とろりと蕩ける、甘い笑み。
「ね、がくぽ。おやつ………食べて、ね?」
笑みのみならず、耳から思考を灼かれるように、甘い声――
おかしのいえのおかしなふうふ-01-
がくぽはきりきりぎりぎりとひそめた眉間に、手を当てた。そうやってようやく吐き出す、苦々しい感想。
「貴様というやつは………どこまで悩ましい嫁だ………!!」
突出した美貌の持ち主が、がくぽ――神威がくぽという、シリーズだ。しかしがくぽは今日も今日とて、その美貌をこれでもかと、無残なまでに崩壊させていた。
喜怒哀楽にして『怒』に相当する表情なのだが、純粋に憤りに染まるとか、そういう表現のレベルではない。
凶悪過ぎるのだ。
しかし補記するなら、今日のがくぽは単純に凶悪なだけでもなかった。垣間見えるのは、胃痛だ。心痛とも言い換えられる。
がくぽはつい最近、長く恋に恋い焦がれた相手を妻として迎えた。
概ねちんぴらに喩えられる言動が散見されるがくぽだが、この新妻のことは溺愛している。溺愛していてもちんぴらな言動は取るが、結論的に非常に甘い。
そう、問題は『甘い』ということだ。
「ね、がくぽ………はやく……」
「貴様というやつは………っ」
蕩けて滴るような甘い声でがくぽを急かすのは、妻――こと、カイトだ。常に揺らぐ瞳を熱に潤ませ、白い肌を羞恥に染め、ついでに全身、ホイップクリームに塗れて。
がくぽは甘いものが嫌いだ。
成年男性であるということに加え、そもそも『サムライ』をモチーフにしたのが、がくぽのシリーズだ。社会通念的なもので、デフォルトでは甘いものが苦手なように味覚が設定されている。
だからカイトのことは溺愛しているが、彼ががくぽのためにと、時間があれば作る甘いおやつはどうしても好きになれない。
いや、それ以前に、がくぽは常から甘いものは嫌いだと、カイトに言っている。
言っているが、カイトが作るのは毎回、甘いものだ。和洋中とあれ、甘さも控えめにしてくれてはいるが、スイーツと言い換えられる、甘いもの。
――がくぽの溺愛に応えてくれない、冷めた愛情を持っているのがカイトというわけではない。
カイトもまた、がくぽのことを愛している。間違いない。
ただ、ひとつだけ難点があるとするなら、カイトは愛する夫の言うことを、すっぱり聞き流す傾向にあった。まったく耳を貸さない。
わりと致命的な難点だったが、それも含めてがくぽはカイトを溺愛していた。
が。
「俺の言うことをどう聞いて、この結論に至った………!」
おやつというと、リビングかダイニング、もしくはキッチンでそのままつまむのが、常だ。
しかし今日はがくぽの部屋に連れ込まれ、なぜかレジャーシートを敷いた畳に座らされた。
そしていやな予感に駆られるがくぽの前で、あれよという間に服を脱いだカイトは、共に持ち込んだ大きなボウルいっぱいのホイップクリームを、自分の体にどっぷりと垂らしたのだ。
補記しておくと、ホイップクリームは市販品ではなく、カイトが砂糖控えめ、つまり甘さ抑えめに、手ずからホイップしたものだ。一応カイトなりに、がくぽを思いやっている。
菓子菓子→がしかし。
確かにがくぽは言った。
甘いものを作るくらいなら、カイトを食べさせろと。
がくぽの味覚にとっては、カイトもまた、甘いものに分類される。しかしカイトが甘い分には、いくらでも食べられる。むしろ好物だから、食べさせろと。
言った。
駄菓子菓子→だがしかし。
どうして素材ままで、食べさせてくれないのだろう。どうしてこう、手間暇かけてくれてしまったのだろう。
こういったプレイはあるが、がくぽは決してそういうつもりで言ったのではない。もちろん純粋な気持ちではなく邪まな意味だが、方向性が違う。
噛み合っていないこと、甚だしい。
「ね、あのね、あのね、がくぽ………っ」
