転がるベッドで、寝返り。

寝返ったさきで、もぞりと身をよじり、また、寝返り。

寝返ったさきで、もぞもぞりと――

とてもつごうよいぼくら

全力でらす。

「んっ、がだめだわあー、もっ!」

ちいさな声で罵りながら、カイトは起き上がった。ばりばりと、あたまを掻く。くり返した寝返りで乱れていた短い髪は、それでなんとなく、整えられた。意図はない。いらついただけのしぐさだ。本来なら、かき乱す行為。

けれど結果、そうなった。

結果、『そう』なる。

それが、KAITOという機種。

とはいえなにもかもが、どうあってもうまくいくわけでもない。

証拠に、過ぎて鷹揚と評判のKAITO――カイトがここまでいらついた原因のほうは、すこしも、まったく、解消しない。目途も立たず、むしろ時々刻々、悪化してすら。

「しゃーないな、も…」

やはりちいさな、ちいさな声でこぼし、カイトはベッドから降りた。背がまるんで、猫背に近い。

いらついたことと、いらつくことになった原因と、いらつくことで失う自信と。

あれこれ、あれこれ、あるにせよ、芸能特化型ロイドにあるまじきその姿勢まま、カイトは歩きだした。

ちょっと、トイレ

くちばやにこぼしたのは、同部屋の相手へだ。ひどく繊細な気質で、いらついたカイトが黙って部屋を出たりしたなら、原因を勝手に己へかぶせたあげく、なにをしでかすかわからない。

カイトのあとをついてきて、トイレのまえで待っているくらいなら、かわいい。困るが、かわいい。

出てきた瞬間、原因もないのに謝ろうとするだけのことだから、かわいそうだけれど、まだ、かわいい。

へたをすると、閉めたドアをこじ開けられる。

かぎをかければ、ドアノブがもぎ取られる。

トイレだ。ナニするところであると思し召しかという話だが、ぷっちりパニックへ陥った相手に説いても、それこそ仕様がない。

だから、けれど、ひと声、かけておきさえすれば――

かけられた、がくぽだ。

未だベッドには入らず、床に座って雑誌を眺めていた男。

時計を見た。十一時を、わずかに過ぎたところ。

腰が浮き、身が捻られ、足が伸びた。踏みだした、カイトの足へ。

絶妙なはやさ、絶妙な角度、絶妙な位置で繰りだされた足は、気もそぞろなカイトに避けられるものではなかった。いや、そもそも、気がそぞろでなくとも、KAITOという機種はこういったことを、めったに避けられはしないのだが。

引っかかった。それはもう、美事に――

「っぉ、ぶゎっ、っっっ!!」

擬音へ直すなら、『ずべったーーーーーーんっ!!』とでもするほどの容赦のなさで、カイトは床に全身を打ちつけた。

かろうじて顔を打ちつけなかったのは、芸能特化型としての意地だ。たぶん――もし打ちつけようものなら、鼻が完全につぶれていただろうから。

だが、ほんとうに容赦がなかったのは、ここからだった。

そうやって、まったくもって意図的にカイトをつっころばせた相手は、間断を置くことをしなかった。伸ばした足すら、そのための予備動作だったのだと思えるような流麗な動きで身を起こし、プラス一挙動ほどで、もう、カイトの背を踏んだ。

より正確にいえば、カイトの腰、ウエストのくびれあたりに膝を乗せ、尻、その下の腿の付け根、両腿のあいまに錨のごとくつま先を落とし、背骨に沿って一直線に、下半身を押さえた。

背骨、とくに腰のあたりのそれから沿ってこう押さえられると、さしてちからを入れずとも、生身でもロイドでも、おいそれとは動けなくなる。

しかもがくぽは下半身のみならず、すぐ、カイトの両肩も押さえた。美事と評するほどのころび方をしたらしく、なにかこう、バンザイでもするかのように広がっていた肩だ。これを背後から押さえられては、正しく『お手上げ』だ。

この間、わずか、数秒。

まったくもって字義通り、さしたる時間もかけず、カイトは制圧された。

「って、ぃやっ、なんでっ?!なんでよ、おれ、なにしたよっ?!」

身もがいても悶えても、上半身も下半身もろくに動かない。ようやく自由になる首をなんとかひねって背後の、上方にいる男を仰ぐが、実際、腰をひねることができないと、背も首もろくろく動かないものだ。

