言葉の最後はほとんど、互いのくちびるに呑みこまれた。
抵抗を知らない無防備なカイトのくちびるは、大人しくがくぽのくちびるに塞がれて、そのまま貪られる。
ÉGÉRIE-03
「ん、んんっ………んんん…………っっぁ、ふぁっ!」
息も止めて貪られるままのカイトに、がくぽは束の間くちびるを離した。
「呼吸しろ。いくらどうでも、倒れるぞ」
「ゃ、でも………っぁ、んん………っ」
こんなことはしたことがないからやり方がわからないと、カイトが訴える隙もない。
わずかな間だけ呼吸を赦したがくぽは、すぐにまた、くちびるを塞ぐ。
初めから想像していた通り、カイトのくちびるは薄い肉づきでもやわらかな感触だ。怯えて逃げる舌を絡め取れば、思わず咬み切りたいほどに心地よい。
「ぁ、ん、んぅ………っ」
「………まあ、不慣れでも仕方ない。まだ幼いのだしな」
「はぅ………っ」
呼吸しろと言われても出来ず、くったりと力の抜けたカイトから名残惜しくくちびるを離し、がくぽは嘯いた。
腕に抱き込んだ体は力なく崩れながら、ひくひくと痙攣をくり返すだけだ。抵抗の兆しはない。
がくぽのくちびるが笑みを浮かべ、赤く染まったカイトの耳朶に触れた。
「ぁう……っ」
「そなたを俺の妻とする。領主の妻だ。これ以上ない、誕生日の贈り物だろう?」
「ぁ、や、………や、だ………っ」
「なにゆえに?」
力なく震えながら拒絶され、がくぽは穏やかに訊く。
カイトは懸命に顔を上げ、涙目でがくぽを見つめた。
「だ、だって………うわき、されたら、ヤだもの………っ!」
「いきなり浮気の心配なのか?!領民は俺を、どう噂している?!」
一気に頭痛を覚えたようながくぽに対し、カイトはぐすんと洟を啜った。
「だって、だって………僕、男だもの………領主さまの奥さんは、こどもを生まないと、いけないでしょ?でも僕、こども、生めないもの………っ。そしたらがくぽさま、どうしても浮気しないと、いけないでしょ………?!」
「…………ああ。なるほど」
おかしな噂は立っていないらしいととりあえず保留にし、がくぽは一時的に強張った体から力を抜いた。
膝の上のカイトは未だ、強張ったままだ。ぐっすんぐっすんと洟を啜って、瞳を潤ませている。
がくぽは微笑むと、カイトの眦に軽い音とともに吸いついた。涙を啜り、舌を這わせて舐め取る。
「ん、ぁ………っ」
「浮気なんぞせん。俺が構うのは、今後そなたひとりだ」
「や、だって……」
「そなたが並の人間だというなら、ともかく」
ぐすんと洟を啜って逃げようともがくカイトを、がくぽは力任せに胸へと引き戻す。
「五魔女の係累だろう?浮気にしろ子供にしろ、なにをそう、案じる?」
「………っんくっ」
言い聞かせるようにされて、カイトはがくぽの胸の中で洟を啜る。
抵抗していた手が縋る動きに変わり、胸から離れないまま、そろりと顔を向けた。
「………けいるいって、なに?ミクたちと『けいるい』だと、なにか、あるの?」
「………魔女どもはいったい、そなたになにをどう、教えたのだ」
微妙に頭痛を覚えたがくぽに対し、カイトは縋る指にきゅっと力を込める。
「おにぃちゃんになるって言ったら、おにぃちゃんになってって。………僕、おにぃちゃんじゃ、ないの?」
「そもそもその、おにぃちゃんになる云々がどこから出てきたかが、疑問だが」
疲れたように吐き出してから、がくぽはにっこりと笑った。脈絡がない。しかし美貌の威力は存分にある。
ほけっと見惚れたカイトの顎を掬うと、がくぽはねこにでもするように撫でてやった。
「ふ、ゃ、ぁあん………っ」
「しかし、まず出て来る拒絶が『浮気されたらいやだ』ということは――そなた、俺の妻となること自体には、抵抗がないな。むしろ、乗り気だな?」
「え?ぁ、ふゃんっ!」
言動を顧みればそうとしか結論出来ない。
肝心のカイトは驚いたように瞳を見張ったが、がくぽに撫でられるのを避けもしない。
がくぽは上機嫌で、力なくとろりと蕩け崩れるカイトの体を抱き直した。
「それ以上に、俺の妻となるのを拒む理由もないのだろう?ならば………」
「ぇ、ぁ、あ……っ、あるっ!あるよっ!ありますっ!」
「なに?」
抱いたまま椅子から立ち上がろうとするがくぽに、カイトは慌てて叫んだ。
きゅむむっと、眉をひそめたがくぽの衣装に縋りつく。
「ぼ、僕………っ、ミクの、ミクたちの、おにぃちゃんに、なるって、なってあげるって、約束、したんだもんっ!お嫁さんになっちゃったら、おにぃちゃんになってあげられない………っ」
熱と甘さに蕩けながら、悲痛を宿して潤む瞳に見つめられ、がくぽはちょこりと首を傾げた。
意外にかわいらしいしぐさで、無情に言い放つ。
「それこそ、意味がわからんが」
「っ!」
背筋を粟立たせて仰け反ったカイトを器用に抱えたまま、がくぽは立ち上がろうとした椅子に腰かけ直した。
きちんと目線を合わせると、強張る頬をやわらかに撫でる。