「ぁあ゛?!」
それで溺愛ぶりが目減りしたりはしない。むしろいや増すが、それとは別でごく素直に項垂れていたがくぽに、カイトは肌を伝うクリームを軽く掬ってみせた。
「はやく、食べて?俺の体温で、クリーム、溶けちゃうし」
「あのな……」
ひとの話を聞かないにも。空気読まないレベル勇者にも。
諸々程があると瞳を険しくしたがくぽに対し、カイトの瞳はいっそうの熱と欲に潤んで、濡れた。
「そ、それに、それに、ね………?!これ、やってみたけど………っお、思ってたより、ずっと、すっごく、………っは、はづかしい………っっ!!」
「貴様、」
口を開いたものの、がくぽは結局絶句して、カイトに見入った。
素材はカイトだ。そこにクリームをまぶした。先にも述べたとおり、カイトは服を脱いで全裸となると、肌に直接クリームを垂らしたのだ。
つまり、すでに全裸。
ついでに目的は、がくぽに食べさせることだ。普段なら羞恥とともに隠す場所もつまびらかに開いて、がくぽへと差し出している。
クリームに塗れているとはいえ、そこかしこで元々の肌が覗く。だけでなく、羞恥や視姦(*註:そこまでではない)の効果が相俟って、妻とはいえカイトは男なのだと象徴する場所が、主張を始めている。
ご成長遊ばすものは、クリームの下に隠れない。
しかも狼の前の仔うさぎよろしく、どちらかというと華奢なカイトの体はぷるぷるふるふると震えている。怯えているのではなく羞恥ゆえだが、募る熱によって溶けたクリームが、その震えで緩やかに滑り落ちる。
悪循環といおうか、好循環といおうか。
主に羞恥が募り過ぎて涙目となりつつも、カイトは懸命にがくぽへと体を開いている。
がくぽはまったく意図していなかったが、完全に羞恥プレイで、微妙に放置プレイだ。思った以上のプレイが、うっかり成り立ってしまっていた。
「……己でやらかしておきながら、貴様というやつは」
ぼそりと吐き出すがくぽの前で、カイトの肌はますます朱に染まる。白いクリームとの対比は鮮やかさを増し、目が釘づけられて離せない。
自分からすっ呆けたことをやらかしておいて、しかし結論は『恥ずかしすぎる』と羞恥に悶え、救いを求める。
思うことはあれ、煽られる。どうしようもなく、そそられる。
募る羞恥を懸命に堪えてぷるぷる震えながら、がくぽへ体を差し出し続けるカイトの姿は、健気で愛らしい。
これ以上、なにかのプレイらしきものを加えたくはない。が、煽られて覚える欲情とは別に、しばらく鑑賞し、なにかしらのものをじっくりと堪能したくもある。
「がくぽ………っん、ぁ………っ」
「………っ」
どうしようかと、多少惑ったがくぽの視線にはこれまでと違い、獲物を前にした獣の色があった。どう喰らってやろうかと吟味し、舌なめずりする欲の色が。
状況が状況なだけに、敏感に感じ取ったカイトが一際大きくぶるりと震え、クリームがとろりと肌を滑る。その感触にすら煽られて、カイトのくちびるからはあえかな嬌声が漏れた。
耳から思考を蕩かせる甘い声と、クリームの濃厚な香りと、流れ落ちたその下からぽつりと姿を見せた、赤く色づき尖る、愛らしい果実と――
「恥ずかしい、か」
「ぁ、がく………っんっ」
うっそりと笑ったがくぽは、カイトへと身を乗り出した。手を伸ばし、ぷるぷると愛らしく震えながら、ひとりでに勃ち上がり始めていたカイトのものを掴む。
ほとんど無造作と言っていい手つきに、カイトはきゅっと目を閉じた。
痛みは束の間で、緩く擦られ扱かれるそこから、堪えようもない疼きが全身に広がる。
「ぁ、あ………っ」
「恥ずかしいだけか、貴様?いや、本当に恥ずかしいのか?それでどうして、こうなっている?」
「ふ、ゃあ……っ、ぁ、がく、ぽ………っ」
触れ方は穏やかで、やさしい。もどかしいと、腰が踊るようだ。
