「ん……ん、ぐすっ!」

「……ようよう落ち着いたか」

膝に抱いていた相手の体から力が抜け、泣き喘いでいた声がひと段落して、がくぽの体からもわずかに力が抜けた。

かりがりの-02-

『啼く』カイトは愛らしいが、『泣く』カイトは心を苛み蝕む。ましてや己のせいとなれば、自壊しかねないほどに。

崩壊することなくいるのは、泣くカイトが縋りつき、がくぽを頼り求めていてくれればこそだ。その一事に縋って、がくぽはどうにか持っている。

崩壊を呼び起こすのもカイトなら、止まらせるのもまた、カイト――

危うい関係だと、がくぽも自覚している。しているが、だからどうということもない。印胤家においては、常態だ。

なによりも、自分がそこまで心を懸けられる相手に巡り合えた、歓びのほうが勝る。

誰も愛せず、愛されることもなく、喰らい合うだけで終わると思っていた。

闇に塗りつぶされた生が、色を纏い、温度を伴って――

「よう泣いたな」

「ん……っ」

とりあえずは落ち着いたことに安堵して、がくぽは胸に埋まるカイトの頭に頭を凭せ掛けた。

ひどく泣いたことで体温が上がり、汗ばんだために髪がしけっている。香もいつもよりきつく匂うようだ。

体臭と合わさって甘く胸を満たす香りに、がくぽは瞳を細めた。あやすように、なだめるようにしけった髪を梳き、頬をすり寄せる。

「ん、んく……っ、ぁ、がくぽ、さま………っ」

「ん?」

やわらかに慰撫されるカイトはしかし、戸惑う声を上げて体を起こした。合わせて頭を上げたがくぽへ、自分が顔を埋めていた着物の胸元をつまんで、示す。

ぐすんと洟を啜ると、つまんだ着物をきゅいきゅいと引っ張って強調した。

「びしょ濡れに………しちゃいました」

「ああ……」

時間はともかく、カイトはひどく泣いた。子供のように大粒の涙を流して、目いっぱい泣いたのだ。

その間ずっと、がくぽはカイトを胸に抱いてあやしていた。濡れもするだろう。

そんなことかとあっさり頷いたがくぽは、膝に抱いたカイトからわずかに身を離した。袷を割って肩を脱ぎ落とし、上半身を曝け出す。

「ぁの、がくぽ、さま………」

「そのままでおれ」

「でも……」

気を遣って膝から下りようとしたカイトを、がくぽは一瞬だけ手をやって止めた。

戸惑う瞳を向けられるのにも構わず、脱いだ袖でさっと胸板を拭うと、素肌へと直にカイトを抱き寄せる。

「これで良かろう」

「が、がくぽさまっ」

やわらかく訊くがくぽに、カイトの耳がさっと朱に染まった。解けるどころかなぜか強張った体を、がくぽは声と同じくやさしい手つきで撫でて宥める。

「濡れたところは触れぬのだ。不快なこともなかろう?」

「がくぽさま……っ」

言い聞かせるようながくぽを、カイトは赤く染まり上がった顔で見上げた。羞恥にも見えるが、泣き過ぎた瞼の赤みが腫れを伴っていて、痛々しく映る。

わずかに表情を曇らせたがくぽに気がつくこともなく、カイトは曝け出された胸を押し、離してくれと訴えた。

「だ、だめですっ。お風邪を召しますっ。すぐにお着替えをお持ちしますから……」

「そなたを抱いていれば、ぬくい。そうそう冷える季節でもなし、ましてやこの程度で容易く風邪など………これ、大人にしろ、カイト」

「だめったら、だめですぅう………っ」

カイトが暴れて逃れようとすれば、がくぽは抱く腕にさらに力を込める。

初めから勝敗の見えている攻防だ。そもそもの膂力の差もあるが、夫相手には力を失うカイトの特性もある。

いつもならほどほどで諦め、大人しく抱きくるめられるカイトだが、今日は違った。

懸命にがくぽの胸を押して、離れようと身もがく。

「カイト……っ」

「ぁ………っ、だめ、ぇ………っ」

「………」

上げた拒絶の、声色。

こぼされた吐息の、熱――

焦れたがくぽの声にもしぐさにも戸惑い以上のものが混ざり始めていたが、すっと形を潜めた。

尖っていた瞳が和らぎながらも愉しげに細められ、堪え切れずに覗いた舌がちろりとくちびるを舐める。

「……なにが厭だ?」

