煙管を咥え、吸う煙。
夢色花噺-03-
開け放した障子戸にもたれて月明かりに浮かぶ庭を眺め、襦袢を軽く羽織っただけのがくぽは、瞳を細めて煙を吐きだした。
大して感興もそそられない生家だったが、今は違う。ひどく輝かしく、恋しい。
名実ともにこの家の当主となったということもあるが、なによりも今、ここには「妻」がいる。
誰よりも愛しく、誰よりも愛らしい、誰よりも大事な妻が。
「綺麗な月だ。なあ、カイト?」
「がくぽさま………っ」
呼びかけに応えたのは、かん高く掠れた、悲鳴のような声だった。
「がくぽさま………っがくぽさまぁ…………ぁあっ、ねがぃ…………っぉねが…………っふぁあっ」
甘い声が、狂態を晒して名前を呼ぶ。甘さはさらにいや増して、けれど止まるところを知らない。
がくぽは薄笑いを浮かべ、煙管を咥えた。
吸う煙。
「がくぽさま…………っぉねが、ぉねがぃい………った、すけ、て…たすけ、て………っぉねが、がくぽさまぁ………っ」
「くくっ」
煙を吐き出しながら、がくぽは堪えきれずに声を立てて笑った。
部屋の中、月明かりに浮かぶカイトを眺める。闇に馴れた目には、それだけの光でも十分に、カイトの狂態が見てとれた。
肌襦袢だけの姿となったカイトは、両手を縛り上げられて壁に半ば吊るされていた。
足は広げた形で閉じられないように、竹竿を噛ませて括りつけてある。
そうやって体の自由を奪ったうえで、がくぽはカイトの秘所に媚薬を塗りつけた。
奥までたっぷりと含ませてやった媚薬は、カイトの体を激しく疼かせる。
激しく疼いても、手足の自由は奪われ、体も大して動かせない。己で慰めることも叶わず、疼きだけが募っていく。
時が経てば経つほど悲痛さを増すカイトの嬌声に、がくぽは満足げに煙を吸う。
「格別の肴よな、そなたの声は。そうやって張り裂けるほどに、俺のことを呼んでおれば良い」
「ぁあ………っひぅう………っがく、ぽ、さまぁ…………っ!!」
不自由な足が、畳を掻く。華奢な体が、無意味に暴れる音が響く。
そうやったところで、無駄だ。
疼きの中心は薬を塗られた秘所、腹の中で、外をいくら弄り回しても、ほんとうには満たされない。
「がくぽさまぁ………っがくぽさまぁ……………っぉねが………っくるっちゃう…………おかしくなっちゃうぅ………っ!」
「…」
悲痛に求める声は、一途にがくぽだけを呼ぶ。今まさに、カイトを追い詰めているのががくぽだというのに、救い主はがくぽしかいないとばかりに。
その声が、ほかの誰かに助けを求めることはない。
ただ、がくぽだけをひたすらに。
「狂うてしまえばいい」
咥えた煙管をきりりと咬んで、がくぽは苦々しくつぶやいた。
「狂うて、俺だけを呼ぶ人形になれば良い。俺だけに笑い、俺だけにさえずり、俺だけの名を呼ぶ、俺だけの人形に」
怨霊じみてつぶやき、がくぽは煙管を煙草盆に置いた。そうやって、泣き叫ぶカイトの元へと這い寄る。
「そなたは俺だけ見ておればいいのだ。俺だけ愛して、俺だけ求めて、俺だけ居ればそれで良いと」
「ひぁあっ」
つぶやきながら、力任せに竹竿を引っ張る。開いた足をさらに伸ばされて、カイトが一際かん高い悲鳴を上げる。
がくぽは放り出していた小刀を取ると、足を縛る縄を無造作に切り、竿から放してやった。
自由になった足が縮こまろうとするのを強引に掴んで割り開くと、間に自分の体を挟む。
期待に震える足は、割り入ったがくぽの体をきつく締めつけた。
「がく、ぽ、さまぁ」
間近で見るカイトの顔は、涙と涎でべたべたに濡れている。ひどく情けない顔のはずだが激しくそそられて、がくぽはごくりと咽喉を鳴らすと、舌なめずりした。
「狂うてしまえ、カイト。俺だけに愛玩される人形になれ。さすれば、俺が昼も夜も愛してやる。俺の名だけ呼び、俺にだけ触れさせ、俺だけしか触れないなら、そなたに最上の快楽と、最上の幸福を約束してやろう」
