「カイト」
「ん?わわっ、どした?」
洗濯物を干し終わってベランダから戻ったカイトを、がくは背後から抱きこんだ。
Combination Punch
ぎゅうっときつく抱きしめられて、カイトは笑う。
「がーく?」
「カイト………」
やさしい声で呼ばれて、あやすように手を叩かれる。がくはカイトの肩に顔を擦りつけ、ますますきつくしがみついた。
「………兄者がおらぬと、詰まらぬ」
「ふはっ」
拗ねた声で吐き出された言葉に、カイトは堪えもせずに吹き出した。
今日はがくぽがお出かけだ。一人ではなく、マスターがいっしょだが。
がくぽもがくも、起動してからこちら、二人ワンセットで行動することが習いになっている。
そうしろと強いたわけではないが、片方が出かけると言ったらもう一方もついて行くのが、当たり前になっていた。
それが今日は、離ればなれだ。
思えばそんなことは、初めてかもしれない。
「がく」
「せっかく、カイトを独り占め出来ると思うたのに………」
「……」
がくは納得がいかない声音で、吐き出す。
カイトは笑って、背後から抱きしめるがくに身を預けた。
いつもなら、カイトに構いつけるのも、二人ワンセットだ。片方が手を出したら、もう片方も手を出す。
カイトとしては「身が持たない!」というところだが――
「がく。僕のこと、独り占めしたいんだ?」
「………」
笑いを含んだ問いに、がくは渋面で黙りこむ。
兄とカイトを共有することに、格段の不満があるわけではない。
それでもたまには、その瞳が自分だけを映せばいいのにと思う。
そういう意味で、今日は千載一遇のチャンスだった。
カイトと二人きりなのだ――マスターもおらず、がくとカイトの、二人きり。
「……っ」
「ん……っ」
がくはカイトに口づけ、甘い舌を吸った。巧みな舌使いに、腕の中の体は陸に揚げられた魚のように跳ねる。
「も………なんでそこでキスかな、おまえ………」
くちびるが離れると、カイトは甘く笑う。
いつもとはどこか違う、落ち着いて艶っぽい表情に、がくはこくりと唾を飲みこんだ。
思えばいつもは、二人がかりで伸し掛かられることに、わずかにパニック気味なカイトだ。
相手が一人なら、こうまで艶めいた顔を見せるのか。
「………」
考えて、がくはカイトの肩に顔を埋めた。
素直に歓べない。
どうしても、ここに不在の兄を裏切っているような、してはいけないことをしている罪悪感が拭えない。
裏切るもなにも、二人でいようが一人でいようが、カイトはかわいい嫁だ。かわいい嫁がかわいかったら、キスもするし触りもする。
それのなにが悪いだろう。
けれど。
「………」
項垂れるがくに、カイトは小さく笑う。振り向くと、肩に懐くがくのこめかみに、軽くキスを落とした。
「ね、独り占めさせてあげようか?」
「……っ」
思ってもみない誘惑に、がくは花色の瞳を見張る。
「僕のこと。独り占めさせてあげようか、がく?」
カイトは蠱惑的な眼差しでがくを見上げ、その花色の瞳が罪悪感に染まって痛みに歪む様に、また笑った。
腕の中から抜け出すと、きちんとがくと正対する。
「デートしよう、がく」
「デート……」
つぶやくがくの手を、カイトは取る。軽く振って、いたずらっぽく目を眇めた。
「そ、デート。そこのおせんべ屋さんとこまで、二人で行くの。それで、出来立ての塩おかきを買って、帰るんだよ」
「………っ」
カイトがしらっと提案する『デート』に、がくは瞳を見張った。
塩味のかき餅は、がくぽの好物だ。
さっきは痛みに歪んだがくの瞳が、今度は喜色を刷いて輝く。
カイトは笑い崩れて、がくの手を引いた。
「どうする?僕とデートする?」
「する!」
誘いに、がくは弾んだ声を上げ、カイトを抱き締めた。
なんとか笑いを治めたカイトは、がくの背に腕を回し、あやすように軽く叩いてやった。
「海苔煎餅も買ってあげるよ。仕方ないからね」