18-いずれにしろ、花は咲き

ふわわ、と、カイトの頬が朱を刷く。目元が染まり、瞳が恥じらって伏せられた。

だからそれをして、

「えろいんだよな、いちいちカイト」

「ぇうっ!」

微妙に呆れたふうに評したがくぽに、カイトは竦んだ。

がくぽといえば、構うことはない。カイトの頭を撫でていた手を再び辿らせ耳朶をつまみくすぐって、顎を掴む。掴むと言っても力はほとんどない。添えているに近い。

そんな程度の力でしかなかったが逆らうことができず、カイトは羞恥に熱を孕んで潤む瞳をがくぽに向けさせられた。

「誘われて仕方ない。先に告白しないととか、言うこと言わなくてはとか思っても、ついうっかりだだ流される。もちろんそんなの、俺が悪いんだが」

「ぅううっ」

「悪いんだがえろいので、カイト。改めて誘ってするから」

――即物的にも程があるという話なのである。体だけが目当てかと言われても、反論し難い。

自分でもわかっているがくぽはやれやれと、天を仰いだ。

「もっと他に言い方ないかなとは、思うんだけどな………カイトのやることなすこと、いちいち色っぽく見えて誘われて仕方ないのなんて、要するにフィルターだ。カイトが好きだっていう前提があって、それでなにをしても言っても、そうとしか見えない。あばたもえくぼなんて、よく言ったものだ。目が曇ってるにも程があるんだけどカイト」

ある意味、こちらのほうが余程に酷いかもしれないようなことを続けて、がくぽは笑った。微妙な苦みを含んだ笑みを浮かべて、見入るカイトの顎を撫でる。

「だから改めて誘ってもらう必要も、まあ、ないんだよな。なにしてもそう見えるから。でもカイト、まあなんか、せっかくだから誘ってできれば上目っぽく、そのまま恥じらいを含んで、あとちょっと拗ね感出してくちびる尖り気味で、だとすると横目もちょっと」

「がくぽたまに、っていうかけっこーいっつも頻繁に、マスター並みに大量のむちゃぶり系注文、重ねる…」

「失礼だな!」

ぼそっと吐きこぼしたカイトを、がくぽは快活に言い飛ばす。

ちょっとばかり半眼になってしまったカイトだったが、だからといって相手の即物的過ぎる、ロマンやムードといったものの欠片もない態度に幻滅したわけではなかった。

そういう相手であることは、余程にあけすけな『ただの同居人』の時期にさんざんに見てきた、よく知っている部分でしかないからだ。

これから長くを共に暮らす相手として、過ごす家族として、まるで『恋人』に必要な見栄や取り繕いとは無縁で、やって来た。

結果として、恋に落ちたのだ。

あやふやなところもあるし、危ういところもある。

だとしても、カイトはこれは『恋』だと決めたし、それでいいと決めた。

そして今は、なにかがこんがらがってこじれていたものが、ようやく解けて、進展の兆しを見せたところだ。

「もぉ……」

だから少々の拗ねたようなそぶりは見せても、それは照れ隠しの範囲だ。なぜといって媚態を見せろと乞われて見せるのは、それなりに勇気のいる、通常より恥ずかしさの募るしぐさだからだ。