「俺の妻になったところで、魔女との縁が切れるわけではない。そなたらは、ずっと家族できょうだいだ。望むなら、そなたはあれらの兄となることも出来ようし、――なるということは、今は『弟』か?ならば弟のまま、いることも出来る。肩書きがひとつ、増えるだけだ。魔女の兄であり、俺の妻。それだけのことだろう?」
「……………」
説かれて、カイトは瞳を瞬かせた。浮かんだ涙が、まつ毛に弾かれて散る。
ややしてカイトは、困ったように視線を移ろわせた。
「………そう、なの?それって、欲張りじゃ、ないの………?」
「だから、意味がわからん」
あっさり言って、がくぽは椅子の背に凭れた。相変わらずカイトのことはやわらかに撫でたまま、軽く視線を巡らせる。
「なにが欲張りだ?家族との縁を切らぬまま婚姻に及ぶのが強欲だと言うなら、人の世は強欲ばかりになる。それともなにか?そなたの家族きょうだいは、そなたが誰かのところに嫁に行ったなら、もういらぬと縁を切るような、薄情な輩どもなのか?」
「ち、違うよ!薄情なんかじゃ、ない!みんなとってもあったかくてやさしくって、いいひとなんだから、」
「ならばなにが問題だ。傍におらねば兄になれぬというものでもなし、問題がどこにあるのかさっぱりだぞ」
「え、ええと……………」
冷静に問われて、カイトはおどおどと視線を彷徨わせた。縋りついていた手から力が抜けて、懸命になにかを考えている雰囲気がある。
がくぽはくちびるを歪め、笑みの形を作った。くちびるだけだ。目が笑っていない。
「それとも、――単に俺の妻となるのが、それほどに厭か」
「ちがっ!」
反射で言い返してから、カイトはぱっと両手を当てて口を塞いだ。
こくりこくりと言葉を飲みこんでいる間があり、そろそろと目線を上げる。
倦んだ色を浮かべるがくぽと目が合って、表情が気弱に揺らいだ。
一度俯いてから、口を押さえていた手を離す。その手ががくぽの首に回って、形ばかり笑うくちびるに小さく吸いついた。
軽く触れるだけで離れ、カイトは揺らぐ瞳を伏せる。くちびるが空転し、言葉を探し当てられないもどかしさに表情が歪んだ。
がくぽは黙ったまま、カイトの言葉が固まるのを静かに待つ。
ややしてカイトは上目になり、潤みながらがくぽを見つめた。
「………離れたくないの。ずっと、ぎゅうってされてたい。りょうしゅさま、独り占めしたい……………りょうしゅさま、の、こども、生めないのに………」
そこでぐすんと洟を啜ってから、カイトはがくぽの首に回した腕にわずかに力を込めた。指が立って爪が肌に入り、離れたくないという言葉をなによりも補強する。
自分から顔を逸らせないようにして、カイトは潤んだ瞳まま、ちょこんと首を傾げた。
「りょうしゅさま、どうして僕のこと、お嫁さんにするの………?」
「……………やれやれ」
問いに、がくぽはくるりと瞳を回した。道化じみた動きだ。言い換えて、謀る気満々の、卑怯な大人のしぐさでもある。
潤みながら懸命に見つめる瞳に笑いかけ、がくぽはさりげなくカイトの後頭部を押さえた。
「ぁ………っ」
「俺のことは、『領主』ではないな?名前で呼べと、再三再四、言っているな?覚えられぬと言うなら、覚えられるまで、決して間違うことのなくなるまで、仕込むぞ」
「ぁ、がくぽ、さ……っ、んんっ」
慌てて呼び直すカイトのくちびるは、がくぽのくちびるに塞がれてやわらかに貪られる。
どうしても馴れないカイトのため、先よりはやさしく穏やかなものの、これまで経験したことのない濃厚な口づけだ。
「ん、ん………っぁ、ふはっ」
ぶるりと震えたカイトが意識を飛ばす前に、がくぽはそっと離れた。足らないと言わんばかりに、飲みこみ切れない唾液で濡れるカイトの口周りを、未練たっぷりに舐め啜る。
「ぁ、あ………っんんっ」
「名前で呼ばせるのは、そなただけの特権だ。他の誰にも、赦さぬ。俺の心はそなたのもの。目が合った、あのときから――俺の心を先に奪っておきながら、どこにあると訊くとは、そなたはなかなか曲者だ」
「え…………?」
過ぎる快楽に震えていたカイトだが、ふっと瞳を見開いた。
獣じみたしぐさで口周りを舐めるがくぽを懸命に見つめ、どうにか目を合わせようと体が離れる。
「がくぽさま」
「離れたくないと、言ったな?俺とても同じだ。俺は二度と、そなたを離したくない。そなたの笑みに、しぐさに、すべてに俺の心はひと瞬きのうちに奪われ、もはや取り返しがつかぬ」
「がく………」
熱烈な告白だが、カイトは追いつけずに瞳を瞬かせる。
理解の及んでいない相手に、がくぽは微笑んだ。抱く腕に力を込め、今度こそ椅子から立ち上がる。
「ぁっ」
姿勢が崩れてしがみついたカイトの体を抱え直し、がくぽは告げた。
「俺はそなたを妻にし、生涯傍らに置いて愛おしむ。――そうまで思えた相手は、これまでにそなただけだ、カイト」