CHIMÉNE-03
「――あれか?」
「です………。ぅ、ふぇっ………」
「それだ、このどどヘンタイ!」
「それだ、貴様この甲斐性なし!」
「あー……………」
詰られても言い訳のしようも――
ないわけでは、ない。むしろ言い訳の宝庫だ。いや、正当を主張することすら可能だ。
カイトは詰っているわけではなく、そんなことに反応した自分と、それがこんな騒ぎへと発展したことに責任を感じている。半泣き状態だ。
対して、怒鳴りこんで来た相手だ。双子の魔女はきっぱりぷんぷんと、がくぽに腹を立てている。
「ちょっとカイトくんがおっきくなったくらいで、おひざだっこできなくなるとは!」
「おひざだっこできないおっきさのカイトくんじゃ、いやだと抜かすとは!!」
「「このどど級どヘンタイのど甲斐性なしっっ!!」」
ぴーちくぱーちくと責める双子を無視して、がくぽは膝の上で小さくなって俯いているカイトを、そっと覗き込んだ。
「………俺の膝に抱かれなくなるのが、それほど厭か?」
「……………」
覗き込むがくぽを見返すカイトの目元は赤く染まり、瞳は潤んで今にも雫がこぼれそうだ。
がくぽは宥めるしぐさで、抱いたカイトの背をやさしく撫でてやった。きゅっと殊更に強く抱きしめて胸に埋めてやると、カイトは甘えてすりりと擦りついて来る。
「………まだ、ちょっとまえ、までは………リンちゃんとか、レンくんとか、………ミクも、みんな………おひざだっこ、いっぱいして、くれたん、です………けど。おっきくなったら、やっぱり、だめって………」
「この甲斐性なしっ!」
「すみませんっ?!」
「よし、見分けがついたな、なんだか!」
亜光速で責める目を向けたがくぽに、双子の片方が片割れの頬を殴り飛ばした。
力関係や諸々から考えて、殴り飛ばしたほうが姉のリンで、殴り飛ばされたほうが妹――カイト曰く弟――のレンだと、がくぽは見極めた。
ついでに言うと片割れの顔にのみ青痣が出来たので、これでしばらくは見分けに困らない。
「ぁ、あのっ!ねっ?!お、おにぃちゃんになるの、いやだとか、いうんじゃ、ないのっ!いいんだよっ、リンちゃんとか、レンくんはそれでっ!!だって僕、リンちゃんとレンくんのおにぃちゃんになるんだし!で、でも、でも………っ!」
あっさりと亀裂が走った双子に、カイトはがくぽの膝から慌てて腰を浮かせる。あぶおぶと腕を振り回して叫んだものの、尻すぼみに消える言葉とともに、すとんとがくぽの膝に戻った。
俯くと、きゅうっと、縋るようにがくぽの胸元を掴む。
「………でも、ぼく……………が、がくぽさまの、お嫁さんだし………お、およめさん………だったら………おひざだっこ………もうちょっと、おねだりしたい、な………って………」
「「このどど甲斐性なしっっ!!」」
「そうだろうとも!!」
カイトの言葉を皆まで聞くことなく、高速で結託し直した双子に叫ばれ、がくぽもまた、光速で叫び返した。
膝の上でカイトは、事態に追いつけずにきょときょとと瞳を瞬かせる。
「がくぽ、さま?」
「悪かった」
双子がこれ以上口を挟むより先に、がくぽは謝った。引っ掻き回されたくないというより、心底から反省してだ。
がくぽとしては、ちょっとカイトをからかっただけのつもりだった。
甘やかせば甘やかすだけ甘えてくれるカイトだが、そうまで膝に抱かれることが好きだとは、思わず――しかも毎晩のように、組み伏せては喘ぎ啼かせている相手だ。そこまで子供扱いされれば、多少むっとするかと。
そうしたら適当にいなしてやってと、つまり性悪に遊ぶつもりだったのだ。
しかし結局あのときは、おやつの途中だったこともあって話題が深まることなく終わり、がくぽとしても大して物思う話題でもなかったので、記憶の彼方に――
「思えばそなたはまだ、幼い。膝に抱かれてあやされるのが好きで、なにもおかしいことなどない。いや、これからしばらくずっと甘えたままでいたいとしても、まったく恥じることなどない。俺が悪かった」
「あの、がくぽさま。僕、………」
誠心誠意謝られて、かえってカイトは困惑した表情になる。だからカイトとしては、そこまで反応した自分と、こうまでの騒ぎに発展したことがそもそも、――
