さて過ぎて集って、諸々のKAITO誕生日イベントも無事にこなして後日である。
恋より遠く、愛に近い-日記版
難易度単位のヴォイニッチ
ところでもしも叶うものならば、あなたが本話を読む前には、どうか前話である「万事順調ですよ、おにぃさま?」と小ネタ集の2024年2月16日分を前フリとして押さえておいていただけるととても話が早い。
つまりだ、明夜星がくぽが突然こう言いだしたとして、その前提はそこで為されているのである。
「撮られた覚えがない?って?」
きょとんとして訊き返した明夜星がくぽに、カウンタの椅子に腰かける名無星がくぽは、疲れきった顔をわずかにしかめた。
「まったくではない。三…四度ほどはある。が、それだけだ。アルバム一冊を埋めるほど、兄が俺を撮っていた気配はない」
が、兄は明夜星カイトへ威風堂々、アルバムを手渡した。かけたのはリボンだけという簡易包装ぶりだから、かえってそのアルバムの正しい厚みがよくわかる。
写真用アルバムは数あれど、比較的厚いほうだった。
これの初めに数枚の写真を挟んで満足する兄を持った覚えは、名無星がくぽにはない。となればだ、きっと最後のさいごまで写真で埋め尽くしただろうとは思うが、そうなるとだ。
『身に覚えがない』。
隠し撮りされたところで、繊細な気質の【がくぽ】のことだ。一度や二度のことでなく、少なくともアルバムを埋め尽くすほどに撮るなら、もう少し『撮られた』と意識する瞬間があっていいはずだ。
しかして感知したのは、わずかに三度か四度。
そう、眉をひそめる名無星がくぽにだ、答えたのはもちろん彼だ。撮影者たる名無星カイト、あれこれいろいろチート極める兄である。
「それはな、おとうと。おまえが未熟だからだ」
未熟であればこそ、兄に家庭内での様子をこっそり撮られていることに気がつかなかったと。
言っても、KAITOである。KAITOが『こっそり』やったところでたかが知れているはずなのだが、名無星がくぽはそういった反論をしなかった。
うちの兄ならそうできることをよくよく知っているからだ。
かてて加えて言うなら、その、気がついた三度か四度かだ。きっと兄はわざと、そうした。隠し撮りに『気がついた』おとうとの反応を撮りたいからと、わざわざ――
「まだまだ修行が足らない。ツメが甘いな、がくぽ」
「そうだろうとも!」
いつものように腐されても反論らしい反論もなく、名無星がくぽはそうとだけ返した。
カウンタの椅子に腰かけたまま、つんとそっぽを向いて兄を見ることもなく、そうとだけ。
以前よりやわらいだとはいえ、やはりどうにも険悪な様子の名無星きょうだいをである、明夜星がくぽはいつもと違って微妙に複雑に見比べた。
いや、名無星がくぽのことはいい。『恋人』としては有能らしいが、自分の兄を相手には極度の甘ったれと化すこの男はいわばいつも通りで、ことに見るべきところもない。
問題はその兄、名無星カイトのほうだ。
明夜星がくぽの兄、明夜星カイトから、一種のプレゼント交換としてもらった、つまり、『明夜星がくぽオフショット写真集』を、大事だいじに胸に抱えている――
プレゼントに包装紙がなく、リボンをかけただけの簡易包装であるのは、KAITOだからだ。
包装紙で包めないのではない。もらったらすぐに見たくて包装紙をばりばりに破いてしまうのだから、かけるだけ無駄という割りきりだ。
それで案の定、明夜星カイトは受け取るや早速、リボンをほどいて中を確かめている。
その表情が一枚めくるごと、秒速できらめきを増していっているから、名無星カイトの仕事の確かさぶりが中身を見ずともわかるというものだが。
対して、名無星カイトだ。同じくKAITOである。が、彼は受け取ったアルバムをすぐに開くことはなく、まず胸にぎゅっと、抱きしめた。ゆっくりゆっくり、厚みと重みからまずはたのしんでいるといった様子だ。
