The War of the Princess on the Pea-前半戦-
ベッドに入ったカイトは、落ち着かずにもぞもぞと身じろいだ。
「おい。大人にしろ。寝られん」
「って、言うけど、がくぽ…………っ」
後ろから抱くがくぽに低く叱られたものの、カイトは大人しくできない。
シングルの狭いそこに、成人男性が二人だ。抱き合ってぴったりと密着しても、微妙に落ちそうな危惧がある。
これまで、なんだかんだで同衾をくり返し、落ちたことは一度もないが――
「え、えっと…………………………………し、しない、の?」
すでに照明も落として暗い中、カイトは懸命に首を巡らせて振り返り、がくぽの表情を窺う。
カイトを後ろ抱きにしたがくぽは微妙に眉をひそめたまま、しっかりと瞼を落としていた。
『寝ます』と、全力で主張している。
「しない」
「で、でも…………」
表情のみならず、声音でもってもきっぱりと『寝ます』と宣言するがくぽの意志は、おそらく固い。
だとしても、カイトは戸惑いに震えてがくぽを見つめた。
「あ、あの、あ、…………あたって………」
「放っておけ!」
躊躇いがちに指摘したカイトに、がくぽは瞼を落としたまま吐き捨てた。カイトを抱く腕には、ぐっと力が入る。
そうやって引き寄せられると、さらに――
「だって、がくぽっ」
「だから放っておけ。寝ろ。刺激しなくば、勝手に治まる」
「かも、しれないけど、っ」
食い下がるカイトは、ほとんど涙声だ。
がくぽは抱く腕に力を込め、頑固に瞼を落としたまま、しつこく『寝ます』宣言をくり返した。
「こんなものは反射だ。いちいち取り合うな。気にするな。いくらどうでも、連日していられるか」
「……………っ」
厳しく吐き出され、反論は拒まれる。
カイトはくちびるを噛むと、前に向き直った。布団の中にもふんと顔を埋め、自分を抱くがくぽの腕に手を伸ばす。
狭いので落ちないようにという以上に、決して逃がさないという強い意志でもって抱える腕に、触れようとして――
「………っっ」
さらにきゅっとくちびるを噛むと、カイトはわずかに身じろいで床へと手を伸ばした。
ベッド脇の床にクッションを置いて定位置としている、リリィが作ってくれたがくぽ人形を取る。きゅううっと力を込めて、胸に抱いた。
「おい」
「おやすみっ、がくぽっ」
微妙な声を上げたがくぽを無視し、カイトは抱いた人形の頭に顔を埋めると瞼を落とした。
「…………ふん」
「…………」
妙な雰囲気の沈黙が一瞬漂ったが、がくぽがそれ以上、カイトになにか言うことはなかった。
ただ、抱く腕の力が緩むことはないまま――
「…………っっ!!」
ベッド脇の床に正座したカイトは、ぷくぅっと頬を膨らませ、両手を伸ばした。容赦なく相手の頬をつまむと、きゅぃいっと捻り上げる。
「っだからっっ!!そんなコーフンして、がちがちになったものくっつけられてたら、寝にくいって言ってるんでしょっっ?!」
きゅぃいっと捻り上げた頬をさらにぐにぐにと揉んで、カイトは憤然と叫ぶ。
「がくぽもだけど、俺も!ぅうん、俺がっ!!寝にくいんだっていうのっ!!そんながちがちにして、あっつくって…………っっ」
憤然と吐きこぼしていたカイトだが、言葉は尻すぼみに消え、折れんばかりに力の入っていた指も緩んだ。
相手の頬から手を放すと、ベッドにぽへんと腕を落とし、頭も預けて力なく項垂れる。下半身だけが落ち着かずに、もぞついた。
「そんな、がちがちであっついの、お尻にごりごりくっつけられたら……………………うずうず、しちゃうのに……」
ほんわりと朱に染まってつぶやき、カイトは視線だけ上げた。
腕を伸ばすと、ベッドにこてんと横たわる相手――がくぽ本人ではなく、形代に作られた人形を抱き寄せる。膝に乗せると、つまんで捻り上げた頬を慰撫するように、ふにふにと揉んだ。
「………ごめんね?痛かった、よね………」
つぶやく声はやさしさを取り戻しても、力が入ることはない。
カイトは項垂れて懐いたまま、虚ろな瞳で一人寝用のベッドを眺めた。
以前は、カイトが寝入ってから勝手にベッドに潜りこみ、無理やり同衾していたがくぽだ。
しかしめでたく『入籍』し、二人は建前だけの兄弟から、晴れて『夫婦』となった。
夫婦となったのだから、相手が寝入ってからこっそりと布団に入りこむのではなく、最初からいっしょに寝ようと――
カイトの念願の提案が容れられたのまでは、良かった。
問題はその後だ。
二人は漫然とこれまでの習慣通り、カイトの部屋のカイトのベッドで寝た。