困惑し、泣きそうになっているカイトに、がくぽは微笑んだ。膝の上で硬くなった体を、ぽんぽんと叩く。
「そなたが望むなら、いくらでも膝に抱いてやる。そなた程度が多少大きくなったところで、俺に容易く潰れるようなやわさはないぞ?我慢など必要ない。好きなように、大きくなれ」
「がくぽ、さま」
揺らぐ瞳を向けるカイトに、がくぽは笑う。硬いまま解けることのない体を、辛抱強くあやし叩いた。
「好きなようにだ、カイト。急ぎ大きくなる必要も、無理に成長を止める必要も、どちらもない。そなたが心地よく、望むがままに振る舞え。そなた程度の我が儘、俺はいくらでも受け入れる」
「………」
「例えばそなたが、まだ体を繋ぐことが無理で、本当は辛いと言うなら――」
「っがくぽっ、さまっ!!」
やさしく笑んだまま言いかけたがくぽに、カイトは腰を浮かせ、慌てて組みついて来た。
それでもがくぽはやわらかく、やさしく微笑む。
「そうだろう?幼く、甘やかされることが好きだと言うなら――」
「がくぽさまっ!」
「っっ」
叫んで、カイトはがぶっと、がくぽのくちびるに食らいついた。まさに食らいつくと言うのが、正しい。
舌を捻じ込まれたものの、焦るカイトにはいつも以上に技巧もなにもない。
「んっ………ぅ、ふぇっ!っぁ………」
「ん」
カイトが洟を啜ったところで、がくぽは後頭部を掴んでくちびるを重ね直し、焦る舌を絡め取った。強引かつツボを心得た動きで、覚束ない舌の動きを制し、動揺しているカイトから主導権を奪い直す。
「ん、ぁ………っ」
びくりと揺れたカイトが落ちる寸前で、がくぽはくちびるを離した。ようやく解けた体を抱いて、笑う。
「例えば、だ。………そなたが厭わぬなら、俺に否やはない。いくらでも、そなたを貪ってやる」
「どどヘンタイが」
「しかし甲斐性は見えた」
「この裏切りものっ!」
「ですよね!!」
「………なるほど。片割れが男だというのが、なんとなく納得できかけてきた」
少女にしか見えないかわいらしい顔に、二つ目の青痣を作った双子の片割れへ、がくぽは小さく頷いた。
男と女の感性は違う。双子であってもだ。これが双子の『少女』だというなら、感想はそう変わらないはず――
カイトからすると、非常に今さらな感想であり、しかも『できかけ』だ。不足も甚だしい。
しかし今回、カイトがそこにツッコむことはなかった。濃厚に過ぎる口づけに酩酊していたからでもあるし、他ごとに気を取られていたからでもある。
気がついた――いや、思い出したのだ。カイトにとっては失地回復とでも言うべき、重大なことを。
「ぁ、あのっ、がくぽさまっ!ぁのっ、あのっ、あのっ!!」
「ん?どうした?」
カイトは失神寸前の口づけの余韻だけでなく、顔からうなじから、全身真っ赤に染まっていた。染まっているだけではない。瞳は潤んでいるが、先までのとは違う。羞恥があり、熱と欲がある。
がくぽには、馴染みの深いものだ。特に夜間だが、別に夜には限らない。がくぽは新妻を溺愛している。
時と場所と場合もなく、がくぽの咽喉は無意識にごくりと鳴った。
煽られる年上の夫へ、カイトは媚びと蠱惑が絶妙に含まれた、壮絶な色香を纏う笑みを向けた。
「あの、あの………背、背は………背は、伸びて、ないですけど………からだは、おっきく、してないです、けど…………あの、ぉっぱいは………」
「ちょっと待て!!」
がくぽが叫んだのは、カイトにではない。双子の魔女にだ。
珍しくも青くなって、すでに臨戦態勢に入った魔女二人に制止を叫んだ。
「最後まで聞け!カイト、落ち着け?!落ち着いて最後まで言え!」
「ぇ?え?………ぁ、はい。あの、………」
――実際のところ、カイトは落ち着いている。いや、羞恥諸々から興奮してはいるが、正確に言って動転しているのはがくぽのほうだ。
頬は赤いままなものの、きょとりと首を傾げたカイトは口の中で言葉を転がし、再びふんわりと笑った。
色香の壮絶さが、正しく人間ではなかった。カイトが毒そのものだ。
「ぉっぱい………でる、ように、なりました……………」
「っっっ」
ぇへへと笑うカイトはいつも通り、非常に愛らしかった。愛らしかったが同時に、垂れ流される色香が冗談では済まなかった。
