確かに厳重な警戒だった。けれど、これでいてカイトは経験豊富な玄人だ。
メイコとともに屋敷に侵入し、無事に蔵までたどり着いた。
小判の入った箱を、持っても動けるだけ失敬して、立ち去ろうとした。
大江戸夢噺-07-
そこに、この屋敷の持ち主である耶麻波屋主人が、縁側を歩いて行くのが見えた。ひとつだけ明かりの灯る部屋へ、居住いを整えてから入り――
開いた障子の隙間から垣間見えた、その姿をどうして間違えるだろう。
どうしてこんなに暗くて、距離があるのに、間違えないのだろう。
確信があって、カイトは動けなくなった。
「カイト?」
「めーちゃん、ごめん」
先に行こうとしていたメイコが、カイトの異変に気がついて振り向く。
カイトは小判の入った箱を置いて、メイコを見つめた。
「掟、覚えてる?」
「なによ、こんなときに」
「俺になにかあっても、めーちゃんはちゃんと逃げてね。それから……」
「カイト」
メイコが厳しい顔になる。そのメイコに、カイトは無理やりに笑って見せた。
「大丈夫。俺も掟は守るから」
「なにを見たの?」
メイコの問いに、カイトは無理やりの笑顔で首を振った。
答えにならない答えだが、メイコはそれ以上問いを重ねなかった。ただ、こくんと頷く。
「いいわ。やりたいようになさい。でもいいこと。逃げる隙があるなら、みすみす取り逃したらだめよ。みじめったらしくも汚くも、生きていることが最重要にして最優先っていうのも」
「忘れちゃいけないけど忘れがちな、たくさんある掟のひとつ。だよね?」
言葉を継いだカイトに、メイコは笑った。
「そうよ。覚えておきなさい。ねずみ小僧一族が一派、くりねずみ一家の掟は厳しいのよ」
「うん」
カイトは頷き、メイコは小判の箱を抱え直した。
「あたしは行くわ。危険な道は渡れない。家で待ってるあのひとを泣かせられないの」
「わかってる。俺だってあのひとに顔向け出来なくなるんじゃ、困るよ」
「顔向けしたいなら、帰ってらっしゃい。忘れちゃだめよ。あんたは一族みんなに愛されてる」
軽く言うと、メイコはひらりと身を返した。
「………俺の問題なんだ。こんなの、全部………」
垣間見た姿は間違いなく長屋の住人、素浪人のがくぽだった。
賭場やいかがわしい茶屋で用心棒のようなことをやって日銭を稼いでいるはずの彼が、どうしてこのような時間に、このような場所に――
そうやって危険を冒して忍んだ挙句、現在に至っている。
「がくぽさま」
「逃しやせぬぞ?そなたは生涯、俺の虜だ」
場合が場合だというのに、そのささやきに体のみならず、心まで震えた。
どこかの間者だと疑われている以上、五体満足でいられるはずもない。
虜というのは文字通りに虜囚という意味のはずで、先の主人たちとの会話を聞いただけでも、末路の悲惨さは推測出来た。
それでも、伸し掛かる体の重みに、そこから漂う香りに、どうしても体が甘く溶ける。
「がくぽさま……」
呼ぶと、がくぽは笑う。
関節を極めていた力がふいに和らいだかと思うと、着物に手を掛けられた。引きちぎるように肌蹴られ、素肌が露わになる。
「っくぽ、さま」
「そなたの声は耳に甘い」
痛む関節を押して、なんとか逃げる算段をしようとしたカイトに、がくぽはそれこそ、耳に甘い声でささやいた。
びくりとして見つめるカイトに、がくぽの顔が近づく。
「啼け。もっと甘く、もっと哀れな声で。俺を感じて、身も世もなく乱れろ」
「がく……………んんっ」
ささやきがそのままくちびるに落ちて、中にまで入りこんでくる。
ここしばらくですっかり馴らされた口づけに、カイトは反射的に応えてしまう。
跳ね除けようとした手がそのままがくぽの着物を掴んで、縋りつくようになった。
差し出した舌を咬まれて、きつく吸われる。体に痺れが走って、カイトは仰け反った。
「ぁ、ふぁ………っ」
「すべてすべて暴いてやろう?俺の手で、汚してやろう。そなたの隅々まで、余すことなく蕩かしてやろう」
「っくぽ、さま………っ」