床に片頬をつけたまま、ようやく片顔を逃したという程度で、カイトは視線だけぎょろぎょろと、懸命に、がくぽを探した。

そのお探しのがくぽ、ろくでもないにもほどがある無体を強いた同室者は、すぐ、カイトの視界に降りてきた。

見下ろす瞳は、酷寒だ。感情を刷くことのない花色は凍りつき、永久凍土より深く、かたい。ここまでのことをしでかしておきながら、悪意もなく罪悪感もなく、まるで変わることなくなんの感情も浮かべず、がくぽは身をかがめ、カイトのあふれかける湖面の瞳を覗きこんだ。

紅を塗らずとも朱に濡れるくちびるが、温度のない声を吐きだす。

「カイト、どこへ行くと?」

「は、あっ?!」

がくぽの感情がないのは、表情だけではない。声もだ。感情のうすい声は抑揚もなく、淡々と訊く。

が、その、訊かれた内容だ。カイトの思考は『?』で埋め尽くされ、ここまでのこととも相俟って、まっしろにはじけた。

どこへ行くといって、だから、教えてやったはずだ。

早口ではあったし、そう大きな声でもなかったが、【がくぽ】であれば問題なく聞き取れたはず。

情報処理能力の高さと引き換えの、紙一重の繊細さでぎりぎり世を渡る【がくぽ】、その、一重の紙裏に行ってしまった相手が、それでも無闇と気に病むことを知っていたから。

「とぃれ…って、ふぐっ?!」

呆然と、つい数瞬まえの自分のことばをくり返しかけ、カイトは慌ててくちびるを噛んだ。とはいえ、いうべきでないことを、伏せておくべき実情をこぼしかけたというわけではない。

愕然としたカイトのからだから、ちからが抜けたのをいいことに、がくぽは押さえこみのかたちを変えた。

微動だにできないよう踏んでいた足をずらし、下半身を解放。動かせるようになったそれを、肩を押さえていた手を回して浮かせ、ズボンから下着から、剥ぎ落とす。

やはりここまでが、秒だ。わずか、数秒。

完全に脱がせることはせず、膝のすこし上あたりで止めてゆるやかな、かつ、新たな拘束具とし、器用に脱がした手は、あえなく防御を剥ぎ取られたカイトの――

「トイレへ、なにをしにカイト、なんのために?」

「ぉまっ、きく…きかないでも、わかってんな?!よなっ?!てっ、手っちょ、むぐっ!!」

あれこれな声がもれかけ、カイトは慌てて、抵抗のための手を自分のくちを塞ぐほうへ回した。

そう、カイトがトイレへ行こうとした『理由』だ。

ベッドへころがったものの落ち着かず、いらだちとともに起き上がった、理由。

つまり、今夜はどうしても、どうにも、いわば催して、治まらなかった。これというこころあたりもないのだが、とにかくなにか、だめだった。

それでも、ロイドだ。人間とは違うから、強制的に入眠モードへ落とすことで治めようとしたが、これもまた、うまくいかず――

同室者が、いる。

おなじ男声だから、女声相手ほど気を遣う必要はないとはいえ、まだ、こういったことをおおっぴらに、開け広げに伝えられるような関係ではない。

なにより、潔癖な性質の【がくぽ】だ。いや、この相手が【がくぽ】というより、人形に戻っているとしても――

そのがくぽは、巧みだった。

新型ロイドはだいたい器用だが、御多分に漏れず、がくぽの手も器用だった。ましてや、抵抗がない。ためらいや、遠慮が、おなじ男の、もっとも繊細な部分に触れるということに対して。

いや、カイトのそこはただ、『おなじ男の』では済まない反応を兆しているというのにだ。

がくぽが触れたその瞬間、はじめこそ、兆候は治まっていた。治まらないことであれだけ苦労したものが、うそのようにきれいさっぱりと。むしろ、まあ、いうならばだが、縮みあがった。