自分の『好き』に疎い名無星カイトが滅多に見せることのない、ほんとうに歓んでいるときの反応と言える。
たかが自分の家庭内での様子を収めただけのアルバムにそこまで歓んでくれるというのは、それだけで名無星カイトからの愛情の深さを窺い知れるというものだが、もうひとつだ。
なんだかんだあれ、結局のところ【がくぽ】である明夜星がくぽは、どうしても眉間にしわを刻まざるを得ない。
つまりである。
「たのしかったんだね、カイト――まあ、兄さんだって僕のこと、なにがそんなにたのしいのかってくらいたのしんで撮ってるけど…あんたもたのしかったんだ、おとうとのこと撮るの」
「なに?」
情人のもとに歩み寄りながらの明夜星がくぽの言葉に、名無星がくぽがはっとしたように兄へ顔を向けた。
しかして兄と見合うことはない。優秀な『ナイト』である明夜星がくぽが、巧妙に視界を遮る位置に立ったからだ。
それで、アルバムを抱いてじっくりと『好き』を味わい、噛みしめている名無星カイトの腰を抱き、改めて顔を合わせる。
「でしょう?」
「そうだな」
念を押され、名無星カイトは素直に頷いた。素直に頷き、ふわりと笑みほどける。
「発案者の責任ってのもあるんだろうけど――おとうとと、あんなに遊んだのは初めてだ。あんなにおとうとが遊んでくれたの…」
「っ!!」
遮られても構わず顔を向けていた名無星がくぽだが、ほぼ亜光速でそっぽを向き直した。
なぜといって、兄の発言に照れたわけではない。気まずさを募らせたわけでも。
いや、気まずいことは気まずいが、より以上に明夜星がくぽだ。相変わらず情人たる兄を抱えこみ、巧妙に視界を遮る『ナイト』。
ぎしぎしぎしと、軋む音が聞こえそうな風情で振り返った彼の、さらにその、視線のじっとりさ加減といったら!
ロイドだが、名無星がくぽは全身が冷や汗にまみれる心地がした。ロイドだが、生きた心地がしないとはこういうことかと、よくよく実感した。
ひたすら縮み上がる名無星がくぽに、しかし明夜星がくぽが容赦することはなかった。
「わかってたけど、わかってなかったな…たかがこれだけのことでこうまで歓んじゃうとか、いくらどうでもちょっと、やり過ぎなんじゃないの、あんた?」
ひたひたと責められ、名無星がくぽは顔を逸らしたまま、片手を挙げた。
「ぃ……遺憾の意を、表する」
意訳する。『ごめんなさい』である。
「きょうだいなんだし…そこはお互いさまだぞ、がくぽ?」
「あんたがそうやって甘やかすのも原因だけどね!」
たとえ顔を逸らしていようとも、こころの底から反省の弁を述べたおとうとをさりげなくフォローした情人へ、明夜星がくぽはけっと吐き捨てた。
「さすがにここまで反応されると、僕だって面白くないんだよ。ヤキモチ妬かずにはおれないんだ。あんたにひどいことしたくなる。ぜっっったい、しないけど!」
「はあ」
つけつけと素直に吐きだされる本音に、名無星カイトは気のないような、微妙な声を返した。微妙な声を返しつつ、ぎゅうっと、アルバムを抱く。
ぎゅうっと、抱く腕に力をこめながら、表情はさらなる笑みに蕩け崩れていく。
――もちろん、『おとうとと遊べた』こともたのしかったし、うれしかった。
けれど、いわば本題である情人の『秘蔵写真集』だとて、負けず劣らずにうれしいのだ。
触れ合っているからには動きの詳細もつぶさにわかって、だけでなく、ぽんぽんと花が咲くような雰囲気もよくよく伝わる。
いつまでもしかつめらしい顔をしていることもできず、明夜星がくぽは肩を落とした。肩を落として腕の力も緩め、抱かれたままのアルバムを覗きこむ。
「見ないの?せっかくの、僕の写真集」
促されて、名無星カイトの答えである。ほんわりほわほわと、滅多になく笑みに咲き綻んで、彼は答えた。
「今見ると、興奮し過ぎで回路飛ぶ」