よりく、-日記版

万事順調ですよ、おにぃさま

駅前で落ち合い、とにもかくにもカフェである。

客の入りがそこそこでも、それが普段の行いの顕れというもの、ほどほどに奥まった席を確保できた恋人たちもとい、名無星がくぽと明夜星カイトである(ところで普段の行いがどうであるとどうなるのかという、詳細についてはあえて触れないわけだが)

二人用の小さな席で、向かい合って座ったふたりはとりあえずひと口、飲み物を含み、そしてカイトからおもむろに口を開いた。

「あのね、がくぽ折りいってご相談がございます」

これでいて、月日の経過を逆の意味で感じさせる熱烈な恋人同士である二人だ。しかして感心なことに、彼らは人目を憚ることも知っているし、親しき仲にも礼儀ありをきちんと実践していた。

それで、そう仰々しく切り出されたがくぽだ。彼の兄曰く、『いつまで経っても恋人に夢見がち』な男である。

わずかに眉を跳ね上げたものの、反応らしい反応といえばそれだけだ。創意工夫もないゆえに逆に味の誤魔化しようがない、『ホットコーヒという名のホットコーヒ』と銘打ってもいいようなシンプルなホットコーヒの入ったカップをゆっくりとソーサに戻し、同じくゆったりと頷いた。

「良い。言われずともすでに見当はついているが、聞こう。なんだ?」

頼りがいのある恋人に鷹揚に促されて、カイトは小さなテーブルの上、わずかに身を乗り出した。くっと眉をひそめると、表情にふさわしい苦悶の声をこぼす。

「もうすぐ、カイトさんの誕生日でしょ……プレゼントがね、まだ決まらないんだけどっ……っ!」

――きっと必要ないだろうがあえて補記しておくと、カイト曰くの『カイトさん』とは名無星カイト、恋人の兄、いわば義兄のことである。

もうひとつ言うなら、そう言ったカイトと同じKAITOである。そう、つまりだ。

「もうすぐ兄の誕生日であるというなら――おまえの誕生日でもあるはずだが、カイト」

わりと無駄だと見極めをつけつつも、とりあえずがくぽは第一声にそう返した。

さすがにそんなわけはないとは思うが、相手はらしいKAITOである。自分も『憧れのカイトさん』と誕生日がいっしょだということを、さっぱりきっぱり忘れている可能性がある(だいたい、7:3の割合である。もちろん、忘れている7:忘れていない3だ。大丈夫、KAITOだ)

その、あれこれ苦労性な恋人からの返しにである、カイトはなんと返したか?