なにしろ直前のことがことだったのだから、これはKAITOの機能が脆弱だとかいうことではなく、まったき正常であるということの証左だ。

しかしその、せっかく――せっかく?――、とにかく、縮んだというか、引っこんだというか、治まったものも、がくぽの手はあっという間に呼び戻した。

呼び戻して、そして、抵抗がない。

たしかにがくぽは感情がなく、感慨もないから、抵抗もないだろうが、それにしては、執着を感じる。おいそれとは引き剥がせないほどの、引き剥がすに思わず、ためらいを覚えるような。

「んっ、ぐ……ふ、んむっ」

自分のくちを自分で塞ぎながら、カイトはふるふると首を振った。ふるふる、横だ。できる抵抗といえば、ふるふる、その程度だった。

腰が重甘く、しびれていく。下半身から、全身がどろどろに蕩け、崩れていく感覚があった。ただ、繊細な器官を握られ、こすられているだけだからとは思えないほど、快楽が強い。

もとより、旧型機のほうが新型機より感覚は鋭いとされる。あれこれ、にぶいといわれる旧型ロイドだが、感覚器だけは、逆なのだと。

新型ロイドの感覚器は『改良によって』、旧型ロイドよりにぶくされた――理由はあれこれ、しかしとにかくだ、KAITOたるカイトは、快楽に弱い。

あげく、している相手だ。

これがなにも思っていなかったか、もしくは嫌悪を抱いている相手であれば、いくら快楽に弱いとはいえ、こうまで流されはしなかっただろう。

けれど、まだ深みではないにしても好意はたしかにあって、すこし、過ぎているかもしれないという、可能性も含みはじめている。

そういう相手が、カイトに快楽を与えようとしているのだ。

そういう、出会ったばかり、問題は山積み、解決のいとぐちはほぼなしという、改めて数え上げるだに、絶望感しかない男が。

カイトも自分の趣味の、いわば、高尚さは理解している。

が、それにしてもだ、その自分ですら、いくらどうでも高尚が過ぎるだろと、あたまを抱えるような男の。

「んんっ、ぁ、むりっ、むり…っ、ゃ、イく、ィくっ、からぁ……っっ」

かすれて、かん高い声。

それを訴えることでどうしたいのか、自分でもわからないまま訴えて、カイトはくちを塞いでいた手をがくぽの手に重ねた。

止められると危惧したのか、外されることを嫌ったか、とにかく、それでがくぽの手にちからが入った。だからといって握り潰すというほど、いたみに萎えるほどではない。ほんのわずか、意思表示というほどの、あえかな。

逆に、そんな微妙なちから加減を限界間際にやられて、耐えられるわけもない。

「ぁ゛っ………っっっ!!」

びくびくびくと全身をふるわせ、カイトは達した。ここ最近なかったというほど、これまでで数えてもトップに入るほどの、つよく、高い。

「っぐ、………っふ、ぁ………っっ」

終わったはずだというのに、こらえきれず、声が出る。いや、声を出さないと、からだに募り溜まった感覚が過ぎて、回路が飛ぶ。仮定ではない。断言できる。

「ぁ…あ………」

首を振り、意味をなさない音という声をこぼしながらふるえるだけのカイトを、がくぽはただ、見ていた。その瞳に熱が灯ることはなく、わずかな揺らぎもない。

ただし、逸らされることもない。

「………カイト、気持ちよかったですか」

ややして、ようやくカイトの衝動が治まったところで、がくぽが声を上げた。感情がうすく、抑揚もない、いつもの淡々とした。

もはや拘束らしい拘束もなかったが、身動きする気がまるで起きず、カイトは視線だけぎょろりと、背後のがくぽへ流した。

「気持ちよくなくて、おまえ、手がよごれると思うのか」

がくぽと対照的に、情感の豊かな声だ。恨みがましさ、羞恥、恥辱、思慕、ヤケのひらきなおり、――

がくぽは身を起こし、いわくの『よごれた手』を見た。開いたり閃かせたりとして矯めつ眇めつし、それでも表情が微動だにすることはないのだが、ややして頷いた。

「なるほど」

「なにがだよ」

疲れきった声でつっこみ、けれど、答えが返るとも思っていない。

カイトはがくぽに背を向け、そういえば下半身が身ぐるみはがされたままでロシュツキョウ状態だと思い出しはしたが、だから、動きたい気がしない。

すうすうするけれど、ロイドだし、腹をこわすということもない。ならばいいかと、

じゃあ、いいか

「ぁ?」

背後から聞こえた声、ことば、今、この期に及んでの選択された語彙に、カイトは寝に落ちかけていた意識をかき戻した。KAITOとしては驚異的なすばやさで、振り返りもする。

