堪えきれず、へきるは叫んだ。
いつ終わるかいつ終わるか気が気でなくて、聴覚を半分残しておいたのが間違いだった。
がくぽとカイトがやっていることは、ほとんどリアルに『クリームパイ』だ。こんなあほな現実があるとは思わなかった。
カレー粉抜きカレーミルクバター風味-02-
「おやマスター。思いついたかの」
しらっと訊くがくぽを、へきるはぎりぎりと睨んだ。
「その前に聞いて!!言わせてっっ!!がっくんたのしい?!!」
ずい、と身を乗り出して叫ぶへきるに、カイトを抱き寄せたがくぽは、にっこりと微笑んだ。
「これ以上なく愉しいぞ?」
「ですよね!!」
なぜ敬語か。
とはいえ基本的に、愉しくないことは容赦なく排除するがくぽだ。放り出しもせずに続いている時点で、愉しいのだと宣言しているようなものだ。
しかもカイトへの淀みのない応え方からして、このあほなしりとりは初めてではないし、かなりやりこんでいる。
つまり、とてもお気に入り。
へきるが同じことをやったが最後、容赦のない罰ゲーム地獄に晒されるというのに、この贔屓ぶり。
「さてマスター。声を掛けてきたということは、答えが出たということぢゃろう。是非にも聞かせてもらおうか」
「げはあっ!!」
しかも自分の首を絞めた。
人間として限界の顔になっていくへきるに、がくぽはまるで容赦しない。
「もし用意もなく声を上げただけだとしたら、はづかしい話九歳の八月編だけでは済まぬぞ?十三歳の六月編も明らかにしてくれよう」
「ががががっくん!!」
ムンクの叫び状態のへきるを笑い飛ばし、がくぽは腕の中のカイトへと蕩けるように甘い笑みを浮かべた。
「十三歳の六月編は一寸、スペクタクルぢゃぞ?ぬしも聞きたかろう?」
「すぺくたくる………!!聞きたいです!!」
きらきらと顔を輝かせるカイトはかわいい。かわいいが、危機だ。
「ってかがっくん、さっきから気になってたんだけど、なんで思い出話がそんなにピンポイントかつ具体的なの?!」
普通、よほどのことでもない限り、思い出話はもっと曖昧なものだ。小六の夏ごろ、とか、中学生の梅雨くらいに、とか。
何歳の何月は、あまりに具体的過ぎる。
ツッコんだへきるを、がくぽは呆れたように見た。
「マスターは我をなんぢゃと思っておるのぢゃ?ロイドぢゃぞ。人間のように、曖昧模糊とした話など、ようせぬ。するなら具体的かつ見てきたようにリアルにその場を再現するかのような臨場感で」
「ぁああああああっっ!!」
恥ずかしい過去を生々しく蘇らされたりしたら、悲劇以外のなにものでもない。
美少女紙袋を持ったまま頭を抱えるへきるに、がくぽは軽く上を向いて、なにかを確かめるようにした。
「それにしても随分と待たされておる。我は気の長いほうぢゃが、これでいて用事があって急いでおるのぢゃ。そうそうマスターとも遊んではおれぬ」
しらっと吐き出される言葉に、へきるは目を剥いた。
そういえばがくぽの足元には、紙袋が置いてある。へきるの母親が好んで使うブランドの、紙袋だ。
つまりおそらく現在、がくぽとカイトは母親のお使い中。
「いやいやがっくん?!!用事あるなら」
「ゆえにあと三分して話し出さぬなら、九歳の八月編、十三歳の六月編、十七歳の九月編の三本立てにしてくれる」
「ひぎぃっっ!!」
用事があるなら、そもそもこんなところでへきると遊びださなければいいのでは、という理屈は、がくぽには通用しない。
がくぽにとって、生きているということは、遊びそのものだ。すべてのことが、遊びのついでに存在している。
「恥ずかしいマスター、いっぱいですね!」
「ぐはっ」
天然無邪気S、いいかもしれない。
きらきらしい笑顔のカイトによろめきかけ、実際によろめいて、へきるはぐらぐらと揺れた。
だから、蓋を開けて中身を見れば、Mなのだ。だがしかしそれもそれでまた。
「いやいやいや正気!!そして見よ、オタク街道驀進してきて鍛え上げた危機回避能力!!」
所見を言うなら、オタクの危機回避能力は低い。視野が狭く、広範囲が目に入らないからだ。
しかも走り出すと、曲がれない。ぶつかるまで直進する。猪か。
へきるは足を広げて踏ん張ると、がくぽをきっと睨み据えた。
「だいたいがっくん、このゲーム、俺になんのメリットがあるよ?!せつらのいいところなんか言わされて、それではいお終い、だとしたら、どっちに転んでも俺にはデメリットしかないだろ!俺のメリットは?!」
「ふむ。褒美か?」
がくぽがたじろぐことはなかった。伊達に女王の扮装などしていない。
嫣然と微笑むと、哀れがましく吠える庶民を尊大に見下ろした。
「では、美事答えられたなら、我にある七つの秘密機能の」
「ててて、ちょちょちょ、がっくん?!秘密機能って」
瞳を見開くへきるに構わず、がくぽは指を二本立てる。
「二と六を教えてやろう」
「なんで一からじゃなくて、そんな飛びとびなの?!!」
以前もさらっと流されたことはあるが、がくぽに秘密機能があるなど寝耳に水だ。
へきるが目を剥くのはもちろん、カイトも目を剥いた。