「だってそれは、がくぽとお祝いするも」

むしろなんというか、至極不思議そうに返してきた。

ところで本編でもそうだったが、明夜星カイトの話し方というのはあまり、言うなら、親切ではない。つまり文字情報としたときにということだが。

それで本編でも再三説明に追われたが、文字情報となると判別に苦労するが、実際、耳にしている本人たちはわりとあっさり、『誰』のことであるか聞き分けられている。

それで、今だ。今回である。

カイト曰くの『いっしょにお祝いするがくぽ』とは誰かといえば、溺愛×盲愛を捧ぐおとうとのことではなかった。

目の前にいる恋人、名無星がくぽを差していた。

一勝である。

――いや、そこで、なにと戦った挙句のなんの勝利であるのかということを問われても困る。

とにもかくにも名無星がくぽは一勝したのであり、しかして逆に、一勝しかまだ、確定していない。

ごく不思議そうに返してからはたと気がついた顔となり、カイトは乗り出していた身をひと時、引いた。ぽぽぽっと頬を染め、瞳を伏せる。

「ぁ、あのでも、えと、当日はやっぱり、ムリ、だけど……イベントまみれだし、でも、そこがひと段落したらっ」

「うむ、皆まで言わずとも良い、カイト。いわば、相身互いというものであろう?」

恋人の反応から、その『お祝い』に求められる『中身』を察したがくぽの表情は、堪えきれず緩んだ。

そうでなくとも情けないところを山ほど見られている仲だ。今さらだとは思うが、だとしてもあまり締まりのない表情を見せたくないと思う。

思うがどうしてもどうしてもどうしても、緩んで締め難いというものはあるのである。

「俺だとて、いざ自分のとなれば、きっと同じことだ」

「ぅんっ。がくぽと過ごすのも大事だけど………みんながお祝いしてくれるの、やっぱりうれしーもっ。そこはちゃんと、がんばりたいっ」

「ああ。そうだな。得難く有り難いことだ」

向かい合って座る恋人たちはともに頷き、ふわりと笑みを交わした。

さざめきはあってもうるさいということはなく、店内に流れる曲もゆったりとしてやわらかい。

なんだかんだと忙しい日々の合間の休日を恋人と過ごすに、これ以上望むべくもない――

だから問題はカイトさんの誕生日プレゼントなの、がくぽ」

「くっ………っ」

ふと真顔に戻った恋人に詰められ、がくぽはつい、横を向いた。最愛の相手であればこそ舌打ちはこぼさなかったが、心境はだいたい同じである。

誤魔化しきれなかったかという。

だから、つまりなんである。

名無星がくぽの兄、名無星カイトである。あれこれあって変化した日常においても、がんとしてこれだけは変わらないことがあった(日常の変化がなんであったのかとか、そもそも名無星カイトとはなんぞやといったことは本編を参照されよ。なぜなら長い。その説明で本編が構成されていると言っても過言ではない)

自分の『好き』に疎いのである。

ひとの『好き』はよく掬い取るのだが、相変わらず自分の『好き』がよくわかっていない。

それでも局所的に理解に富む情人(この局所とは、『名無星カイトの一部分』ということではない。ほかの相手はともあれ名無星カイト『だけは』という意味である)との仲はうまくいっているが、困るのは周囲である。

こうやって、なにか贈り物をしたいとなったとき、なにを贈ればいいのだかがわからない。

本人は贈ってくれようという気持ちがうれしいと殊勝らしいことを言うが、今の明夜星カイトであれば理解している。

これは態のいい思考放棄、よくわからない『好き』を考えるのは面倒だということを、耳障りのいい言葉で誤魔化しているだけなのだと。

しかして相手は憧れのひと、挙句に恋人の兄もとい義兄である(実のところ義弟でもある)

なんとかして、欠片でもいいから本心からうれしいと、歓んでくれるものを贈りたい。それもなろうことなら、できるだけないしょで

当日まで本人に明かすことなく、驚きとともに『好き』を贈られる経験をこそ、上げたい――

そうと言われてもな…」

そう、『そうと言われても』なのである。

こちらもこちらであれこれの結果、少しは改善したものの、明夜星家のきょうだい仲の良さとは比べるべくもない、緊張感溢れる仲なのが名無星家のきょうだいというものであった。

家族なんだからなにかヒントちょうだいと言われても、まったく思いつかない――

こともない。が、なあ……………」

「がくぽ?」

きょうだいでも仲が悪いんだから知るかという、定番の反応とは少し違う雲行きを、カイトは敏感に察した。KAITOである。空気は読めないから読まないと、きっぱり割りきって突き進む機種である。

これをして好きこそもののあはれなれと言う(言わない)

だからといって急かすこともなく、しかし聞きましたよと顔全面に書いてじじじっと見つめる恋人から、がくぽは気持ち、顔を逸らした。顔を逸らして目線だけちらりとやり、気まずそうに顎を掻く。

