「ええ?えええ?!ええええええええええっっ?!!」
がくぽの素っ頓狂過ぎる叫びに、へきるは別の意味で悲鳴を上げた。
蛇行×錯綜=キューティ-05-
ツッコミ属性のがくぽのくせに、ツッコミどころが多過ぎるとか。
常にツッコまれる側だったへきるの惰弱な脳は一瞬機能を停止し、それから高速で空回った。
「ちょ、がっくがっくんがっくん?!ロイドをイキモノに分類するかどうかはまだ世界的に議論の真っ最中で結論の出てない深刻かつ危機的な問題で」
案の定、ツッコミどころを間違えている。
「ってああ!!違う、そうじゃなくて!!」
どうやら自分で気がつけた。
一度頭を掻き毟って猛省してから、へきるは血まみれのがくぽを必死で見つめた。
「がっくん、ちょっと自分がなに言ってるかわかってる?!このかわゆらしーイキモノって、つまりカイトのことだよね?!確かにちょっとほろっとくるくらいやさしいけど、かわゆらしい?!!そんな鼻血吹くほど、かわゆらしい?!!!」
へきるの絶叫に、がくぽは反論しようとして、花色の瞳を見開いて固まる。
梱包材から出てきたカイトが、目の前にちょこんと正座していた。
カイトは至極心配そうな顔で、首を傾げる。青い瞳が、ちょっぴり潤んだ。
「具合が悪いんですか?大丈夫ですか?」
「…っ」
へきるは聞いた。がくぽの声にならない絶叫を。
「ちょ………っな…………っ!!なんぢゃこやつは?!我を萌え死にさせる気かっ?!」
「ひぁっ?!」
相変わらず鼻血を吹き出しながら轟と叫んだがくぽに、カイトは驚いて身を竦ませる。
へきるは頭を抱えた。
「がっくんがっくん、気持ちはわかるけど、いやほんとはわかんないけど、死んじゃだめだ!その気持ちは痛いほどわかるけど、理解不能だよ!!カイトに萌え死ぬとか、ふじょこでもないんだから!!」
言っていることが支離滅裂だ。相当狼狽えている。
しかし言いたいのはつまり、カイト相手に過剰反応だということだろう。
がくぽはくわっと目を剥き、そんなマスターに咬みついた。
「なにを言うか、マスター!!こやつのこのかわゆらしさはすでに悪魔的ぢゃ!我はな、我は」
「落ち着けがっくん、よく見ろ!!」
狂乱するがくぽへと、へきるはカイトの頭を両手で挟んで突きつけた。
「あの?!!」
血まみれなうえに正気を失っている顔に強制的に近づけられて、カイトが悲鳴を上げる。怯えた瞳が、ゆらゆらとがくぽを見つめた。
「ご………っっ」
「「ひぃいいいいいっっっ?!!」」
がくぽが白目を剥きかけ、カイトとへきる、双方から悲鳴が上がる。
がくぽはホラー映画のゾンビよろしい復活を遂げると、そのままカイトにひしと抱きついた。
「愛い!!」
「っっっ」
カイトの体がこれ以上なく硬直し。
「きゅぅ」
「『きゅぅ』?!!」
がっくりと力を失って、がくぽの腕の中に頽れた。
「おお?」
「『きゅう』って言った『きゅう』って言ったよマジでかありえねえではなく!!」
動揺しながらもへきるは、鼻に詰めたティッシュをさらに赤く染めるがくぽの腕を叩いた。
「がっくんちょっと離して!カイト、『落ち』ちゃったよ!!」
へきるの言葉に、がくぽは心底驚いたように瞳を見張った。
「なんぢゃと?!」
「『なんぢゃと』じゃないっての!起動したばっかのロイドって、そりゃもう繊細に扱わないといけないのに……………いきなり流血とか白目とか、あまつさえその恐怖の大王が抱きつくとか、軽くキャパ超えんよ!!」
腕の中でぐったりと瞼を閉じるカイトを見下ろし、がくぽは困惑に瞳を揺らした。
「そう聞くと、なんだかアレぢゃの………」
「なんだかじゃないよ、すっごいアレだよ!!」
がくぽはしおしおと項垂れ、叫ぶへきるへとカイトを渡した。
しかし残念なオタクは、箸より重いものが持てなかった。よろめいて落としかけるのを見かねて、再度手を伸ばしたがくぽが、カイトをへきるのベッドへと運ぶ。
丁寧に横たえられた体を眺め、へきるはぺしりと額を叩いた。
「ああ~……………まっず。コートにべったり血ぃついてるわ」
「惨事ぢゃの」
がくぽはしらっとつぶやく。反省の色が窺えないがくぽを、へきるはきりっと睨んだ。
「他人事かよ!」
ツッコんでから、気がつく。その瞳が見開かれ、次いで歪んだ。
「つかがっくん、ドレス……」
「………………………まづいのう…………………」