結局、遅かったが。

「おい?」

がくぽに抱え起こされ、膝のあいまに座らされて、カイトはうろんな声を上げた。いや、声だけでなく表情もうろんにして、背後から抱えこむ男を振り返る。

「気持ちよかったんでしょう、カイトがくぽの手にさわられるの」

がくぽは興もなく、つまらなそうに答えた。これは単に、いつものように感情がうすく、抑揚がないというだけのことだが。

たいしたことではないといったようすで、がくぽはカイトを見ていた。カイトの、未だ、身ぐるみはがされてロシュツキョウ状態の、その場所を。

感情の刷かれない瞳は、いかにも興味なさげだ。

けれど逸れない。逸らされない。

「がくぽ、『じゃあいいか』って」

「気持ちよかったのなら、いいでしょう。がくぽがさわっても」

いいながら、すでにがくぽの手が伸び、今はしんなりしてちからを失っているものを、それでもためらいなく握る。

反射でひゅっと身をすくませ、カイトは天を仰いだ。あたまががくぽの肩に乗り、その肩といえば、抱えこんだカイトへあれこれし始めた手の動きにつられて、すこしもじっとしていない。落ち着きが悪いこと、このうえない。

そう、このうえは、ない。

はず。

「………これ以上は、オムコに行けなくなるだろ。おれが」

天を仰いだままそうつぶやいたカイトを、がくぽはすこしだけ首を伸ばし、覗きこんだ。

花色の瞳は感情を刷くことなく、かたく、深く凍りついて、わずかにも揺らがない。

ひたすら冷たく、なにもないというのに、執着がある。執着が見える。カイトへ。

「行けないなら、来てもらえばいい。カイトが行かずとも、もらってもらえばいいのでは?」

――だれに?

訊きかけて、カイトはすんでのところで、ことばを呑みこんだ。

握られ、やわやわとまた揉まれ、扱かれはじめた場所へ、目をやる。

快楽への耐性ともかく、性質としてはそう旺盛ではないはずだというのに、がくぽがそうすると、また、熱が集まってくる。

仕様がないと思う。

この男はほんとうに、仕様がない。

そしてそんな仕様がない男がかわいくてしかたのない自分こそ、ほんとうに、仕様がない。やりきれないったら、ないというもの。

「がくぽ、あのさ」

「つまりカイトはまだ、これだと、オムコに行ってしまうんですね」

「ん?」

カイトが聞かせようとしたことを聞かず、がくぽはぽつりとこぼした。手が止まって、動かなくなり、そして引きつる。

カイトは首を傾げたが、どう角度を変えても、がくぽの表情はたしかめられなかった。

「がくぽ、あのな」

「がくぽがさわって気持ちいいなら、よそへオムコに行かずとも、がくぽのところへオヨメに来てもいいはずでは?」

がくぽの声に情感はない。感情はうすく、抑揚はなく、つまらなそうで、なにより冷たく、小ばかにしているようにも聞こえる。

けれどカイトは、こういうがくぽがかわいい。

がくぽのこういうところが、とてもかわいい。

なんでもいうことを聞いてやりたくなるし、なんでもされてやろうと思う。

人形に戻ったロイドが、人形からロイドへ戻ろうと足掻く。カイトにしがみついて、懸命に。

この瞬間に。

「あのな、がくぽ」

動かないが離れもできない手を放置して、カイトはがくぽへ身を預けた。

「そーいうことは、先におれに、オヨメさんになってくださいって、あたまを下げてっから、いえ。そんでおれが、良いでしょうっていったら、しろ」

このカイトの提案に、がくぽの指がすこしだけ、引きつった。不愉快ではない。なにかに思い至った、気がついたというときの。

がくぽは首を伸ばし、覗きこんで、カイトと目をあわせた。

「カイト、がくぽをオムコにあげます。もらうでしょう?」

あたまも下げず、手も引かず、つっけんどんに、けれど即座にそう捻じこんできた男が、カイトはやはり、とんでもなくかわいいとしか思えないから。

自分の趣味はあまりにも高尚すぎると、自分でもさじを投げるのだ。