甘斬り恋書き
座敷に入ってきたがくぽは、迎えたカイトへとまず、綴じ本を渡した。
「……………なんですか?」
夫がお土産を持ってくることは多いが、脈絡もない。
受け取ったもののきょとんとしたカイトに、がくぽは座りながら笑った。
「そなたに読んで貰おうと思ってな。文字は読めたよな、そなた?」
「はあ、まあ………そこそこは」
訳がわからないふうのカイトに、がくぽはごろりと横になる。膝に勝手に頭を乗せると、困惑しているカイトを愉しげに見上げた。
「ほら。読め」
「………え?………ああ。『読む』って、そういう………」
どうやらおよめさまの暇つぶしに買ってきたというのではなく、カイトの声で朗読される物語が聞きたいらしい。
そうと察して、カイトはわずかに笑い解けた。
なにを愉しみにするのか、わからない夫だ。初見の物語など、そうすらすらとも読めないのに。
「つっかえますよ?」
いいですかと訊くと、がくぽはしらりと頷いた。
「最初から上手など、期待しておらん」
「もぉ」
そこはもう少し、こちらを立ててくれても。
思いつつ、カイトは表紙に手を掛けた。開きながら、ちょこんと首を傾げる。
「そういえば、がくぽさま………なんのお話ですか?もしかして、とっても難しかったり」
期待しないということは、非常に難解な漢字を使っているとか、小難しいまつりごとに関する書物の可能性もある。
心配そうなカイトに、がくぽは軽く手を振った。
「なに。恋噺だ」
「恋………」
がくぽが、恋噺などを買う――それも、およめさまに読み上げて欲しいと。江戸の裏を取り仕切る、悪家老印胤家当主が。
「……ぷっ」
その落差に思わず吹き出しつつ、カイトは本を開いた。
……………
……………………
……………………………
本も半ばに来たところで、カイトは大きく喘ぎ、ぐすりと洟を啜った。
その瞳はうるうると潤んで、今にもこぼれそうだ。
「が、がくぽ、さま………っ」
「どうした。まだ終わりには程遠かろう」
喘ぎ喘ぎ呼んだおよめさまに、膝に懐く夫はしらりと言う。
カイトは真っ赤な顔で、わなわなと本を握った。
「な、なにが恋噺ですか………!これ、猥本じゃないですかっ!!ご禁制品ですよねっ?!」
がくぽがカイトに読めと持って来たのは、確かに恋噺だった。
ただし、思いきり下劣で低俗な。
有り体に言って、男女が睦み合う様をひたすらに描写しただけの。
そんなものを声に出して読めと言われて、カイトは恥ずかしさにぷるぷる震える。
今のところ導入といったところだが、そこですでにもう。
「…………」
くるりと瞳を回したがくぽは、羞恥に表情を歪め、染まりきったカイトをしらりと見上げた。
「恋噺に違いはなかろう。それより、続きが気になる。早う、読め」
「っ、っっ、っ、ふ、く…………っ」
悪びれることもなく促す夫に、カイトは本を握って喘いだ。
ここまでこと細かに描写されたものを声に出して読むなど、なんのいたぶりかと思う。
おそらくがくぽがもっとも期待していたのは、そうやって辱めを受けるカイトの反応だろう。
「カイト。読め。夫の頼みが聞けぬか?」
「ぅ、く………っ」
静かに強いられて、その瞳が悪戯にきらきら輝くのを認め、カイトはきゅうっとくちびるを噛んだ。
そういう夫だ。
それでも、愛が薄れない。
時点で、カイトの負けが決定している。
「…………ぁ、………」
「………ふ」
震える声で続きを読みだしたカイトに、がくぽは笑うと瞳を閉じて、膝に擦りついた。