そしてがくぽにとっては、フィルターが掛かっていて前提条件がすでに出来上がって目が曇っていると言い退ける男には、それで十分だった。

「うん、おっけ」

「ほえ?」

なにか軽いひと言とともに、カイトはまたも、ベッドへと押し倒されていた。

軽やかかつ、鮮やかだ。

気がついたら眺めているのは天井で、にっこりとしていつもの無邪気さはあるのだが、どこか常とは違う雰囲気を含んだ、伸し掛かるがくぽのやり過ぎな美貌だ。

「十分です、カイト。天才。えろの天才」

「まだなにもやってないし、うれしくないうれしくにゃいよ?!」

確かにこう、あまり一般的にうれしがれる範囲の評でも褒め言葉でもない。

震撼して叫んだカイトだが、わかってはいてもどうしてこういう男なのかという感は過るのだが、やる気に漲った男が構うわけもなかった。

「まあまあ。俺に対してだけだからそんな天才性。たぶん」

「たぶん?!いいきって!!」

「うん、そのうちな。効果測定したらな」

適当なことを返しながら、がくぽはやはり鮮やかで軽い手つきで、組み敷いたカイトの服を捲り、肌蹴て、剥いていく。

恥ずかしさにじたじたしつつも抵抗したいわけでもなし、しかしやはり恥ずかしいとじたじた悶えるカイトのさまは、確かに曰く言うところの『えろさ』に満ちていた。

馴れないさまがかわいいとも言えたが、少なくともがくぽにとってそれは、エロスに分類されるものだった。

が、そのがくぽの手をはたと、カイトが掴んだ。

「ん?」

なにか始末が必要なことがまだあったかと、顔を上げたがくぽを、カイトは微妙に戸惑いを含んだ瞳で見返した。

「えと。俺、……した?」

「………あー。そうか」

問われることの意味をすぐさま悟り、がくぽは目線だけで軽く、天を仰いだ。

男女間のカップルであれば、概ねの場合あまり相談も必要でなく役割分担が決まるもの、ことにこだわりもなければすんなりと自動的に役割、つまりどちらが挿入する側でされる側で、どちらが体位上、上方を占めるか下方を占めるかといったことが確定するものだが、がくぽとカイトとは男声同士であった。

ここにおいて男女間のカップルとは違い、まず双方の意図を確認する必要が絶対的にある。

重要性は理解しているがくぽだから、きちんと手は止めた。

だけでなく、カイトの傍ら、狭いそこにごろりと横になって目線を合わせ、互いの立場を『平等』にしてから、改めてカイトを窺った。

「カイトはどっちがしたいどっちが良くて、どっちが嫌?」

「ん……それね」

ずりずりと微妙に体をずらし、がくぽが寝転ぶ隙間をつくってやりつつ、カイトもまた、記憶を漁る上目となった。少しばかり厳しい、難しい顔で口を開く。

「えと、がくぽ……がくぽは、ヤり方、わかるちゃんと、知ってる?」

「……まあ。大体のとこは」

これでいてがくぽもやろうと思いさえすれば配慮ができるので、『カイトよりは』という言葉は呑みこんだ。こんなところで、ここまで来て無為なケンカの種などばらまいても仕様がないと、その程度の分別はある。

おかげで多少、ぼかされた返答とはなったが、カイトにとってはそれで十分だった。

「じゃあ、今回は、がくぽ上。俺、下」

「潔いッ?!早いなカイト、考えたか?!」

面倒だからと頻繁に『考える』ことを放り出す相手だ。

いつだったか、『そうか、考えなければいいんだ!』とか、明後日な大発見もしていた。すぐさまその危険性は指摘してやったが、改まった様子はない。

さすがに熟慮と熟考を確認したがくぽに、カイトはわずかばかり、拗ねたようにくちびるを尖らせた。

ほんのりとした尖りだ。つい、吸いつきたい欲求が募ったがくぽだが、とにかくカイトにきちんと答えてもらう必要がある。

ここで考えが足らなかったからと、なにかいろいろ事後に後悔を抱えられた挙句、『次回』が遠のかれては堪ったものではない。

そのがくぽをさらに煽るかのように、カイトはふいと、顔を背けた。横目にちらちらと、がくぽをちら見する。ご丁寧に、目元は染めた状態だ。

「カイト」

誘っているのかと、咽喉を鳴らしかけたがくぽに、カイトは躊躇いがちに、おずおずと言葉を吐きこぼした。

「だって、俺、いちお、べんきょしたけど……やっぱりなんか、ちょっと、わかんなかったから。でもわかんないと、いたいこと、あるんだなーっていうのは、なんか、わかったから……がくぽに痛い思いさせて、キライになられたら、こまる………」

がくぽは確信した。否、もとから確信していたといえばそうだが。

「カイト、誘ってるのか」

愕然としたようなつぶやきに、カイトはぷすっと、くちびるを尖らせた。ぷいと、完全に横を向くと、吐き出す。

「ってますぅ………だから、がくぽ。はやく」

――というカイトの言葉は残念ながら、最後まで言いきれなかった。跳ね起きたがくぽがすぐさま伸し掛かって来て、まずはくちびるに貪りついて言葉を呑みこんでしまったからだ。

結果オーライだと。

そう言い切ったカイトに、有為哉があとで爆笑したのは言うまでもない。