だが、今日のカイトはすでにさんざん焦らされたも同じで、すべての感覚が尖り、鋭敏になっていた。
いつもなら、焦らさないでと強請るような触れ方でも、全身が快楽に襲われてびりびりと痺れる。
加えて、がくぽの詰りだ。耳朶に触れながら吹き込まれる声は、欲に染まって熱っぽく、蕩けて甘いのに、選ばれる言葉が意地悪だ。
『見られていた』だけで反応したカイトを、暗に――
「ゃ、だめ………っ、いっちゃ………っ」
「淫らがましい」
「ひゃんんっ」
起きていられず、ころんと転がったカイトに伸し掛かったがくぽは、笑いながら吹き込む。同時に握る手に、きゅっと力を込めた。
極める直前で根元を抑えられ、快楽を逆流させられたカイトは自家中毒を起こしたように跳ねて、びくびくと震える。
溶けたクリームが流れ、下で朱に染まるカイトの肌がさらに覗いた。
舌なめずりして、がくぽはカイトの快楽を抑えこんだまま、くちびるを寄せる。練乳をかけたいちごのような色になっている胸の突起に、てろりと舌を這わせた。
すでにつぷりと勃ち上がっていたそこに舌を絡めて咥えると、行儀の悪い音を立ててきつく吸い上げる。
「んっゃっ、ぁ、ぁあぅっ」
びくりと跳ねて、カイトはきゅっと指を咬んだ。まだ一度も射精していないというのに、もはや感覚だけで快楽を極めそうな危惧がある。
晴れて夫婦となり、触れることに遠慮がいらなくなったがくぽは、カイトに感覚だけで達することを教えた。とはいえ巧みに煽られても、感覚だけで絶頂を味わうのは、男のカイトにはまだ難易度が高い。
射精によって覚えるより、あまりに強い快楽に恐れもあり、微妙な抵抗感からなかなか、最初からとはいかない。大抵は全身を隈なく愛撫され、思考も蕩けてあやふやになって、ようやくだ。
今日はまだ、そこまでとは思わないのに、感覚が尖り過ぎている。がくぽが根元を抑えたままで解放してくれないため、逆流した快感と新たに与えられる快楽とで、尖った感覚をさらに追い込まれる。
「が、くぽ………っがくぽ………っ」
解放を望んで、押さえるものを引っ掻いたカイトの手は、がくぽが無情に払った。
だけでなく、がくぽはクリームに汚れた口から牙を剥き出して、払った手の甲にがぶりと咬みつく。
「『おやつ』だろうが、貴様。大人しく食われていろ」
「ふぁ………っ」
愛撫にも等しい、甘噛みだ。言葉の効果も相俟って、カイトの瞳は欲に霞み、笑って伸し掛かる夫を愛おしく見上げた。
まるで幼い子供のように口の周りをクリームで汚して、得意然としている。
大人の雄としての欲に染まっているのに、印象がどこか幼い。
「俺の大事な口直しだぞ。クリームを舐めきったなら、最後に食らってやる。それまで堪えろ」
「ゃあ………」
意趣返しとばかりに言い放たれて、カイトはあえかな悲鳴を上げる。同時にぶるりと震えた体は期待を示し、表情は笑み崩れた。
苦痛にも等しいほど与えられる快楽を予感しながら、カイトはがくぽへと手を伸ばす。
長くても、指通りがよく、滑らかなのががくぽの髪だ。今はところどころクリームが付き、無残に汚れて絡まっている。
カイトは獣でも慰撫するように、やわらかく梳いてやった。
「………おいし?」
「甘い」
訊いたカイトに、がくぽの答えは取りつく島もない。そこだけは微妙に不快さを混ぜて断言し、がくぽは再びカイトの胸へ顔を埋めた。
「俺は甘いものが嫌いだと言っているだろうが。好きなのは貴様だけだ。貴様以外の甘いものは、俺には不要だ」
「っぁ、あ………っ」
なにかしらの八つ当たりのように、つぷりと勃った乳首に牙を立てられ、引っ張られた。がくぽはすぐさま舌を絡め、慰撫するようにてろりと舐める。
痛みと、直後に与えられる愛撫とが相俟ってさらなる快楽を呼び、カイトの瞳からはほろりと涙がこぼれた。