がりくった道

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どんな優柔不断な性質であれ、爆発する瞬間、堰を超える瞬間というものはあるのだと、がくぽは思考の片隅でとても納得していた。感嘆していたと言ってもいい。

呑気だ。思考の片隅、ほんのわずかな一部分だけが。

がくぽの思考の全体、大部分といえば、大爆発を起こした挙句に堪えていた感情が堰を切って溢れ、大荒れに荒れていた。抑えようもない。

「駄目だ!!」

「んっ?!」

抱えられていた頭を引き剥がし、叫んだがくぽに、カイトは戸惑う声を上げた。突然の豹変は、緩やかに流れるカイトの思考には追いつき難い。

「がく……んっ、ぇ、ゎっ……っ?!」

戸惑い、動きを止めたカイトを、がくぽは自分の腕に抱えこんだ。激情のまま、力づくで抱きこみ、抱きくるんで、締め上げる。

「駄目だカイトには、カイトになんて、駄目だカイトにこれ以上、痛い思いも苦しい思いもさせんカイトは、カイトには、カイトにだけはっ……っ」

叫んでもさけんでも、堰を切って溢れた想いは吐き出しきれない。むしろひどく募り、吐き出しきれない想いで咽喉が詰まり、潰れる。

潰れて閊えた想いは吐き出す先を失って胸を圧し、――

「いたいったら、今っ!!」

「っっ!」

駆動系が過負荷に耐え切れず焼き切れ、意識を失う寸前。

カイトが叫んだ。叫ぶだけでなく、きつく自分を鎖すがくぽの腕に容赦なく咬みついた。

容赦なくとはいえ、どうせ着こんだ服越しだ。傷がつくことはない。それでも牙が立つ実際的な痛みで、がくぽは我に返った。

我に返り、切れ長の瞳を限界まで丸く開いて見つめるがくぽを、カイトは不機嫌に睨みつける。

「いたいっ!!腕もだけど、声もっ!!」

「っああ、すま……否、すま、……」

我に返ったものの、思考も体も完全に制御が戻ったとは言い難い。

締め上げられて痛いと言われて、それもそうだと思うのとはまた別に、腕から力を抜くことができない。逆に、力が入る。逆に力が入ってしまうことでさらに焦りが募り、焦れば焦るほど、制動は戻らない。

「もーいい。わかったから」

「カイト」

「とりあえず、ぎゅうはおっけーですね、もう」

「ああ、はい。オーケイです」

釣られた。なにかが。

釣られて頷きながら、しかしがくぽは首を傾げていた。いったいなんのことだろうと。

とにもかくにも、独特かつ、どこかずれた筋道のカイトに釣られたことで、固まっていたがくぽの思考もいい具合にずれた。

急激に、すべてのことが緩んでいくのを感じる。もうどうやっても緩めようがないと思っていた腕からも、力が抜けた。

力が抜けて緩んだ腕の中、カイトが再び体を起こす。がくぽの膝の間に立つと、頭を抱きこんだ。体重をかけて、伸しかかって来る。がくぽは素直に潰され、カイトに埋まった。

「もーいい。もう………がくぽって、がくぽだ。しょーがない。だいじょぶなんだって、いってんのに」

口調は怒っているが、カイトの手はやさしくやわらかく、がくぽの頭を撫でている。髪を梳かれ、肩を軽く叩いて解され、慰めなだめられる。

あやされる犬の心地を味わい、がくぽはますます緩み、カイトの胸に擦りついた。

手馴れた仕業だと、思う。咬みついたときの躊躇のなさといい、容赦のなさといい、今のこのしぐさといい――

がくぽの扱いに、馴れている。

それも道理だ。カイトは恋人だったのだ、『がくぽ』の。

がくぽが失ったのはあくまでも一定期間の記憶に過ぎず、すべてを初期化され、まったく違う『がくぽ』となったわけではない。

カイトと出会う前の記憶はあり、性格も変わらず、思考の経路も同じ。

ならば記憶が続いているカイトにとって、がくぽは『がくぽ』だろう。

同居人から恋人に成った。

建前の姿だけを見て、取りつくろった、格好をつけた外面だけを知っての選択ではなく、いいところも、絶望的なまでに駄目なところも承知したうえで、関係を容れた。がくぽの手を取った。

たぶん、おそらくきっと、――そうだったのだろう。

経緯の詳細は、知らない。わからない。返ってこない。戻らない。

けれどここに在る。

がくぽは顔を上げた。不機嫌に歪めながらも、甘やかしを含んで熱っぽい顔のカイトが迎える。

「なに」

眉を跳ね上げ、突き放す響きで訊かれ、がくぽはくちびるを戦慄かせた。

泣きそうだ。

確信とともに、吐き出した。

「好きだ、カイト」