白うさぎの執事を従えたハートの『女』王様は、尊大に腕を組み、へきるを睥睨した。

「よし、マスター。ここで会うたもなにかの縁ぢゃ。せつらの良い所をひとつ挙げよ

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「いやがっくん、開口一番にその無茶ぶりってナニ?!!」

美少女キャラクタも麗々しい巨大紙袋を両手に提げたへきるは、あまりのことに悲鳴を上げた。

しかしハートの『女』王様ことへきるのロイド、がくぽは、いつもの通りにそんなマスターにまるで構わない。

「挙げられぬなら、マスターのはづかしい過去九歳の八月編を語るぞ?」

「なにそのピンポイントさ加減!!ていうかがっくん、ここどこだかわかって言ってる?!」

往来だ。

もっと言うと、平日の真っ昼間であるのに、なぜか『いい若いもん』が大量にぶらぶらしている、首都東京の一地区、某電機街だ。

ハートの『女』王様と、お伴の白うさぎ、そしてキャラクタ紙袋を提げたへきるという取り合わせが、違和感なく溶け込む街。

そう――まあ、これ以上言っても仕方ないが。

大学を自主休講にしたへきるは、ひとりで買い物に来ていた。探していたレアものゲームが入荷したと、馴染みの店の店長から連絡があったのだ。

その買い物にがくぽとカイトを伴わなかったのは、なによりもOTAKUな買い物を心ゆくまで満喫するためだ。

がくぽはあれやこれやとひとのペースを掻き乱すのが得意だし、カイトに至っては――

まあ、変態オタク道の師範代を務めるへきるにだって、汚れて欲しくない相手も、たまには存在する。

その汚れて欲しくない相手は現在、頭に白いうさ耳を装着のうえ、執事服着用で、目の前に立っているわけだが。

金鎖のついた片眼鏡まで掛けたカイトは、服の効果も相俟って、いつも以上に大人っぽく見えた。頭でうさ耳がみょんみょんしているが。

そのカイトの傍らに立つがくぽはというと、今日も今日とてヴィクトリアン・クラシカルな――有り体に言って、ドレスだ。

しかも、大分アレンジこそしたが、背中にはリボンの代わりに巨大なハートを背負っている。

高く結い上げた髪もハートモチーフのピンで留め付けているし、今日の装いのコンセプトはつまり、『ハートの女王さまと白ウサギの執事』。

そのうえで履いたヒールの高いブーツと化粧の効果も相俟って迫力満点の美々しい『女』王と、ほわわんと和んでしまう、愛らしいうさぎの執事の取り合わせには、ひきも切らずにケータイが向く。

