曲がりくねった道
第1部-第11話
どんな優柔不断な性質であれ、爆発する瞬間、堰を超える瞬間というものはあるのだと、がくぽは思考の片隅でとても納得していた。感嘆していたと言ってもいい。
呑気だ。思考の片隅、ほんのわずかな一部分だけが。
がくぽの思考の全体、大部分といえば、大爆発を起こした挙句に堪えていた感情が堰を切って溢れ、大荒れに荒れていた。抑えようもない。
「駄目だ!!」
「んっ?!」
抱えられていた頭を引き剥がし、叫んだがくぽに、カイトは戸惑う声を上げた。突然の豹変は、緩やかに流れるカイトの思考には追いつき難い。
「がく……んっ、ぇ、ゎっ……っ?!」
戸惑い、動きを止めたカイトを、がくぽは自分の腕に抱えこんだ。激情のまま、力づくで抱きこみ、抱きくるんで、締め上げる。
「駄目だ!カイトには、カイトになんて、駄目だ!カイトにこれ以上、痛い思いも苦しい思いもさせん!カイトは、カイトには、カイトにだけはっ……っ」
叫んでもさけんでも、堰を切って溢れた想いは吐き出しきれない。むしろひどく募り、吐き出しきれない想いで咽喉が詰まり、潰れる。
潰れて閊えた想いは吐き出す先を失って胸を圧し、――
「いたいったら、今っ!!」
「っっ!」
駆動系が過負荷に耐え切れず焼き切れ、意識を失う寸前。
カイトが叫んだ。叫ぶだけでなく、きつく自分を鎖すがくぽの腕に容赦なく咬みついた。
容赦なくとはいえ、どうせ着こんだ服越しだ。傷がつくことはない。それでも牙が立つ実際的な痛みで、がくぽは我に返った。
我に返り、切れ長の瞳を限界まで丸く開いて見つめるがくぽを、カイトは不機嫌に睨みつける。
「いたいっ!!腕もだけど、声もっ!!」
「っああ、すま……否、すま、……」
我に返ったものの、思考も体も完全に制御が戻ったとは言い難い。
締め上げられて痛いと言われて、それもそうだと思うのとはまた別に、腕から力を抜くことができない。逆に、力が入る。逆に力が入ってしまうことでさらに焦りが募り、焦れば焦るほど、制動は戻らない。
「もーいい。わかったから」
「カイト」
「とりあえず、ぎゅうはおっけーですね、もう」
「ああ、はい。オーケイです」
釣られた。なにかが。
釣られて頷きながら、しかしがくぽは首を傾げていた。いったいなんのことだろうと。
とにもかくにも、独特かつ、どこかずれた筋道のカイトに釣られたことで、固まっていたがくぽの思考もいい具合にずれた。
急激に、すべてのことが緩んでいくのを感じる。もうどうやっても緩めようがないと思っていた腕からも、力が抜けた。
力が抜けて緩んだ腕の中、カイトが再び体を起こす。がくぽの膝の間に立つと、頭を抱きこんだ。体重をかけて、伸しかかって来る。がくぽは素直に潰され、カイトに埋まった。
「もーいい。もう………がくぽって、がくぽだ。しょーがない。だいじょぶなんだって、いってんのに」
口調は怒っているが、カイトの手はやさしくやわらかく、がくぽの頭を撫でている。髪を梳かれ、肩を軽く叩いて解され、慰めなだめられる。
あやされる犬の心地を味わい、がくぽはますます緩み、カイトの胸に擦りついた。
手馴れた仕業だと、思う。咬みついたときの躊躇のなさといい、容赦のなさといい、今のこのしぐさといい――
がくぽの扱いに、馴れている。
それも道理だ。カイトは恋人だったのだ、『がくぽ』の。
がくぽが失ったのはあくまでも一定期間の記憶に過ぎず、すべてを初期化され、まったく違う『がくぽ』となったわけではない。
カイトと出会う前の記憶はあり、性格も変わらず、思考の経路も同じ。
ならば記憶が続いているカイトにとって、がくぽは『がくぽ』だろう。
同居人から恋人に成った。
建前の姿だけを見て、取りつくろった、格好をつけた外面だけを知っての選択ではなく、いいところも、絶望的なまでに駄目なところも承知したうえで、関係を容れた。がくぽの手を取った。
たぶん、おそらくきっと、――そうだったのだろう。
経緯の詳細は、知らない。わからない。返ってこない。戻らない。
けれどここに在る。
がくぽは顔を上げた。不機嫌に歪めながらも、甘やかしを含んで熱っぽい顔のカイトが迎える。
「なに」
眉を跳ね上げ、突き放す響きで訊かれ、がくぽはくちびるを戦慄かせた。
泣きそうだ。
確信とともに、吐き出した。
「好きだ、カイト」