「というわけでカイトはしばらく、俺の部屋で寝起きします」

「なんぢゃと?!」

疲れ果てたへきるの宣言に、がくぽは目を剥く。そのへきるの後ろ、部屋の隅では、カイトが怯えた顔で震えながら、膝を抱えてうずくまっていた。

蛇行×錯綜キューティ-07-

当初の予定では、カイトはがくぽと同じ部屋になるはずだった。

生態はともかくとして、ごく一般的な日本家庭の一軒家である杉崎家だ。すべての家族に、ひとり一部屋を与える余裕はない。

だが。

「起動したてのカイトは不安定ぢゃと言ったのは、マスターぢゃぞそんな不安定なカイトを、オタクも引くド級変態オタクのマスターの部屋で寝起きさせるぢゃと?!!我は断固反対ぢゃ!!」

「しゃかしぃっ!!」

叫ぶがくぽに珍しくも怒鳴り返し、へきるは背後でびくびくうさぎちゃん状態になっているカイトを指差した。

「がっくんといっしょの部屋にしたら、カイトの貞操の危機だ!!て――っっ」

言ってから、自分の言葉に頽れかけるへきるだ。

なにが悲しくて、男の貞操の危機を心配しなければいけないのだ。

しかして実際問題、ことは逼迫している。危機的だ。まさに貞操の危機。

へきるは懸命に体勢を立て直すと、きりりとしてがくぽを睨み据えた。

「がっくん、自分で言ったよな。オタクと変態は許容範囲だけど、犯罪者はダメだって。俺もおんなじセリフをがっくんに返す!!」

びしりと指を突きつけて言われ、がくぽは神妙な顔でこっくりと頷いた。

「大丈夫ぢゃ、マスター」

花色が真摯な光を宿して、へきるを見つめる。

「うまく丸めこむ」

「しゃげぇっっっ!!」

言葉にもならずに叫んだへきるに、さすがにがくぽも少しだけ反省した。

だがカイトと同じ部屋で暮らしたい。傍に置いて、かわいいかわいいと愛でたい。

「ならばマスター」

「きゃっかっっ!!」

話も聞かずに『却下』して、へきるは部屋の扉を指差した。

「がっくん、ハウス!!ちょっと部屋で頭を冷やして、反省してきなさい!!」

「わんっ」

素直に鳴いて、がくぽは立ち上がった。

未練は山ほどあるし、納得もしていない。

だが、マスターが怒っている。滅多に怒らないへきるが。

なにゆえ滅多に怒らないかといえば、主に小心者で、逆ギレされたときのことを考えると怖くて、簡単にはキレられないという。ある意味とても正しいオタクだ。

そんなチキンを極めたへきるが簡単にキレる相手は、ほぼほぼ決まっている。その相手に、がくぽは含まれていない。

つまり、今これだけへきるが怒っているということは、恐怖も飛び越えるほどに腹に据えかねたということだ。

自分の頭を冷やすためというより、へきるの頭が冷えるのを待って対策を打とうと、がくぽはおとなしく引き上げた。

そのがくぽを見送って、へきるはため息をつく。

なんだかんだでアレやコレやな性格に育てたとは思っていたが、それでも常識人の一角は担っていたはずだ。まさかこんなところで一足飛びに、犯罪者街道を走り出すとは。

「………………………あの、マスター」

後ろで震えていたカイトが、へきるの服の裾をちょんちょんと引っ張る。ちなみにその肩には、花魁風の着物を羽織ったままだ。

下に着ているデフォルトのシャツとスラックスとミスマッチだから、全部着替えさせるか。

一瞬浮かんだ考えに、へきるは慌てて頭を振った。

きれいだと歓んではいたが、いきなり女物に着せ替えたりしたら、そうでなくてもアレなのにアレ過ぎる。本気で情緒の危機だ。

「あのな、カイト………」

振り返ってカイトに正対し、へきるは頭を掻いた。

「なんかほんと、ごめんな。がっくん、別にカイトのこと、キライでいじめてるわけじゃないんだよ。いや、そもそもいじめてるってか………………まあ、『好き』の気持ちが暴走しちゃって、あんなんなってるだけで」

なんだかんだと言っても、一つ屋根の下に暮らし、寝食を共にして、趣味を共有してきた相手だ。こんなことになっても、一方的にアイツが悪いとは責められない。

がくぽにとっては不本意極まりないだろうが、へきるは彼のことを、手の掛かる弟のようにも思っていた。

だからなおさら、悪いとは言い切れなくなる。

「って言ってもやっぱり、しちゃいけないことはいけないことだからな。『好き』の一言でなんでも許されると思ったら、大間違いだ」

妙に実感を込め、へきるはうんうんと頷く。

「『すき』……………………」

カイトはぼんやりとつぶやいた。

もともと鈍そうな瞳が、さらに虚ろになって、ぶるりと震える。

起動したてのロイドとしては、最悪な経験を重ねたと言ってもいい。旧型や新型と関係なく、初起動時のロイドの環境には、それはそれは細やかに神経を使う必要があるのに。

場合によっては、精神崩壊を起こしていてもおかしくないだけの、経験だった。

「カイト」

気遣わしげに呼んで、へきるはカイトの頭を撫でた。

そんなことをされて悦ぶ年齢設定ではないが、なにはともあれ、ロイドというものはマスターにやさしくされると和むものだ。

撫でられるねこのように瞳を細めて、かすかに微笑んだカイトに、へきるは少しだけ安堵した。

ますます頭を撫でてやって、笑いかける。

「がっくんにはちゃんと言って聞かせるからな。それまでは窮屈だろうけど、俺とおんなじ部屋で我慢な?」

「窮屈だなんて」

申し訳なさそうなへきるに、カイトはきょとんと瞳を見張る。

「マスターといっしょなんて、うれしいです。こちらこそ、不束者ですけど、よろしくお願いします」

居住いを正して指までつき、ぺこりと頭を下げたカイトに、へきるは天を仰いだ。

その挨拶は間違っている。ありとあらゆる意味で。

だが問題はなによりかにより。

「カイト」

へきるは重々しく、告げた。

「カワイイの禁止」

「ほえ…………ええええええええ…………っ?!」

カイトの困惑の日々は、始まったばかりだ。