至近距離で中てられたがくぽは束の間意識を飛ばし、取り戻すと慌てて執務室を見渡した。
気の利く家宰によって、完璧に人払いが為されていた。壊れたままの扉の傍にも、人の気配はない。警護の気配もだ。
おそらくは話の聞こえない、警護上ぎりぎりの、多少離れた場所にいる――なんといっても、五魔女の来訪だ。理由がなんであれ、迂闊に話を聞かないほうがいいというのは、語る必要もない常識だ。
「助かった!あとで給料を割り増しておこう!!」
だとしても素直な感謝を叫び、がくぽは膝の上で恥じらう幼な妻に顔を戻した。
昨夜も、体を開いた。明日は実家に帰すとわかっていたから、多少加減はしたものの――
「ぇと、おとこのひと、ぉっぱい、好きでしょ………?でも、がんばってもやっぱり、おっきくは出来なくて………でもでも、でも、ぇへへっ」
「カイト………っ!!」
なぜそっち方向に頑張ったのか。
がくぽは確かに、カイトの胸を弄るのが好きだったが、好きなのはカイトが喘ぎ啼くからだ。悶えて悦がるから愉しくて、殊更に弄るのだ。
胸が大きくないといやだと言ったことは、一度もない。残念だとも、そもそもカイトがいるというのに胸の大きな女性に見惚れたり、視線をやったこともない――さすがにこれは、記憶を漁ることもなく忘却の彼方にやっているものもない。
はずだ。
言葉を失うがくぽに構わず、カイトは愛らしく照れ笑いして、服の上から自分の胸を撫でる。
「訊いたら、おとこのひとっておっきくなっても、赤ちゃんみたいにぉっぱい飲むの、好きだって………」
「誰に訊いた?!」
亜光速で訊いたがくぽに、カイトは無邪気に笑った。
「ルカちゃん」
「覚えてろ、あのあばずれ!!」
――カイトを初めて実家に帰したとき、怒鳴りこんで来たのがルカだ。こんな幼い子にナニしてくれますのと、それはもうねちっこく説教を落として行った。
そうやってがくぽに、こんな幼い子にナニしてくれると説教しておいて、あまりに偏狭にして特殊な教育。
思わず口汚く罵ったがくぽに、あまり罪はなかった。がくぽにとってのみだが。
「だから、ね………?がくぽさま、ぼくのぉっぱい」
「カイトくんのおっぱい」
「ちっぱいおっぱい」
「涎を啜るな、弟妹!!」
「ふきゃっ?!」
カイトの誘い文句の途中で、じゅるじゅずずずと、涎を啜る音が盛大に響いた。がくぽは思わず戦慄して、カイトを胸に抱え込む。
勢いもあるが、力も強い。
色香を霧散させてあぶおぶと慌てるカイトを、がくぽはますますきつく抱き込んだ。
恐ろしげに、飢えた獣の目となった幼い魔女を見る。
「特殊性癖は、魔女一族固有の病質か?!」
「ひとのことを言う前に自分の心に素直になれ、このどどヘンタイっ!」
「カイトくんのちっぱいおっぱいだぞ?!男のくせに飲みたくないのか、この甲斐性なしっ!!」
「っっ」
臆することのない双子に罵倒され、がくぽは慌てて胸の中のカイトを見た。
潰されながらも、カイトは涎を啜る双子へ視線を巡らせていた。きゅっと、がくぽの胸元を掴んで擦りつき、羞恥に歪みながらも幸福に満ちて笑う。
艶やか過ぎて、カイトが毒そのものだった。
「ぇへ、ごめんね………?僕のぉっぱい、のめるの、がくぽさまだけ、なの………がくぽさまだけの、ぉっぱいなの………」
「っっっ」
――至近距離で中てられたがくぽは意識を飛ばし、すぐに戻ると、がっくりと力を失って椅子に沈みこんだ。
「がくぽさま?」
「いや………」
限定品だ。かわいいかわいいと、日々溺愛しても足らないカイトが、がくぽだけに限定して。
カイトを迎えたことで、がくぽの生活は変わった。気がつかなかったことに気がつき、思いがけない自分や他人の真実に項垂れたり、感謝したり――
概ねその変化は望ましく、心地よい。たとえ項垂れたとしてもだ。気がつくことで、進めなかった『前』に進めることがある。
椅子に沈みこんだことで見上げる形となったカイトへ、がくぽは笑った。見上げても、幼さは変わらない。
幼く愛らしい、がくぽだけの『妻』だ。
がくぽは手を伸ばすとそっとやわらかく、ぺったり平らかなままのカイトの胸を撫でた。
「飲みたい。俺だけのものだろう?………そなたのこの、小さな胸を啜って、出るものならば………是非にも、飲みたい」