声音だけは真摯に訊いたがくぽに、朱に染まり上がったカイトは弱々しく首を振った。

「ぁ……っ、いや………っ」

かすれ声でつぶやいて顔を上げ、がくぽを見つめたカイトはびくりと引きつり、固まった。

「厭か?」

「ぁ………っ」

色濃く雄を香らせるがくぽに愉しげに訊かれ、カイトは言葉を継げなくなった。

先とは違う意味で瞳を潤ませるカイトの目尻に、がくぽは機嫌よく口づける。

「軽く肌蹴ただけであろうが?」

「だ、って………っ」

からかうように訊かれ、カイトはがくぽの胸にきゅっと爪を立てた。

指が素肌を辿り、熱っぽい吐息がこぼれる。カイトは指を辿るようにがくぽへくちびるを近づけると、鎖骨のあたりにちゅくりと吸いついた。

「ん……っ」

「ははっ!」

うなじまで赤く染まり、夢見心地の表情を晒すカイトに、がくぽは声を上げて笑った。背を支えていた手が滑り落ち、着物の上からカイトの足を撫でる。

「あ……っ」

びくりと揺れたカイトを逃がさないようにしながら、がくぽの手はますますやわらかに、熱を持って執拗に動く。

着物の袷を割って内へと入りこむと、なめらかな感触の太ももを直接に撫でた。

「ぁ、あ………っ、がくぽ、さま……っ」

びくりと竦んで、カイトはがくぽの胸に縋り、爪を立てた。

がくぽは笑いながら、空いている手できつくカイトを抱き寄せる。

「なにを考えた?」

「ぅ……っ!」

すでに形を変えつつある場所を下着の上からなぞり、がくぽは赤く染まる耳朶を食むように、笑い声を吹き込む。

「俺の体を見て、触れて、なにを考え、こうなった?」

「ぁう………っ」

布越しのもどかしい刺激に、カイトは先を強請るようなしぐさでがくぽへと擦りつく。落ち着きなく足をもぞつかせ、首元に顔を埋めた。

「カイト」

「ゃあ……っ」

「言わねばこのままだ」

「ぅ……っ」

愉しげながらも無碍に言い放たれて、カイトはびくりと揺れた。

カイトはこくりこくりとなにかを飲みこんでから、ぐすりと洟を啜った。甘えるねこのしぐさでがくぽの首元に頭を擦りつかせると、詰るように裸の胸を引っ掻く。

「が……がくぽ、さまの………お体に……………抱きしめ、られて………組み、敷かれて………」

カイトの爪は、詰るように、煽るように、がくぽの肌をかりかりと引っ掻く。

「は、はだかの、胸を………あわせた、ときの……心地よさ、とか……………後ろから、された、ときに………背中をくるまれる、熱、とか………っ」

「ふぅん?」

「あぅっ」

撫でさすられていた場所を布の上からきゅっと掴まれ、カイトはびくりと腰を跳ねさせた。小さな悲鳴もこぼれたが、そこには確かに悦びの色が混ざっている。

がくぽは募る興奮を抑えるようにくちびるを舐め、首元に埋まるカイトの顔に手をやって自分と目を合わさせた。もう片手は相変わらず、刻々と形を変えゆく場所を弄んでいる。

「あ………っ」

どぎまぎと泳ぐカイトの瞳をしっかりと見据え、しかし顔には笑みを浮かべたがくぽは、ちょこりと首を傾げてみせた。

「それで?」

「ぅ………っ」

顎を掴まれて固定され、顔を背けることも出来ないカイトは瞳を揺らがせる。

がくぽは獲物を前にしたねこそのものに、いたぶる色と隠し切れない興奮を含み、愉しげに笑った。

「カイト。それで?」

「ぅく………っ」

結論はわかっているだろうに、どうしてもカイトに言わせたいらしい。

羞恥からくちびるを空転させるカイトに、がくぽはますます瞳を細めた。顎を掴む手に、わずかに力が込められる。

「カイト。答えよ」

「ぁ……っ、あ………っ」

足の間では、もどかしい愛撫が続いている。後頭部から回りこむように顎に、もっとも敏感な場所にと、いいようにツボを押さえて抱え込まれ、カイトには逃げようもない。

もともと逃げる気もないカイトは、がくぽに縋りついた。

「がくぽ、さまに…………犯されたいと、思いました…………っ。俺のこと、……はだかにして、犯してほしいって………んっ!」

本音を吐き出したくちびるは、上機嫌なくちびるに塞がれた。