「さあマスター、早う言え。あんなでもこんなでも、せつらとの付き合いもン十年続いておるのぢゃ。良い所のひとつくらいあろう」

「付き合いがあるのといいところがあるのは、まったくの別もんだってば!」

注目にも構わずに非道なことを促すがくぽに、へきるは金切り声を上げる。

ハートの女王は鷹揚に頷いた。

よし、首を切れ→でははづかしい過去話、九歳の八月編ぢゃ」

台詞の修正の意味はあまりない。首を切れと言われたも同然だ。

へきるに厳然と告げたがくぽは、打って変わって甘い笑みを浮かべ、傍らに立つ執事をやわらかく見下ろした。

「カイト。カイトも聞きたかろう?」

うさ耳をみょんみょんさせたカイトは、にっこり笑って頷く。

「はい、恥ずかしいマスター、聞きたいです!」

「かかか、カイトカイトカイトっっ?!!」

まさかの敵の出現に、へきるは目を剥く。

無邪気で素直なのも取り柄だが、なによりもとにかく、やさしいことが最大の長所であるカイトが、まさかの。

へきるは目を剥いたまま、泡でも吹きそうな顔をがくぽへと向けた。

「ががが、がっくがっくがっくんカイトにナニしてくれた?!」

躊躇いもなくがくぽを問い詰めるあたり、普段の行状が知れる。

がくぽは『女』王らしく、高らかに笑った。

「我はただ、カイトが『はづかしい』と啼くたびに、『かわゆい』と吹きこんでやっただけぢゃ」

「悪魔のインプリティング!!」

へきるは震え上がって叫んだ。

カイトが『恥ずかしいと啼く』場面といえば、アレに限定される。

そうでなくても素直なカイトが、さらに思考をふやんふやんに蕩かされた状態で、『恥ずかしい』と言うたびに、『かわいい』と返すのだ。

カイトの中で、『恥ずかしい』=『かわいい』の図式が出来上がっていることは、疑いようもない。

「がくぽさんがくぽさんっ、早く恥ずかしいマスターの話、してください!」

「か、カイト………!!」

往来でキャラクタの紙袋を提げたまま、へきるは頽れかけた。

カイトの笑顔はどこまでも無邪気で愛らしい。悪意など欠片もないのだ。

だが言っていることが危機的だ。

このままではカイトは『天然無邪気』ではなく、『天然無邪気なS』になってしまう。蓋を開けて見てみれば、むしろMなのだが。

きらきらの笑顔で強請るうさ耳執事に、がくぽは微笑を浮かべた。へきるの鍛えられた危機察知能力が働く。

ひとりで出掛けるというのに、ここ最近の習慣でつい、持ち出してしまった箱ティッシュを取り出し、蓋を開いて中身を掴みだした。

そしてがくぽの顔に叩きつけるまで、実に一秒とかからない。しかも両手にはきちんと、紙袋を提げたままだ。

凄まじいまでの早業――もしかしたらへきるはきちんと育てれば、超人的な能力を発揮するヒーローになったのかもしれない。

究極の変態オタクとして育ち切った現在、言うべきことは特にないが。

「愛いのう……!!」

「はゃや…っ」

へきるの見極め通り、がくぽが押さえるティッシュはみるみるうちに赤く染まっていった。

すでに連日のようにアレもコレもしているというのに、一向に改善される様子がない萌えスイッチだ。むしろ言葉を変えると、らぶらぶだ。

いつまで経っても鼻血を吹くほど、コイビトがかわいらしいとか。

血の色に若干引いたカイトに、へきるはわずかに安堵した。

これで血を見ても平然としているカイトになったら、それこそS様への転向を果たしたということだ。

決して泣かせたくもないし怖がらせたくもないのだが、それはそれ、これはこれだ。

「さてでは、マスター。そろそろ時間切れとなるが」

なんの?」

まったく素で返したへきるに、新しいティッシュを鼻に当てたがくぽは、眉をひそめた。

せつらの良い所ぢゃ。惚ける気なら、今すぐにでも」

「っわーわーわーっっ!!待てまてまてがっくん!!今考えるすぐ考える!!」

ここで、せつらのいいとこなんていっこでもあるか!!と叩き返すと、がくぽはもれなく罰ゲームを開始する。

時間切れだと宣言されても罰ゲーム決定だが、とりあえず考える時間はくれるのだ。その間になんとか事態の打開を図り、罰ゲームを回避。

かつ、せつらのいいところ、などという、三次元上には存在しないものを挙げさせるという無茶ぶりも回避したい。

ちなみにせつらのいいところなど、二次元にも四次元にも五次元にも存在しない。少なくとも、へきるにとっては。

「ようようまぢめにやる気になったか。さてではカイト」

「はい」

ようやく鼻血が止まったらしい。ティッシュを離したがくぽに、カイトはウェットティッシュを差し出した。

鷹揚に受け取り、がくぽは肌にこびりつく血のりを拭き取り、持ち歩いているゴミ袋に捨てる。

ここら辺の連携と手際の良さは、慣れたものだ。いやな感じに。

そのうえで、がくぽは改めてにっこりとカイトに笑いかけた。

「待っておる間、退屈ぢゃろうからの。マスターのはづかしい話、十一歳の二月編を語ってやろう」

「わ」

「っしゃぎゃあっっ!!」

「んきゃっ!!」

歓声を上げようとしたカイトに、へきるの人間を止めた叫び声が重なる。

竦み上がってしがみついたカイトを、がくぽは愉しげに笑って抱きしめた。

「がっくんがっくんがっくん、なにそのどっちに転んでも俺が死ぬフラグ?!なんのための罠なの?!」

美少女のキャラクタ袋を提げたまま迫るへきるに、がくぽは軽く返した。

「つつくと愉しいからぢゃ」

「ぎゃふん!!」

「口で言った?!」

無体な返答に対するへきるの叫びに、がくぽはカイトを抱きしめたまま目を丸くする。

抱きしめられたカイトのほうは、話が見えないまま、ねこのようにがくぽに擦りついた。現在、うさぎなのだが。

ちなみに、がくぽに抱きついたことで半ば見えた尻には、白いふわふわのうさぎしっぽがあった。道理でさっきから、尻へとカメラを向ける人間があとを絶たなかったわけだ。

いつものことながら、母親の容赦のないコスプレ魂に、この年になってもへきるは戦慄した。

もちろん、依頼したのはへきるだ。

「がっくん、あのな」

目を据わらせて迫るへきるに、がくぽは仕方なさそうに手を振った。

「わかったわかった。我とカイトはしりとりでもしていようから、存分に考えよ」

「しりとり好きだな、がっくん!」

今に始まったことではないが、へきるはちょっと呆れて足を引いた。

それはそれとして、なんとか早く考えをまとめなければならない。

がくぽはしりとりが好きなだけでなく、オニ強い。むしろ悪魔の領域だ。

対するはカイトだ――勝負になる気が、まるでしない。

カイトが負けた時点で、へきるへと戻ってくる。想像以上に事態は厳しい。

大学受験のときにもこれほどまでではなかった、というほどに頭を高速回転させるへきるの前で、がくぽは体を離したカイトへと微笑みかけた。

「我と少々、遊ぼうかの。しりとりぢゃ。ルールは覚えていようの?」

「はい、出来ます!」

基本的にがくぽに構っていてもらえば満足なカイトは、瞳をきらきら輝かせて頷く。

がくぽはうれしそうに、素直なカイトの頭を撫でた。

「では、我からゆくからの。『スロバキア』」

「『あ』『あ』ですよね………あー、あー、…『アイス』!」

へきるとのしりとりだと、『古今東西』などの制限を設けるがくぽだが、さすがにカイトが相手だと、そこまではしないらしい。

それならまだ望みはあるか、とへきるは胸を撫で下ろし――しかし、せつらのいいところって、現世にも存在しないが、過去世にも来世にも存在しないものを、どう対処しろというのか。

悩むへきるを放って、がくぽはにこにこと満面の笑みで、次の言葉を考えた。

「『す』ぢゃな。うむ…『スカンジナビア』」

「あ………あー、あー、…………『アイス』!」

「『スロベニア』」

「あ……あ、『アイス』!」

「『スーベニア』」

「あ、あ、あ……『アイス』!」

「『ス』――」

「ぃいいい加減にしろぉおおおっっ!!」