「え、二と六を教えちゃうんですか?!だってあれって!!」
「んなななな?!!カイトが知っている?!!」
目を剥くの意味が違った。
さらに目を剥くへきるに、カイトは困惑した顔を向ける。
「え、だって、常識でしょう?ロイドの秘密機能っていったら――むぐぐ」
なにか言いかけたカイトの口を、がくぽの優美な手がやさしく、しかし厳然と塞ぐ。
瞳を細め、がくぽはくちびるを笑ませた。
「よしよし、良い子ぢゃ。しかし今回は景品ゆえな。それ以上言うてはならぬ」
がくぽに口を塞がれたことで、カイトの言葉は途中で終わってしまった。
しかし文脈から判断するに、『がくぽに秘密機能がある』というより、『ロイド全体に秘密機能がある』ようではないだろうか。
ということはもちろん、カイトにも秘密機能が。
「え、どうすりゃいいの?!まったくやりたくないのに、ふつふつと湧き上がるこのやる気?!」
好奇心はねこをも殺す。
わかっていても、湧き上がる好奇心はへきるがイキモノである証だ。
どうにかして話を誤魔化そうと思っていたのに、なんとしても答えて秘密機能を知りたいと思ってしまう、この巧妙な罠加減。
がくぽに秘密機能、でももちろん闘志は湧くのだが、さらにカイトまでとなると。
がくぽはこっくり頷いた。
「うむ。我にここまで言わせたのぢゃ。これでもし、期待を裏切るようなことがあってみよ?九歳の八月編、十一歳の二月編、十三歳の六月編、十七歳の九月編の四本立てを」
「増えてく!!すっごい勢いで増えてってる!!」
戦慄するへきるを、がくぽは据わった目で見た。
「拡声器を用いて語ってやる」
「ごはあっっ!!」
往来で普通に話されてもアレなものを、拡声器使用。しかもハートの『女』王様が、その美声をふんだんに用いて、臨場感たっぷりに朗々と。
路上パフォーマンス以外のなんだと。
今すでに注目の的だというのに、パフォーマンスなど始められた日には。
「せ、せせせ、せつ、せつらの、いぃいいいぃいいいとことこころっっ」
もはや回避策などを悠長に探している場合ではない。
捏造でもでっち上げでも口からでまかせでもいいから、とにかくなにかしらひねり出さなければ、本気で命に関わる。
あれでいて、せつらも人間だ。適当でいいなら、なんとでも言える。
せつらならではの、とか、誰が聞いても納得の、とかの条件がない以上、なんでもいいということだ。
がくぽはそういうルールは初めに明らかにしておくから、言われていない以上は、なんでもいいはずだろう、で押し切っても受け入れる。
だからごく一般的に言われているような、顔がかわいいとか、手先が器用だとか。
「ぉおおおおおっっ!!アレは人間を騙すための、悪魔の仮面だっっ!あの手がこれまでに犯してきた、悪事の数々よっっ!!」
「ふむ。どうやらようやく、まぢめに考え出したようぢゃの」
――どうやら本当の敵は、自分らしい。
往来であることも忘れて頭を抱え、シェークスピア劇の主人公より深く懊悩するへきるに、がくぽは平然と頷く。
そのがくぽの袖が、ちょいちょいと引かれた。
「んっと、がくぽさん」
「ん?なんぢゃ?」
やさしく微笑んで見つめてきたがくぽに、カイトはうさ耳をみょんみょんさせながら、首を傾げた。
「あのね、たとえば俺だったら、がくぽさんのいーとこ、いっこだけ言えって言われたら、すごく困ると思うんです」
「そうなのか?」
意外そうに瞳を見張ったがくぽに、カイトはまじめそのものの顔でこっくりと頷いた。
「はい。だって、いっこしか言えないんですよ?どれもこれも全部、いちばんいーとこなのに、いっこだけ選べって言われたら、どれを言えばいいのか、すっごく困ります」
「ほう」
かわいらしい答えに、がくぽはうれしそうに瞳を細めた。
「我の良い所は、それほどたくさんあるか」
「もちろんです!!いーーーーっっぱい!!です!!」
力強く宣言してから、カイトは天使のごとく無邪気な笑みを浮かべた。
「だからね、がくぽさん。マスターもせつらさんのいーとこ、いっこしか言えないから、あんなに困ってると思うんです。いーっぱい言っていいよ、に変えてあげたら、ダメですか?」
「……………カイト」
どうやら天然無邪気なSでいいようだ。
笑顔のまま、がくぽは戦慄した。
単にカイトは、へきるとせつらの仲をわかっていないだけで、しかもマスターのためを思っての提案なのだが、それにしてもあまりに発想が悪魔過ぎる。
さすがのがくぽといえども、そこまでは。
「ナイスアイディアぢゃ。とりあえず、次の機会にでも試してみるかの」
忘れないようにとメモリにブックマークまで付け、がくぽは頷く。
カイトは無邪気に首を傾げた。
「今じゃダメですか?」
「そうぢゃな、今は――」
「エウレカ!!」
嫣然と微笑んだがくぽが言葉を続けるより先に、へきるが絶叫した。
往来で、以上に、どんな場所であっても人としてやってはいけない顔になっている。
そのまま、へきるは地獄の亡者のような声を陰々と轟かせた。
「十三歳の十一月中旬にお○ャ魔女の食玩のお○ぷちゃんのチャームをくれたぁああああ!!」