくぽが埋まった場所もだ。捻じこまれた雄を、いかにも歓迎しているふうに締め上げ、吸いつく。

「ふぁあ、カイト、さ……カイト、さま……っ」

「ん、んんんっ」

まるで強請るような内襞の様子に耐えきれず、がくぽが腰を打ちつけ始める。

使われている場所の、本来の動きとして正しく、太く硬いものが抜けて、そしてまた、逆順で押し戻ってくる。

抜ければ、苦しい腹が解放されて快楽であり、押し戻ってくればあの、今や快楽と転じた異様な感覚だ。

抜き差しされて、そのどちらもがおそろしいほど、気持ちよい。

「ふぁ、っ、あ、ぁあぅっ、ぁ、ぁくっ」

寝具を握る拳に力を入れ、カイトは思考を飛ばされそうな感覚に耐える。

夢中になってカイトを貪る少年は、一見、自分の好き勝手に腰を振っているようだ。

が、実のところカイトの弱いところや好きなところをきちんと押さえ、最適なときに最適な強さで抉ってくる。もはや理性の欠片もないような声を上げ、余裕もなく腰を打ちつけているだけのように見えるというのにだ。

二月も閨をともにすれば、当たりまえ――

でもないということを、カイトは知っている。

二月どころか一年、五年、十年を経ようとも、片方だけが愉しみ、片方だけが一方的に満足して終わる夫婦の営みというのは、多い。

そこから、もとより微妙だった夫婦仲がこじれていき、互いに愛人を囲うような生活に陥りもする。

比したとき、カイトは自分を幸運なのだろうと思う。

夫はもちろん、カイトの体で十全に愉しんでいるようだが、カイトを悦ばせることも、決して疎かにしない。これは未だ忠節を傾ける相手として、こちらの意思や反応をある程度、尊重してもらえることの一環かもしれないが。

「んんっ、ぁ、ぁく、ぽ…っ、ぁく、ぅっ」

だからカイトは堪えられもせずにかん高い声で啼き、時に自分から強請るように腰を振りもする。常には重く、自由になり難いというのに、こういうときばかりは――

たとえ『花』という生態の特殊性はあれ、この体は、男相手に淫奔だ。

きっと相当に、あさましい顔も晒していることだろうなと。

そう思うから、カイトはがくぽが――これは夜も昼も、両方ともにだが――、体をうつぶせにしたうえで、後ろから挑んでくれることは、有り難いことなのだと考える。

後ろからなら、最中のカイトの表情は見えにくい。

顔面を寝台に埋めているわけではないから、完全に隠せているわけではない。が、少なくとも正面から対するよりは、見えにくいことだろう。

これでもし、一般の夫婦のように正面から対することがあれば、カイトは顔を隠すために相当の労力を要するはずだ。

快楽に蕩けるのは、体だけではない。思考も覚束なくされる状態で、そこまで気を張ることがどれほど難儀するものかは、考えるまでもない――

「っや、つよ……っ、ぁく、つよ、んんっ」

「ふ、ぅ、……っカイ……さまっ……」

嘆願する響きを持って喘ぐカイトに、がくぽがぶるりと震え、息を詰める。

素直に感じて味わうカイトの洞は、攻めているほうからしても相当にいいのだろう。ましてや相手は旺盛な年頃の少年だ。昼の青年どうあれ、夜の少年はこれだけしても、未だうぶなところが抜けきらない。

初めはカイトを慮って動いている節もあるが、最後の最後まで、力加減が絶妙とはいかない。

だからといって、カイトのほうは不愉快になっていくというわけでもないのが、微妙といえば微妙なところだ。

がくぽがそこまで夢中になった頃には、カイトのほうだとていい加減、蕩けきっている。

この体は、男を相手に淫奔なのだ。激しくなった動きに『激しい』と感じはするが、動きを止めて欲しいとか、加減を望むといったことはない。

むしろ、もっともっとと――

過ぎる快楽に、カイトの瞳からは涙がこぼれる。息を継ぐだけに懸命な口は涎も垂らしているし、やはり相当にみっともない顔を晒しているはずだ。

そう思うから、カイトは快楽を逃がそうと頭を振るついでに、寝具に顔をなすりつける。うつぶせの体勢だから、これがやりやすい。寝具を巻きこんで握る拳にも、さらに力が入る。

これはうつぶせだから可能なのであって、正面から対していたらどうしたものか、きっと悩ましい。

「ぁく……」

「カイト、さま……ぁあ、イきます……カイトさま、カイトさま……っ」

「んっ……っ」

少年の声がいっそう甘く、悩ましいものとなり、カイトは予感だけで、ぶるりと背筋を震わせた。悪寒ではない。期待だ。

そして期待に震えるのは背筋のみならず、今まさに夫を咥えこんで味わっているところもだ。そうでなくとも限界が近づいて存在感の増しているものを、あからさまにきゅうっと、締め上げる。