今なら、な………ひとつだけ。おまえだからこそという、アレが」

「おれだからこそ?」

躊躇いがちに、迂遠に示され、カイトはきょとんぱちくりと瞳を瞬かせた。

思わず胸に手をやるが、こころあたりがさっぱりない。それは確かに、名無星カイトはことあればすぐ、カイトをかわいいかわいいと言ってはくれるが――

首を捻るばかりのカイトから、がくぽは完全に目を逸らした。かりかりかりかりと顎を掻きながら、こぼす。

明夜星の、………アレだけは確実に今、兄だとて『好きだ』と、紛いようもなく答えるものだろう」

「ああ!」

指摘され、カイトはぱっと瞳を見開いた。

がくぽ曰くの『明夜星の』とは、明夜星がくぽ、明夜星カイトの溺愛に盲愛を捧ぐおとうとにして、名無星カイトの情人である。

確かにそうだ。いくら名無星カイトが自分の『好き』に疎いとはいえ、紆余曲折の果てにただひとりの情人とした相手である(『恋人』ではないのがだから、名無星カイトが自分の『好き』に疎いという、その果ての結論だからだ。ゆえに実のところ、若干の不安がないわけでもない

「ぇでも、じゃあ、がくぽ……??デートなんかセッティングしなくったって勝手にするって話だし、おれだけだからこそなんか、なにか、ある???

かえってクエスチョンマークを量産した恋人に、がくぽは相変わらず目を逸らしたまま、ぎりぎりの高速で吐きこぼした。

オフショット写真集とかな。それはまあ、…兄といるときもプライヴェートはプライヴェートだが、情人として見せる顔と、『家族』として見せる顔はまた、違ったりするだろう完全プライヴェートな『家庭』での姿を撮れるのは、家族であり、兄であるおまえだからこそだ。いい悪いもあるが、おそらく兄はよろこb…」

「え、なにそれ…やだ。おれもほしい

「ぐふっ!!」

言っている最中にぼそりと、しかし頑としてこぼされ、がくぽは思わずむせ返った。

衝撃と、あれこれの予感に慄然とした顔を向けたがくぽだったが、もう遅い。明夜星カイトの一途な瞳にはもはや、目の前の恋人の姿が映らなかった。

「そういえばカイトさん、おれにもプレゼントくれるっていってたけど…まだ用意してないよね間に合うかな…まあいいや、とりあえずおねだりしちゃえ。たぶんだいじょぶ。だってKAITOだも♪」

そう、KAITOである。おっとり鷹揚として、春の陽だまりにも喩えられる。ロイドとも思えない動きの緩さに、癒されるひとが続発する――

名無星がくぽが慄然とした顔を向け、そして衝撃をなんとか呑みこんでその真意を問い質そうとしたときには、だいたい、すべてが終わっていた

明夜星カイトは名無星カイトへメッセージを送り終わり、かつ言うなら、おそらくこちらはタイミングだ。たまたま、すぐに携帯端末を確認できたのだろう。兄からの返信も恋人は受け取っていた。

「ぇっと…『わかった。たのしみにしてるたのしみなんでおれにプレゼントくれるの、カイトさんがたのしみ………えっと、まあいいや。わかったっていってくれたんだから、カイトさんだも、だいじょぶだよねわあ、がんばろっ!!」

「ぐう」

おっとり鷹揚とした性質と行動力とは、比例しない。それはそれのこれはこれなんである。

よってゆえに、がくぽが顔を上げたときにはすべてが済んでいて、手遅れであり、もはや取り返しがつかなかった。恋人の表情は目が潰れそうなほどきらっきらに輝いており、今さら撤回させる度量なぞ、【がくぽ】にありはしない(『名無星がくぽ』だから『ない』のではない。自傷と紙一重の溺愛傾向の【がくぽ】ゆえに『ない』のである)

そういうわけで、繊細さからくる慎重さによって行動力に多少もとる【がくぽ】たる名無星がくぽは、己の無力に押し潰されてテーブルに突っ伏した。

ぐうの音は辛うじて出たが、あまり意味はない。

「がくぽあの、だいじょぶ?」

「否…」

まったくだいじょばないもとい、大丈夫ではない。が、言ったところで手遅れは手遅れなんである。

おそらくカイトもさすがに自分が『それ』を贈るとは言っていないが、KAITOらしからぬ敏さを誇る兄だ。こういう提案をされた時点で、明夜星カイトが自分にくれようとしているものに気がついたし、今日のおとうとの予定と照らし合わせ、この提案をしたのが誰であるかということも――