シングルだ。いくらなんでも成人男性二人では狭い。当然、密着する。
がくぽがカイトを後ろ抱きにして、さらにぴったりとくっつき合って――
つまり、がくぽだ。
なんとなしに旺盛な性質なのだろうとは思っていたカイトだが、想像以上だった。
単に同衾するのみならず、数日おきにはきちんと『夫婦の営み』もしている。にも関わらず、がくぽはベッドに入ってカイトを抱きしめると連日、勃起した。
狭い以上、密着しないわけにはいかない。密着するとどうしても、がくぽが反応していることが、押しつけられるものの感触でわかる。
それで連日カイトに、ヤらせろと迫ってくるなら、まだいい。なにも挿入までせずとも、発散させる方法はいくらでもある。そのための手を尽くす気は、カイトには十分あった。
しかしがくぽは、こんなものは反射的なものだから放っておけば治まる、相手にするなと言って、寝てしまう。
熱く硬く滾るものを、カイトの腰にぴったりと押しつけたまま。
確かに寝てしまえば、治まらざるを得ない。寝てしまえば。
そんなものを押しつけられて、ゆっくり寝る気分になるかという話だ。
「なにが、連日してられるか、だっ。だったら毎日まいにち、ボッキするなっ!ひとに押しつけるなっ!俺のこの、やり場のないうずうずむらむらを、どーしてくれんの、がくぽ………っ」
抱いた人形の頬をむにむにと揉みながら、カイトは結局また、ぷくんと膨れてこぼす。
がくぽが言い出したら聞かないのは、夫婦になってからも相変わらずだ。思うがまま、押し通す。
どんなに張り詰めようとも、しないと言ったらしない。意志が強固で安心できるとも言えるが、逆に言って柔軟性に欠ける。
兄弟時代からの諦めもあって、カイトはがくぽを説き伏せる気がそもそもない。
ないが、欲求不満のあまり、微妙に寝不足だ。ロイドでありながら寝不足など、愚に過ぎる。
その頑固一徹な亭主関白さまといえば、無言で不機嫌を募らせる奥さんの相手もせず、今日は朝食を食べるとさっさとどこかに出かけてしまった。
行き先を教えてくれなかったが、カイトも訊かなかった。一人になって、頭を冷やしたかったのだ。
好都合だと自分の部屋に篭もり――
「……………さらにものっすごく好都合に、なんでか、洗濯前の羽織があったりしちゃうしね………」
疲れたようにつぶやいて、カイトは膝に乗せて八つ当たりをしていた人形から、ベッドへと目を移した。
項垂れて頭を預けた先に、がくぽの羽織が置いてある。洗濯前の籠から拝借してきた、要するに『使用済み品』だ。
「……………」
相変わらずぷくんと膨れたまま、カイトはほんのりと頬を染めた。体を起こすと羽織から人形へと目を移し、落ち着きなく下半身をもぞつかせる。
そわそわと手を彷徨わせたものの、堪え切れずに羽織を取った。
「が、………『がくぽ』だしねっ!ちゃんとしたおよーふく、着ないと、ねっ」
部屋にいるのは、カイト一人だ。誰に言い訳しても、意味がない。
それでも言い訳し、カイトは人形にがくぽの羽織を着せかけた。
大きな部類に入る人形だが、所詮は赤ん坊サイズだ。れっきとした成人男性であるがくぽの羽織は、ぶかぶかで余る。
「………っ」
しかしカイトの表情は怒りを忘れて輝き、=がくぽである人形を、愛おしさに溢れてきゅううっと抱きしめた。
人形にも香りが忍ばせてあるが、羽織から立ち上るのは生身に近い、愛しい男の香りそのものだ。カイトの表情は陶然と蕩けて、香りだけでなく触り心地もいい羽織へ、夢中になって鼻を擦りつけた。
「ぁ、ん………っん、め………っ、…………がまん、できな………っ」
――欲求不満の身だ。
カイトは妖しい声をこぼすと、人形をさらにきつく抱きしめた。
=がくぽだが、≠がくぽではない。カイトの『がくぽ』の背中は、もっと広くて、もっと硬くて――
「………っん、っ………………ん、が、がくぽ………の………ばかぁ………っ」
あえかな罵りに、聞こえるか聞こえないかという、衣擦れの音が被さる。
人形をベッドと自分とで挟み、カイトは着せかけた羽織をはむんと口に咥えた。きゅっと目を閉じると、ベッドに額を預ける。
躊躇ったものの堪え切れず、余る裾は手に持った。
香りもだが、触り心地もいい生地だ。体のどこに触れたところで、心地よさは変わらない。どこであろうともだ。
ましてや、愛しい男が着ていた――
「…………っ、ん、………………っっ!」
程なくしてカイトは小さく呻き、丸まった背中がぶるりと震えた。