「く、ぁ……っ」

案の定で、がくぽが低く呻く。カイトの腰を掴んでいた手にも、くっと力が入った。爪が喰いこむほどではないが、束の間、痛みは覚える。しかしその痛みは、すぐに忘れられた。

ほとんど無意識の体が折り伏せられ、カイトの首筋にくちびるが触れる。くわっと開いたそれがそのまま、がぶりと首筋に喰らいついたからだ。

微妙に発達した犬歯が、ぷつりと、皮膚に突き立つ、その痛み――

カイトにとっても、その痛みが最後の刺激となった。これまでとは比較にならない震えが背筋を駆けのぼり、続いて全身が痙攣する。

「ぁ……っ、あ」

上がるかん高い声を、堪えるすべもない。カイトは背を仰け反らせ、腹の内に噴きだすものに内腑を灼かれるような心地を、存分に味わった。

膨れた腹に沁み入り、満たされていく。

その、喩えようもない快楽と――

「………カイト、さま……」

「んく……っ」

吐きだしきって、脱力した体が背に当たる。ほんのわずかに触れられただけでも、尖った神経は鋭く反応し、カイトはぼろりと涙を流して震えた。

未だ、がくぽのものは身の内にある。吐きだしきって弱いが、確かな存在感を持っている。そして、背に当たる体だ。こうして素肌同士で触れれば、その体のつくりが誤魔化されることもなく、わかる。

青年と比べてしまえば幼いとも感じるが、そもそもがくぽは少年の身であるときに正規の騎士として取り立てられたのだ。決して同年代の少年と同じではなく、よく鍛えられ、漲っている。

未だ幼い、けれど決して幼くはない、男の体だ。カイトの夫の、今まさにカイトを組み敷き、妻として堪能した夫の――

「ふ、ぁ………」

思ってしまえば、どうしても震える。腹の底、芯に灯るものが、性懲りもなくある。

がくぽは吐きだしきったし、カイトとても、すでに絶頂の域は抜けた。もはや余韻とも言い訳できないというのに、カイトは堪えられず、震える。

だからこの体は、男相手に淫奔だと言うのだ。

「っ、く……っ」

一度は抜けかけたカイトの手に力が戻り、寝具をくしゃりと、掴み直した。

「……カイト様」

――後ろから、吐きだされる声だけで表情を類推することは、難しい。けれど快楽の名残りも強い今、カイトは振り向いて夫の様子を確かめることすら、容易ではない。

震えたカイトから、なにかはっとしたように離れたと感じた体が――そして直後にこぼされた声が、どこか昏さを孕んでいたように感じたとしても。

それが真実かどうか、カイトが確認することは容易ではない。

これがせめて、正面から対していれば――

「が、く……」

「………はい」

弱々しく呼ぶ、カイトに応える声は忠実そのものだ。けれど離れた体は戻ってこない。ぬくもりが再び、背を覆うことはない。

背後から貫くことは、夫がカイトの身を慮ればこそだ。

だからといって最中の、あさましかろう表情を晒すカイトの、羞恥を思いやったという話ではない。実際的に、身体への負担を減らすためだという。

――確かに『花』ゆえの特殊性から、ひとと比べれば、全般的な負担は軽減されています。だとしてもあなたの基幹が『男』であることに、違いはない。そして男の身の負担を軽くすることを考えるなら、正面からよりは、背後からのほうがいい。

そう、説かれた。夜からも、昼からもだ。

がくぽはがくぽで、カイトを思いやったうえだ。正面から対したことが一度しかないために、カイトにはその差異、体への負担感というものが、今ひとつわからないが――

「……っ」

く、と。

寝具を握るカイトの手に、力が入る。

感触が残っている。

指に、あるいは爪先に――

傷を抉った。

たった一度、正面から対したときだ。夫に初めて正面から抱かれた、あのときだ。

傷というも無惨な、手酷いものだった。

あの状況で、ならば他にどういった方法があったかと考えれば、それは難しい。

結果的に、事態はいいほうへ転がったのだ。治しようがない、跳ね返しようがないからと諦められ、放置されていた致死性の呪いを、解いた。

そして抉った傷は、まさに一瞬で癒されたのだ。

カイトの力だという。

カイトが与えた『力』によって、がくぽは呪いを弾き返すことができ、そして結果、惨たらしい以外のなにものでもなかった傷が癒えた。

そもそもがくぽが傷を負ったのは、呪いを受けたのは、カイトを得るために南王と戦ったがためだ。

がくぽは安い代価だと言っていた。

言葉に嘘はない――人智を超えるという意味で『魔』の冠を与えられた南王と戦い、相討ちとして死ぬこともなく、生きて勝利を得るだけのことが、どれほどの難業であることか。

