目を覚まして、けれど布団から出る気にはならず、がくぽは苦い顔で体を横にした。
片腕を立てて頭を乗せると、傍らで眠るカイトを見つめる。
夢色花噺-04-
いつもであれば、先に目を覚ますのはカイトのほうだ。
朝早くから起きて働く、町娘としての習性が色濃く残るカイトは、疲れ切った寝惚け眼で、それでもがくぽより先に目を覚ます。
先に起きて、がくぽの支度を整えておこうと――とはいえ、カイトが布団から無事に出て行けたことはない。
だいたい、起き上がったところでがくぽが目を覚まし、腕の中に引きずり戻すからだ。
引きずり戻して、ただ二度寝することもある。そのまま、朝から腰砕けにすることもある。そのときの気分だ。
カイトは困ったような顔をするが、抱く腕を拒むことはない。
最後には、うれしそうにして胸に顔を寄せる。
だがさすがに、今日はカイトに起きる気配はない。
思い出すだに、昨夜の自分は常軌を逸していた。
カイトをしあわせにすると誓約して、強引に嫁がせたのだ。生涯、自分の傍でしあわせに微笑ませるつもりで、嫁として迎えた。
もちろん、苛んでも泣き叫ばせても、カイトは愛らしい。
けれどいちばんはやはり笑顔で、彼がしあわせに微笑んでいるのを見ると、こちらまでしあわせになる。
心地よさだけを与えて蕩かすのが、なにより醍醐味なのだ。
だというのに、我慢が利かなかった。
手酷く扱いたい、壊したいという欲求がもたげて、止められなかった。
身も心も際まで苛んで、それでも甘い声で名前を呼んで、好きだと告げさせたかった。
どんな扱いをしようとも、がくぽだけが好きだと。
そして望むがまま、カイトはさえずった。
がくぽだけが好きだと、自分はがくぽだけのものだと――
「…………………くそ」
行儀悪く吐き出す。気まずさに、がりがりと頭を掻いた。
どんなふうに扱っても好きだと言われるのもいいが、そうではない。
やさしくして、甘やかして、しあわせだけを遣りたいのだ。
最上の幸福も最上の快楽も、それは苦痛とともにあるものではなく、あくまで蕩けるような心地よさの中だけで。
与えられて微笑むカイトが傍にいるのが、いいのだ。
その微笑みが、心の壊れた人形のものでは、だめだ。
もちろんそうなっても、愛していることに変わりはない。
変わりはなくても、生涯、悔いる。
カイトが目を覚ましたとき、その瞳が虚ろだったら――
言われた言葉だけをくり返す、人形となっていたなら。
「………………畜生」
如何に印胤家が威勢を振るおうとも、時間を巻き戻すことは出来ない。犯した失態は取り返しがつかない。
どれほど悔いて嘆いても、力及ばない境地がある。
ほとんど泣きそうな心地で、がくぽは眠るカイトを見つめていた。
「…?」
ふと、気がつく。
苛み過ぎたとはいえ、それにしても苦しそうな寝顔だ。疲れ切って眠っているにしても、ずいぶんとうなされているような――
「……………まさか」
がくぽは顔を伏せると、舌を伸ばした。薄く開いたカイトの口中に差しこみ、乾いた粘膜を舐める。
「熱い」
吐き出す言葉は、忌々しさに染まった。
いつも熱とともに受け入れるカイトの口中だが、それにしても熱過ぎる。尋常ではない。
がばりと体を起こすと、がくぽはカイトの体を揺さぶった。
「カイト!カイト、カイト!目を覚ませ!!カイト!」
「ん……っ」
乱暴に揺さぶられて、カイトは眉をひそめる。唸って、瞼が震えた。
「カイト!」
ゆっくりと寝かせておいてやりたい気持ちはあるが、だからと言って容赦もしていられない。場合によっては、手遅れともなる。
戦慄しながら、がくぽはカイトの体を揺さぶり続けた。
「起きよ、カイト!」
「んふ………っ」
呻いて、カイトはゆっくりと瞼を開いた。茫洋と霞む瞳が震えて、体を揺さぶるがくぽを見上げる。
束の間焦点がぶれたそれは、しかし、すぐにきちんとがくぽを映した。
そこに理性の光を見つけて、がくぽは束の間、安堵する。
だがすぐに、そんな場合ではないと首を振った。
開かれたカイトの瞳の潤み方が、普通ではない。泣き過ぎたせいだけでなく、赤く血走っている。
「カイト」
呼びかけると、カイトは震えながらくちびるを開いた。
「か……………っふ、けふっ、けふふっ」
「カイト!」
がくぽの名前を呼ぼうとしたカイトが、激しく咳きこんで身を折る。激し過ぎる咳に、その瞳からほろりと涙がこぼれた。
「ぁ…………っぇふっ、こふふっ」
咳が治まってなにか言おうとしたカイトだが、言葉を発しようとした瞬間に、再び、激しく咳きこんだ。
触れる体は火のように熱く、火傷しそうな心地すらする。
明らかに異常だ。
「……………っふ」
ぐす、と洟を啜り、口元を押さえて涙目で見上げるカイトに、がくぽは改めて布団を掛け直してやった。
「話すな、カイト。じっとしておれ。いいか、口を開かず、おとなしうしておけよ!」
珍しくも動転を隠せない声音で言い聞かせ、がくぽは立ち上がった。
放り出してあった襦袢を軽く肩に引っかけると、部屋の外へ飛び出して行く。
「グミ!グミ!!来やれ!!グミ!!」
一の妹を呼ぶ声は、闇に名を轟かせる印胤家当主のものとは思えないほど、悲痛に塗れていた。