11-はずれなしの

だとしてもカイトががくぽを諌めることはなく、ただ笑って身を屈め、こつりと、がくぽと額を合わせた。

「まあ、がくぽの心配はわかる。から、あんまり言えないんだけど。俺だって、マスターがちゃんとケッコンできるとか、思ってなかったし」

「……カイトが」

上目で、辛うじて見える気がしなくもないつむじを眺めつつ、躊躇うくちびるを開くがくぽに、カイトはふるふると頭を振った。体を起こすと、笑みはそのまま、肩を竦める。

「マスターのこと、こわがんないで――っていうか、こわがんないどころか、好きになってくれるひとって、レア度高いよなあって、思ってた。いないことはないだろうけど、やっぱりちょっとレアめだし、あと、好きになってくれたとしても、マスターに付き合ってって、いえるかなとか。いってくれても、マスターも、そのひとのこと好きになってくれるかなって、けっこーまじめに計算したら、うん。やっぱ俺、計算きらい。けーさん、あれナニサマ?」

「つまりレアモンか、俺のマスターは」

やれやれとばかりに吐き出すがくぽに、カイトは大真面目に頷いた。

「激レアだよ。プレミアつく」

「なんだか有り難い気がしてきたな……!」

吐き出して、がくぽは軽く頭を振った。

「終わったか?」

「うん」

「ん」

訊かれて、カイトは頷く。がくぽも頷くと、体を起こした。少しだけ向きを変え、姿見に自分を映す。

「器用だな、カイトは。不器用なんだが」

「んへー」

褒められていると、素直に言いきれないようながくぽのものの言いだったが、カイトはうれしそうに表情を蕩かせた。

姿見越しにそれを眺め、がくぽは自分の頭をしげしげと観察する。正確に言えば今、だらりとした意味もない会話を交わしつつ、カイトが弄っていた自分の髪を。

がくぽの髪は、解けば腰を超すまでに長い。

研究者が気張り過ぎたという、シリーズ的な美貌の特徴のひとつだが、がくぽ自身に格別な思い入れはない。むしろ面倒だと、自分では決まりきった、頭の上でひとつに結い上げるという程度のことしかしない。

しかしてこの新たな家族、同居人は、長い髪をスタイリングすることが、それはそれは好きだった。

出会って当初から、ほとんど遠慮なく『さわらせて!』と目を爛々に迫って来たそれが、共に暮らして仲が深まるほど、否、これをきっかけにして仲を深めるほど、とにかくカイトはがくぽの髪で遊びたがった。

そうとはいえ、たとえば今のように、がくぽがことに協力的な態度を取ることはない。姿勢は好きに崩すし、あるいは自由勝手に動きまわる。カイトの作業が佳境に入っていようが、構いはしない。

けれどカイトは怒ることもなく、ただひたすら楽しそうに――

だからがくぽに、この長い髪に関して格別な思い入れはないのだ。

そうそう共にいて不快な相手でもなし、好きにさせておくかと放り置いて、至る今日現在。

好きにさせておいたのは、髪の毛だ。がくぽの一部。

自分の体の、こだわりはないとしても、自分自身を。

連日好きにさせて、身を任せ、ひたすら過ごした。

長い髪は編みこまれ巻き上げられ、固められて、ほどかれほぐされ、梳きこまれ――

丁寧にていねいに、カイトは扱う。うれしそうにたのしそうに、なによりも丁寧に、大切に。

懸けられる思いを汲み取れないほどがくぽは鈍くはないし、傲慢にもできていない。

大事にしてくれる相手に、感謝を覚えないほど醒めてもいなければ、心を開けないほど頑なでも。

「女の子に歓ばれそうだなこのスキル」

「がくぽは?」

なんの気なしにこぼした言葉を拾われて、がくぽはくちびるを笑みに歪めた。

「俺は女の子じゃないな」

「うーん」

「が、厭ならもとより、触らせない。その程度の分別はある」

「………」

答えながら、がくぽは右に左にと顔を向け、新たな髪型を確かめる。

好きこそものの状態で、カイトは初めから玄人はだしの腕前だった。

そのうえで、連日のように好き勝手に弄り回すことが、イコールで修業的な意味合いも含んでいたのだろう。もはやプロと言って差し支えがないところまで来た。

「あのさ、がくぽ。俺ね?」

姿見の中、髪型を確かめるがくぽの後ろでカイトは、意を決したという表情で、おもむろに口を開く。

「マスターが大好きないうちゃんが、マスターとケッコンしてくれたの、すっごくうれしいんだ。だから、仲良くしてねって、いいたいことそれしかないし」

「うん」

わかっている。

一度は飛ばした会話の続きに、がくぽはただ頷いた。

わかっている。

がくぽとカイトでは、同じく『マスターが結婚した』と言っても、立場が違う。生育環境も含め、マスターへ思うことも、なにもかも。

くちびるを笑みに歪めるがくぽを鏡越しに、カイトはどこかはにかんだような、甘く蕩ける目線を向けた。

「それに、さ。がくぽ、いたでしょ俺たぶん、いうちゃんとマスターだけだったら、やっぱりちょっと、うーんてなること、あったと思うけど………がくぽが、いたから。がくぽも、いっしょに家族になったから。ほんとは違うんだけど、なんていうか、うん。俺ひとりじゃなくて、俺と『おんなじ』がくぽがいるから、俺、たのしいって、素直に思える。うれしいって、ただ歓べる。かなって」

躊躇いがちに、はにかんで口ごもりながら、けれどカイトは得難いものとして、はっきりと言う。鏡の中、自分がスタイリングしてやった髪型を矯めつ眇めつ確かめている相手を、自分が面白いと思うことを、ともに面白がって愉しんでくれる相手を、たとえそうではなくとも付き合って、暇を潰すことを赦してくれる――

鏡越しに見て取るその様子と、見て取る自分のさまと。

軽く首を振って、それでがくぽは思うことも同時に振り払った。

立ち上がる。背筋を伸ばし、顔を上げて。

立ち上がって、口を開いた。今はもう、塞ぐものを咥えていない、塞ぐ必要もない口を。

「変だな、これ」