基調は黒と赤なので、血色は派手には目立たない。しかし、作ったばかりのドレスが血浸し。
「………まあかーちゃんのことだから、てきとーに洗濯機で洗うだろうけど………」
無神経な男らしいことをつぶやき、へきるは白いコートを赤く染めたカイトを、途方に暮れて眺めた。
「問題はこっちだよな」
「まづいか?」
珍しくも殊勝な顔で訊くがくぽに、へきるは首を振った。
「とりあえず再起動は掛けるけど……………このまんまだと、起きてまた悲劇だよな」
嘆息し、へきるはカイトのコートに手を掛けた。ファスナー式のそれを下ろして脱がしかけ――まあ、非力なオタクなので、苦戦してがくぽを見た。
情けなくも、手伝って、と乞おうとした口が、深いふかいため息をこぼす。
「がっくん……………ティッシュ替える。垂れてるたれてる」
「お?おお、いかんいかん」
詰め物のティッシュからすら垂れる量の鼻血ってどうだ。
仕方なくひとりでなんとかカイトのコートを脱がし、ラフなシャツ姿にして、へきるは肩で息をした。
この大きさの男は、人間でも重い。ロイドの軽量化もだいぶ進んだが、羽のように軽いというレベルにはいかない。
そして肝心なことに、成人した男など、脱がしていて楽しくもなんともない。
「あのさ、がっくん……」
「応」
おとなしく応えるがくぽは、ようやく鼻血が止まったらしい。詰め物を鼻から出しても、新しい血のりがこぼれてくることはない。
一瞬言葉に詰まってから、へきるは深いため息をつき、渋面になった。
「ちょっと待て。いいか、待ってろ?!おっとなぁああしく、いい子に待ってろよ?!」
「なんぢゃ?!」
いっしょにデパートに出掛けた時並みの扱いに、がくぽはきょとんと瞳を見張った。興奮して走り回り、ボタンというボタンを押し、スイッチというスイッチを入れる危険性もなく、迷子になる要素もないというのに。
目を丸くするがくぽに構わず、へきるは腰を浮かせる。
「いいか、おとなしくな?!動くなよ?!微動だにすんな!!」
「ぢゃからいったい……」
叫びながら、へきるは慌ただしく部屋から飛び出していく。
「なんぢゃ?用足しか…?」
呆れたようにこぼしてから、がくぽは気がついた。
マスターいない。カイトいる。=カイトとふたりっきり!!
「…………なんと」
途端にそわそわして、がくぽはベッドの上のカイトをちらちらと見た。
男声型だが、骨組みはずいぶん華奢に見える。鎖骨が浮いているのが、首の広いシャツから覗けてわかった。
「………」
動くなと言われた。あんなでそんなでもマスターで、こんなでどんなでも一応、がくぽはマスターに従う。
ゆえに動くなと言われたら。
「――一寸だけ」
「動くなっつってんだ、この落ち武者!!」
「落ち武者?!!」
怒声とともにへきるが駆けこんできて、がくぽの頭になにかを投げつける。
言葉と態度の二重暴力にショックを受けて固まったがくぽに、へきるは床に落ちた『凶器』を拾った。
「ほらがっくん、顔拭いて。そんな血まみれのまんまじゃ、カイト起こせないっての。またショックで止まっちゃうだろ」
「あ………――ああ!」
頷き、がくぽは『凶器』こと濡れタオルを受け取った。ごしごしと無造作に顔を拭うと、白いタオルはたちまち赤く汚れる。
「あとがっくん、着替えておいで。一応、乾く前に軽く水洗いしとかないと、本気でそれ、だめになる」
「まづいの」
「まずいよ」
ふたりして眉間に皺を寄せて、頷き合う。
母親は恐ろしい。どんな母親も。中でもオタ親の恐ろしさは、群を抜いている。
がくぽはおとなしく引き下がると、自室として与えられている和室へ行った。
和室でドレス。
鹿鳴館の再来のような状態のがくぽは、姿見の前に、見慣れない風呂敷包みがあることに気がついた。
カイトが届いた、と聞いてへきるの部屋に行くまで、こんなものはなかったはず。ロイドなだけに、そういった記憶は完璧だ。
覗きこんで、がくぽはつぶやいた。
「『着替え』」
風呂敷の上にあったメモに書かれていたのは、へきるの母親の字だった。
がくぽは思わず戦慄した――カイトが起動する前に出掛けた母親だというのに、どうしてここに用意よく着替えが。まるで今の事態を予測していたかのような。
「げに人間の母とは、おとろしきものぢゃ………」
戦慄しながら、がくぽは風呂敷包みを開いた。