「………ぁあっ………っく…………ねがぃ、がくぽさま………っがくぽさま………っいれて……っおなかのなか、がくぽさまの………いれて、かきまわして………っねがぃ、ぉねがぃ………っ」
がくぽのささやきなど届かないまま、カイトは身悶えて泣き叫ぶ。
擦りつけられる下半身は、しとどに濡れている。
がくぽが触れるまで、自慰すら覚束なかったかわいらしい男性器からは、快楽を訴える蜜がだらだらとこぼれて止まることを知らない。
「カイト、誓え。俺だけのものだと。俺以外に見向きもせぬと。さすれば、この責め苦から解放してやろう」
「ぅあ………っ」
そうでなくても弱い耳を舐められながら吹きこまれ、カイトは声も詰まって仰け反る。壁に括られた腕が軋んで、その痛みすらもはや、快楽に繋がって身を苛む。
「カイト」
「ふく………っ」
やさしい声で呼ばれて、カイトは滂沱と涙を流しながら、首を振る。
「そなたは誰のものだ」
「がくぽさまの…っ」
誑かす問いに、カイトは即答する。迷いも躊躇いもなく、悲痛な声で、けれどきっぱりと言い切る。
「ぁ、俺、は、がくぽさまの………っがくぽさまだけの……もの、だから…………がくぽさまだけ……がくぽさまだけ………っ」
くり返される誓約に、がくぽは満足そうに瞳を細めた。
触れることもなく、カイトの狂態だけで屹立したものを掴むと、やわらかく解けてがくぽを欲する秘所へと宛がう。
「もっと言え。ずっと言え。そなたが誰のものか」
「ぁああ………っ」
待ち望んだ場所に待ち望んだものが押し入る感覚に、カイトは陸に上げられた魚のように跳ねた。
ある程度まで己を収めたところで、がくぽは握っていた小刀を振るって、カイトの体を吊り上げる縄を切り落とした。
「ひうっ」
支えを失くして、カイトは畳に倒れる。
手を伸ばして括ってまとめた手首の縄も切り落とすと、なにも言わないでも、カイトの腕はがくぽの背に回された。
爪を立てて縋りつく体を組み敷いて、がくぽは激しく腰を揺らめかせる。
「ぁああ……っひぁうぅ……っ」
がくぽのものを包む粘膜は、びくびくと痙攣をくり返す。カイトの腕は強張って、がくぽの背中に食いこむ。
疼かせ過ぎた場所は、がくぽが動くたび、その硬さを感じるだけで、カイトを間断ない絶頂へと追いやっていた。
「あ……………あ……………っ」
「カイト」
心臓も止まりそうなほどの快楽のうねりに呑みこまれたカイトに、がくぽは呼び声を吹きこむ。
「カイト…」
「ぁ、がく、ぽ、さま、っ」
熱くささやかれる名前に、カイトは甘い声で応えた。
これ以上はないと思っても、カイトの声は止まるところを知らずに甘く蕩けて、がくぽを呼ぶ。
「がくぽ、さまっ、がくぽ、さま………っすき、だいすき…………がくぽさま………っ」
箍の外れた声で、カイトは明るくさえずった。
がくぽは苦しげに眉をひそめ、さらに激しく腰を使う。
普段であれば痛いと、怖いと泣いているほどの激しさだが、今のカイトはそれくらいでも平気で受け入れた。
「カイト……っ」
「ひぁあっ」
呻くような声とともに、がくぽはカイトの腹の中に熱をぶちまけた。
「ぁ………あ…………がくぽさま、のっ」
カイトは茫洋とつぶやき、びくびくと震える。
伸し掛かる体の重みを受け止めて縋りつき、カイトは笑った。
「がくぽさま……がくぽさま、すき………だいすき…………がくぽさま」
明るくさえずるカイトは、笑顔だ。
がくぽが望んだままに、がくぽだけを求める人形のように。
きり、とくちびるを咬んで身を起こしたがくぽは、笑うカイトを見下ろした。
「そうだ。そうやっておれ。俺だけを見て、俺だけ求めろ。他の誰かに気などやらず」
「がくぽさま」
笑うカイトの手に、力が込められる。
「だいすき。すき。だから、もっと。もっと………」
「…」
無邪気に強請るカイトに、がくぽは笑った。笑って、腰を使う。
「だいすき、がくぽさま」
がくぽに責められながら、カイトは明るくさえずり続けた。