「今日はおうちにかえりたくない………泊めてくれ、カイト……………」

格好良さの欠片もなく、テーブルに突っ伏してめそべそと強請る恋人に、その急変ぶりの理由を察することはできない明夜星カイトは、ただ困惑して首を傾げた。

「ぇと、がくぽがそうしたいなら、おれは、いいけど………でもがくぽ、明日の仕事、朝早いって言ってなかった朝早いし、…うちからだと、がくぽのうちからより、ずっと遠くなっちゃうよね?」

「起きるからぁあ………おうちにかえりたくないぃい………」

「ぇえっと………」

なにがあったかさっぱり不明だが、すっかり駄々っ子モードに入ってしまった恋人に、カイトは少し身を引いた。

念のため言う。

引いたのは体だ。こころではない。なぜなら馴れているこういう手合いだと友人関係のときにわかっていて、挙句、恋に落ちている

ゆえにいっさいの幻滅もなく、カイトは身を引き、つまり伏せるがくぽに合わせて伏せ気味にしていた身を起こし、まだ持ったままだった携帯端末を操作した。

これもくり返そう。

KAITOが鷹揚なのは性質だけの話であって、行動力は高い。むしろ新型のような熟考の間を挟まない分、速い

それで、結局、がくぽが立ち直るよりずっと前だ。二分か三分ほどで、また、カイトの表情にはきらっきらした笑みが戻った。

それは現実ではなく錯覚のはずなのだが、だというのに目が潰れるような気がするきらめきとともに、カイトは携帯端末をテーブルに伏せったままの恋人にかざしてみせた。

現場近くのホテル、押さえられたよ、がくぽちょっとおねぼうさんしたって、ここだったらだいじょぶ!」

「っ?!」

はたと我に返り、がくぽは慌てて顔を上げた。顔を上げ、かざされた携帯端末に示された内容を読む。

確かに住所は、明日のがくぽの現場近くだ。これなら言うとおり、少しゆっくり出たところでまったく問題ない。

予約人数は二人で、当然、名無星がくぽと明夜星カイト――

「あ、いや、カイト………すまん。そういうつもりでは。おまえだって明日、仕事だろうここではおまえのほうが遠く」

「おれ、お昼っからだも」

狼狽えるがくぽに、カイトは澄ました顔で言いながら携帯端末を操作した。ほぼ一瞬のそれで、また、画面をがくぽに向ける。

今度表示されていたのは家族向けのメッセージアプリの画面であり、『今日はがくぽと泊まる』という。

「がくぽ、がくぽからどうせ連絡いくし、だいじょぶとは思うけど、がくぽからもカイトさんにちゃんと連絡入れてね。無断外泊はダメ・ゼッタイだよおにぃさん、心配させないで」

ちょこんと小首を傾げて言われ、そのうえにこうまで根回しをされてしまっては、名無星がくぽにできることといえば、ただ素直に頷くのみという。

いや、もちろんただ頷くだけではいけない。言われたとおり、家族へ外泊の連絡を入れ――

他所様の末っ子おとうとがきちんと保護者へ外泊連絡を入れたことを確かめると、カイトは伝票を掴み、さっと立ち上がった。

「さ、いこっ向こうについたらまず、ちょっと早いけど、おゆはんにして…それから、チェックインして。……………ぇと、おへやで、ふたりで、ゆっくり、過ごそ?」

「っっ………っ」

最後のさいご、ここにきて微妙に恥じらい、真っ赤に染まり上がってぼそりとこぼしたカイトに、がくぽは堪えきれず、ぐっぐっぐと拳を握った。

二勝、本日は勝ち越しである。どういう意味かはともあれ――