頭のどこかが、なにかがおかしいと訴える。
自分は間者と疑われているはずで、待っているのは尋問という名の拷問。
なのにがくぽの触れ方はあまりに甘く、体がゆるりと蕩けさせられる。
連日のようにがくぽの部屋に引きずり込まれて、その手を覚えこまされた。軽く撫でられるだけでも、カイトの体は敏感に反応する。
「ゃ、………」
やめて、と言いかける、言葉が続かない。
触れられるのは、あまりに心地いい。
そこに心がなくても、構わないと思う。今この瞬間、触れられていることで満たされてしまう。
それがどれほど愚かな考えか、わかってもいる。わかっていても――
「がくぽ、さま………」
痺れる舌で懸命に名前を呼ぶと、がくぽはやさしく髪を梳いてくれた。その手がかんざしに触れ、そっと頭から外す。
ひらりと閃かせたそれにがくぽは軽く口づけして、放り出した。
「そうやって、俺の名だけ呼んでおれ。――これから、ずっとずっと」
「がくぽさま………」
ささやかれる言葉は、睦言に似ている。それも、ずいぶんと熱烈な。
命じられるままに名前を呼ぶカイトの首に、がくぽはかりりと歯を立てる。
痛みより掻痒感に似た感覚に震えるカイトに、うれしそうに咽喉奥を鳴らして、体のあちこちに咬み痕をつけていった。
「ああ、もう染みになっておるな。辛かろう?」
「ぁ………っ」
着物をすべて肌蹴られ、咬み痕を残しながら下へと降りていったがくぽは、下着の中で形を変えつつある場所を撫でて、やさしそうにつぶやいた。
布の上から軽く歯を立てられて、カイトの太ももが引きつる。その際には、昼間につけられた花弁がまだ、艶やかに咲いている。
「がく、ぽさ……まっ」
「直接に撫でて欲しいか?布越しでなく、この舌と口に、含んで欲しいか?」
「んゃぁ………っ」
記憶を刺激されて、カイトは切なく引きつる。口元を押さえると、小さくしゃくり上げた。
敏感に反応しているそこに口をつけたまま、がくぽが笑う。
振動が伝わって、カイトは反射的に足を閉じた。そうすることで、がくぽの頭をより押さえつけるようになってしまう。
「がくぽ、さま………」
閉じる足が割り開かれて、がくぽが舌なめずりしながら身を起こす。
「言え、カイト。俺に触れて欲しいと。俺の手が恋しいと、舌と口にしゃぶられたいと」
「や……っ」
恥ずかしさに、カイトの瞳から涙がこぼれた。
伸び上がって来たがくぽはその涙を舐め取り、微笑む。残された指が、染みをつくるそこを緩やかに撫でた。
「素直に言え、カイト。そうすれば、やさしうしてやっても良い。それとも、酷うされたいか?最後の最後で与えられぬ快楽に、精神の際まで追い詰められるのが好みか?」
「………ふぇ、っく」
しゃくり上げるカイトに、がくぽはかわいらしく首を傾げた。浮かぶ笑みは、無邪気とすら言っていい。
「そなたの望むままにしてやろう。そなたが好むように、すべて」
「……っく」
「そうやって蕩かしてやって、もはや俺なしではおられぬようにしてやる」
がくぽの笑みは、どこまでもやさしい。声はやわらかで、甘く耳を蕩かす。
これ以上どうやって蕩けるんだ、と洟を啜るカイトに、がくぽは舌なめずりした。
「言え、カイト。すべてそなたの望むままだ」
伸びた舌に涙を掬われ、そのまま顔中をやわらかに辿られる。
カイトのくちびるが空転し、咽喉が震えた。
ぐすり、と一際大きく洟を啜って、伸びた手ががくぽの着物越しに体に爪を立てる。
「さ、わって………がくぽ…さまの、手、で………くち、と……した、で…………」
切れ切れにつぶやき、カイトはさらに爪を立てる。
「布越しじゃなくて…………ちゃんと………っ」
最後には嗚咽のようになった声に、がくぽは莞爾と微笑んだ。
くちびるが落ちてきて、カイトの口を塞ぐ。抵抗しない口中を激しく蹂躙して、弱い体からくたりと力が抜けたところで、口づけがようやく解かれた。
「いい子だ。望んだままに、愛でてやろう」
「っふ」
力の抜けた体で震えたカイトに、がくぽは笑って屈みこんだ。