あなたを南王から奪うための代価がこれなら、いっそ申し訳ないほどに安いと――

がくぽは南王の子として、その力のほどを間近に見ながら育ったのだ。

上の、もっと強いきょうだいたちが為すすべもなく次から次に、実親たる南王に喰いきられていくさまを見続け、いずれは我が身としてきた。

そのがくぽであればこそ、致死性の呪いを与えられてすら実感を伴って、嘘偽りもなくこころから『安い』と、言いきることができるのだろう。

結局は呪いにしても、生涯を懸けて望んだカイト自身によって、『あっという間に』解かれた。

がくぽにとって呪いの負担はもはや、なかったも同然だ。

カイトが癒す過程に取った手段にしても、少年自身が、口を噤んで隠していた自分が悪いという態だし、青年などはもっとあからさまに、少年期の自らのやりようの拙劣さを罵る。

カイトが責められ、代償を求められることはない。

けれど、残っている。

傷を抉った。

指に、あるいは爪先に――

生々しく濡れる、削ぎ取られた肉に、容赦もなく喰いこませた。

二月近く経った今となって考えても、あのときに他の策が取れたと、別の策があったのではとは、思えない。

あの状況でカイトに赦された選択肢のうち、少なくとも最悪ではなかった。

そしてがくぽであればきっと、最善であったと答えるだろう。

それでも、残っている。

傷を抉った。

服地越しであっても、肉に抉りこませて赤く染まった指先の、確かめた血の味。

吐き気がするような、あの――

「……カイト様」

「ん、は……っ」

気遣うように呼びながら、がくぽがそっと、腰を引いていく。たとえ漲りきっていなくとも、存在感のあるものが腹から抜けていく感触は、なんとも言えない。

カイトは背筋を震わせながら、こみ上げるものを堪え、眉をひそめた。

飢えがひと段落ついたカイトは催淫性の香りを放つことはなくなり、そうなるとがくぽの反応も人並みとなった――少なくとも、人並み程度の絶倫だ。

並外れて人智を超え理解不能というものでは、なくなった。

そうでなくとも今日は、昼間に乱れた。少年と青年で見た目が変わろうと、同じ体だ。いかに旺盛な年頃に変じようとも、今日の少年は夜もすがらで求めるほどではないだろう。

だから一度の放出で大人しく、カイトのなかから出て行く。

「んん……っ」

「っ、ふ……っ」

押しこまれるより身体的な負担は少ないが、ずるずると抜けていくものの感覚も、異様だ。震えてあえかに背を仰け反らせるカイトは、反射的な動きで、抜けていくものをきゅうっと、締め上げる。

意識もしていない。しかしだからこそ、まだ不足だと強請るような、そういう動きに似る。

こぼされる吐息を背後に聞きながら、カイトはだからこそ、この体勢で正しいのだと自分に言い聞かせる。

正面から対していたならきっとカイトの足は未練がましく、がくぽの腰に絡みついたに違いない。カイトの腕は伸びて夫の背に回り、爪を立ててしがみついただろう。

今の夫の背はきれいなものだ。利点だと笑っていた、特異体質のおかげもあるのだろう。あれほど惨たらしかった傷の名残りは、片鱗もない。

それでも、残っているのだ。カイトの指に、爪先に、そして舌に、あの傷が、肉を抉って確かめた、血の味が。

間違っても、もはや夫の背に爪を立てるようなまねは、したくない。

したくないが、この体は男相手に淫奔だ。なにより貪欲だ。

飢餓は埋められたと言われても、与えられると際限なく貪ろうとする。

昼間に散々に乱れた記憶も鮮明だというのに、夜の夫が一度で身を離すことが、赦せない。

足を絡め、背に爪を立てて引き留めることを、ためらいなくやろうとする。

背後からなら、引き留めるすべはほとんどない。今のように、あえかに締め上げてしまう程度だ。

だがこれだけなら、体の反射的な反応に過ぎないと言い訳られる。

あとは喘ぐくちびるを引き結び、喪失感を言葉として吐きださないようにだけ、気をつければいい。

「んっ、ふっ……っ」

「……カイト様」

ずるりと抜けきって、カイトはきゅっと目を閉じた。寝具を握る手にも、力が入る。

残っている。

消えない。

力いっぱいに寝具を掴み、感触を誤魔化しても、『指先が濡れている』。そう思う。

鼻先に香らせた血の、味わった舌が、まるで鮮明なまま。

「カイト様……カイトさま」

「ん、んん……っ」

最中ほどではないにしろ、ひどく甘やかな少年の声が、カイトを呼ぶ。がくぽは呼びながら、晒されたカイトの背にくちびるを落としていく。

応えを期待していない。ただ、愛おしいひとの名を呼びたいから呼ぶ。呼べるから呼ぶ――

そういう呼び方であり、所作だ。

愛撫というより慰撫に似た口づけを雨と受け、甘やかな声で呼び続けられる自身の名に、カイトは懸命に溺れた。

指の、爪先の記憶を、消したい。

口に含んだ血の味を、香りを――

なによりも、背後から貫かれ、腹のなかをきつく埋められながら、どうしてか埋まる様子もなく抱えたままの、腹の空漠を、空虚を、虚無を、『抱かれたい』と痛切なまでに願う、それらすべてを。

感じたくない。

忘れたい。