曲がりくねった道
第2部-第10話
怒っているのなら、そっぽを向いて知らんぷりを決めこめばいい。
もしくはあからさまに当たり散らす――
「んー……」
『前』は後者だったなと、カイトは思考の片隅に浮かべた。
カイトの恋人が嫉妬深いのは、『以前』から変わらない。しかしその現し方というか、カイトへの当たり方は変わったようだ。
――そんな比較をしているカイトの現在地は、マンションの自分の部屋だ。
単に『部屋』、住居というだけでなく、『自分に与えられた部屋』だ。もちろん、ひとりきりではない。
カイトが椅子代わりに座るベッドには、恋人である男も座っている。もう少し正確に言えば、カイトが『椅子代わり』にしているのは、ベッドに座るがくぽの膝だ。
ベッドに座るがくぽの膝上に跨った状態で腰を抱えられ、キスを強請られている。有り体に言うと、カイトからがくぽへキスするよう、強要されている。
別にキスは好きなので苦にもならない『お仕置き』なのだが、『前』は違ったと、カイトは思い返す。強請られて強要されるがまま、がくぽの顔じゅうにキスの雨を降らせながら。
カイトの男は嫉妬深い、所有欲の強い男だ。
ここは変わらない。たとえばカイトのマスター相手にすら、悋気を起こして荒れることもあった。ある。これにはマスターっ子であるカイトは、ずいぶん往生したものだったが――
そしてロイドにとってのマスターという、絶対者相手にすら悋気を起こす『がくぽ』は当然、カイトの交友関係には頻繁に悋気を起こし、荒れた。
メイコやルカといった、わかっていて煽る相手にならまだいい。しかし『がくぽ』はミクやリンレン、グミといった、単純にカイトを『兄』として慕う相手にすら、時として抑えきれずに暴走した。
暴走して――以前であれば、大体の場合、カイトが『下』に組み敷かれた。
こうしてベッドに仲良くお膝抱っこで済んだためしなどない。むしろこれは初体験だ。
もはや初めてのことも特になかろうと思っていた馴染みの男相手に、しかして人生とは――正確にはロイド生だが――なにが起こるかわからない。
そうというなら、そもそも恋人が自分とのお付き合い期間の記憶だけをピンポイントで失うというのも、なにが起こるかわからないの最たるものだったが。
「カイト。他所事を考えるな。集中!」
「んぃー………」
考えごとをしていて気もそぞろというのは、所有欲と独占欲を捏ねあわせて服を着せた男にはすぐに伝わる。
案の定で叱り飛ばされたが、カイトが返したのは生返事だった。
キスは好きだ。キスが好きだ。
だがしかし、強請られているのはキスだけで、それも抱えられたままだから、大体顔にするしかない。がんばれば首に咬みつけないこともないが、カイトがそうする雰囲気を察すると、それとなく進路を変えさせられる。
ような気がしている。
というわけでカイトはひたすら、がくぽの顔にキスの雨を降らせている。
くちびるだけを貪り、激しく求める素振りで男の欲情を煽るようにすれば進展が望めるのではとも思うが、こちらはカイトのほうがなにか、気が進まない。
ためにこう、軽いスキンシップといった程度の触れるキスで終始している。ひたすら。ずっと。
要するに、落ち着かないのだ。どうしたらいいのかが、よくわからない。
過ぎる妬心に荒れて拗ねた『がくぽ』は大概、部屋に連れこんだカイトをベッドに押し倒し、精神状態ままに荒々しく体を開くことが常だった。カイトがあれこれ考え、他所事に気を取られるような余裕など、心身ともにない。
痛いし怖いという思いもあったが、カイトとしてはそれほど嫌いなことでもなかった。
かわいいからだ。
『医者に行きなさいもとい、ラボにお行き。目じゃなくて思考回路がだめだわ。つまりプログラムから見直しだわ。狭曇にはあたしから言っておくから、い、ま、す、ぐ!』
メイコなどはとても嫌そうな顔で、そんなカイトへ追い払うしぐさをしてみせたものだが――
しかしとにかく、嫉妬に荒れ狂って体を貪り縋る男は、カイトにとってはとても愛おしく、かわいらしい存在だった。そんなに一所懸命に愛しちゃってるのかと、自分のことがそんなに好きなのかと、感心しきりでもあったのだ。
が、今だ。現状だ。
カイトは自室のベッドにはいるものの、そこにはかつてと違わないはずの『男』もいるものの、服を着ている。そして座っている。恋人の膝抱っこだ。
初体験が未知に満ち過ぎて、ある意味非常に穏やかな時間であるのに混乱極まり、身動きが取れない。
いや、もちろん、膝に乗せられるだけなら、まったく初体験ではない。むしろ馴れきっている。がくぽは座っていれば当然のように、自分は座布団代わりだとばかりにカイトを抱えこむからだ。
変わらない。
そして、変わった。
なにが違って、態度がこうなのかがわからない――否、わかっている。認めたくないだけだ。
現在、がくぽは嫉妬に怒り狂った挙句、拗ねモードに突入中だ。
なにがあったかといえば、カイトが新曲のダンス練習に出かけた先で、友人のメイコとルカに、少々行き過ぎた構いつけをされている場面に出くわしたという。
カイトもカイトで、彼女たちはそういうものだと思っているから、ことに抵抗もしていなかった。
補記するなら、いくらカイトの認識がそうでも、がくぽが共にいれば振る舞いには気をつける。
しかして今回は、がくぽと共に出かけたわけではない。がくぽはがくぽで用事があったし、おいそれと様子見に来もしないだろうと、やりたいようにさせておいても問題ないだろうと思った。
ら、甘かった。
これは自分の油断が悪いと、カイトも思うことは思う。反省しきりだ。
が。
ならばもっとわかりやすく拗ねて、当たってくれないものかと思う。
まるで触れ合うことなく顔も体も背け、おまえには失望したと、幻滅したと――
あるいは、おまえがだれの所有物であるかを思い知らせてやろうと、荒々しくベッドに組み伏せて――
膝に抱えこんで、しかしそれ以上のなにをするでもなく、罵ることもせず、ただ膝に抱えこんで、けれど微妙に顔は逸らして、それでもひたすら膝に抱えこんだままでいる。
そして、『ごめんなさい』の慰めのキスを雨あられと寄越せとだけ、強請る。
古馴染みの、復縁した男だ。
けれど態度は、『以前』とは違う。
がくぽに『以前』の記憶がない――以上に、あからさまに明らかに、違う関係がある。
体をまだ、繋げていない。
なぜといって、がくぽが欲しがりそうな気配を察すると、カイトの体はカイトの意思に因らず、拒む行動を取るからだ。それもかなり激しく、きつく、強く。
旺盛な男だということを、知っている。
悋気に駆られて理性の利きが甘くなれば尚更、旺盛な部分が前面に出て、カイトの体を容赦なく貪り喰らう。
嫌いではないのだ。
痛みも与えられるし、怖さもある。
あっても、カイトは嫌いではない。痛みと怖さと同時に与えられる快楽の強さは、そちらのほうがよほど、拷問に近い。ずっと晒されていたい拷問だ。性質が悪いことこのうえないと、カイトでもわかる。
嫌いではないし、思い出せば腹が疼く。腰が落ち着かず、浮ついてしまう。
けれどもはや、カイトにもわかっていた。
だからといって今、がくぽが『以前』のようにベッドへ押し倒してくれば、カイトの体は最愛の男を拒んで暴れるだろうと――