「おや、がっちゃんとがくちゃんじゃないかい。ゆう坊のとこの」
駄菓子屋の老婆に声を掛けられ、がくぽとがくは歩を止めた。
Blessing of the Goddess
「今日はカイトちゃんはいっしょじゃないんだね?お使いかい」
にこにこと笑って訊かれ、がくぽとがくはそれぞれ片手に持った小さな袋を掲げた。
「うむ、今日はお使いだ」
「カイトは家で、料理に熱中しておる」
答えた二人に、老婆はさらににこにこと笑った。
「えらいねえ、二人とも。ご褒美に、おばちゃんがおやつ上げるよ。寄ってお行き」
手招かれて、がくぽとがくは顔を見合わせた。がくが腰に下げた時計を見る。
こくりと頷くと、がくぽも頷いた。
カイトから、商店街のひとに誘われたときは余程の用事でもない限り、決して断るなと厳命されている。
時間に問題がないことを確かめた二人は、にこにこと笑って返答を待つ老婆にしっかりと向き直った。生真面目に頭を下げる。
「馳走になろう」
「かたじけない、ご店主」
「いいよいいよ、がっちゃんもがくちゃんも、そんな堅苦しくしなくて。ほら、お上がり。今、お茶淹れてあげるからね」
楽しそうに笑いながら、老婆は店の奥に消えていく。
その小さな背を見送り、がくは引きつる顔を兄へと向けた。
「兄者」
「応、弟よ」
「どちらががっちゃんで、どちらががくちゃんなのだろう…………」
「悩ましいな………」
呼び名が省略されていることは、この際どうでもいい。商店街のひとたちは、馴染みになるとそれぞれに愛称をつけたがるものだからだ。
問題なのは、呼ばれたときにどちらが返事をすればいいのかがわからない、ということだ。
今のところ、がくぽとがくをいつでも確実に見分けられるのは、カイトだけだとは思うのだが。
「とりあえず、臨機応変だ、弟よ」
「臨機応変か、兄者……」
腹を括り、二人は狭い店の中へと入って行った。
「今日はね、おせんべのおいしいのがあるよ。たんとお食べ」
「うむ、お気遣い感謝する」
「有り難く頂く」
老婆が用意してくれたおやつは、塩おかきと海苔煎餅だった。塩おかきはがくぽの、海苔煎餅はがくの好物だ。
二人の好物はもれなく、商店街の連絡網によってすべての店に浸透している。
レジ台傍に置かれたベンチに座って、出された煎餅をぱりぱりとつまむ二人に構わず、老婆はまだ家の中を漁っていた。
「羊羹のおいしいのがあるから、カイトちゃんにね、持っていってやっとくれ。……今日はカイトちゃんは…」
「朝から鍋と睨み合っておる」
「なんでも、異国の煮込み料理らしいのだが……」
煎餅をつまみつつ答える二人の元に、ようやく老婆が戻って来た。手に持っていた箱入りの羊羹を、レジ台下の棚に置いてあるビニル袋を一枚取って、入れる。
「朝からかい?カイトちゃんはほんと、まめな子だねえ」
にこにこ笑って言われ、差し出された羊羹を受け取ったがくぽは真面目に頷いた。
「うむ。我らの嫁は、まこと気まめだ」
「気まめなところも愛らしい、我らの嫁だ」
がくも生真面目に同意する。
老婆はきょとんと瞳を見張った。
「嫁さんかい?カイトちゃんが?どっちの」
訊かれて、がくぽとがくは片手を上げた。ぱん、と打ち合わせる。
「「我らの」」
「二人のかい?」
ちょこりと首を傾げてさらに訊いた老婆に、手を合わせたまま、がくぽとがくは躊躇いもなく、きっぱりと頷いた。
「「そう」」
しばしきょときょとと瞳を瞬かせてから、老婆はにっこり笑った。
「おやおや、カイトちゃんも隅に置けないねえ。こんなにいい男を、二人も旦那さんにしちゃうんだから」
茶化すように言ってから、老婆はやわらかな笑顔まま、がくぽとがくの頭を撫でた。
「あの子はね、ほんと、ゆう坊に苦労させられてるからね。二人とも、旦那さんならカイトちゃんをしっかり愛してあげて、支えてあげとくれよ」
「うむ、ご店主………我らは未だに拙い身だが、全力でカイトを愛して支えると誓う」
「すぐにはすべて支えられぬでも、愛することだけは誰にも負けぬ。カイトを、世界でいちばんしあわせな嫁にしてみせよう」
真摯に誓った二人に、老婆はさらにうれしそうに笑う。
「うんうん。頼むよ、がっちゃん、がくちゃん。カイトちゃんを世界でいっちばん、しあわせな嫁さんにしとくれ」
「応、任せよ」
「必ずや」
「ツッコミ不在か、この店は!!」
ほわわんと和む駄菓子屋の店内に、ようやくツッコミ――ならぬ、カイトが駆けこんで来た。
「どうした、カイト」
「鍋はいいのか、カイト」
きょとんと瞳を見張るがくぽとがくは、無邪気と言っていい表情だった。カイトはきりきりと眉をひそめ、胸を反らす。
「鍋ならもう出来上がったっての!おまえたちがおっそいから、心配になって出てきたんでしょ!まったくもう、おやつしてるならしてるって、……ぅやっ?!」
憤然と文句を連ねるカイトは、笑うがくぽに抱き寄せられた。開くくちびるを塞がれ、外でやるにはどうかという、濃厚なキスをお見舞いされる。
「兄者」
「応」
「ちょ、ま……っんんっっ」
カイトが抵抗する間もなく、がくぽのくちびるが解ければ次に来るのはがくのくちびるだ。
どちらもどちらで濃厚なべろちゅーに、カイトの腰はしっかり抜けた。
「そ、外……では、やるなって…………!!」
それでもどうにか抗議したカイトに、その体を抱えるがくぽとがくはうれしげに笑った。
「ちょうど会いたいと思っていたら、そなたが来たゆえ」
「なに………んんぅっ」
カイトが立ち直る前に、再びがくぽのくちびるが覆い被さる。がくぽが離れると、がくが。
べろべろに愛されているカイトを眺めつつ、老婆はにこにこと頷いた。
「カイトちゃんをしあわせにするってなったらやっぱり、これくらいじゃないとねえ!」