一通り家事が終わり、カイトは伸びをした。それから振り返る。
「がくぽ、家事終わったから………がくぽ?がくぽー?」
「……」
何度呼んでも、リビングの床にべたっと座ったがくぽは、無反応だった。
Watch me, Darling
一度天を仰ぐと、カイトはがくぽの前にへちゃんと座った。垂れる髪を掴んで、引っ張る。
「がーくーぽっ!」
「っっ!!」
そこまでしてようやく、がくぽの瞳に光が戻る。
激しく瞬きをくり返すがくぽに、カイトは笑った。
「家事終わったよ、がくぽ。まったく、がくがいないからって、気ぃ抜け過ぎ」
「あー……………ああ、そうか。……………終わったか」
つぶやいて、がくぽは苦い顔になった。目の前にへちゃりと座るカイトを抱き寄せ、その背をあやすように軽く叩く。
「手伝うてやればよかったな」
つぶやきに、胸の中でカイトが笑った。
「なに言ってんの。がくぽになにが出来るってのさ。いっつもがくと遊んでて、ちっとも手伝わないくせに」
「だから……」
抱きこんだカイトの声は、明るい。腐しているが、悪意はない。ひたすらに楽しそうだ。
今日、がくはマスターと出かけていて、留守だ。
明確に意図したわけではないが、セットで行動することが常態化しているがくぽとがくだ。
こうして離ればなれで過ごすことは滅多にないから、今ひとつ、リズムが掴みきれない。
胸の中から、いたずらっぽくにんまりと笑って見上げてくるカイトに、がくぽはわずかに困ったように微笑んだ。
「だから、がくがおらぬだろう?そういうときくらい、カイトひとりを構いつけてやらねば………」
言う途中で、カイトが伸び上がる。眉間にくちびるが触れて、がくぽは反射で瞳を閉じた。
ついでに口も閉じたがくぽの眉間を食んだまま、カイトは鼻を鳴らす。
「ナマイキ」
「………そうか」
目を閉じたまま、がくぽは笑う。
カイトは離れると、瞼を開いて穏やかに見つめてくるがくぽを、軽く睨んだ。
「がくにはちっともそういうこと、思わないんだけど………がくぽって時々、人のこと、全部見透かしてるみたいな目ぇするよね」
「そうか」
穏やかな笑みを崩すことなく頷くがくぽに、カイトは一瞬、頬を膨らませる。
それからくるりと体を反すと、勢いよくがくぽに凭れて座った。垂れる腕を腹へと誘い、抱き締めさせる。
「…………厭か?」
「ナマイキだって言ってるでしょ」
訊いたがくぽに、カイトはせせら笑いを返す。
「年下のクセに、僕のこと見透かすとか、百億光年早い」
「………そうか」
偉そうに吐き出される言葉に、がくぽは笑う。回した手で、ぽんぽんとカイトの腹を叩いた。
赤ん坊をあやすしぐさにも似ている。
カイトはさらに体重をかけてがくぽに凭れると、腹を叩く手に手を添えた。
「…………しょーがないから、今日は、がくぽのこと、独り占めしてやる」
振り仰いで、がくぽを見つめるカイトの表情は、甘く穏やかだった。
「だからぼーっとしてないで。僕にちゃんと、独り占めされろ?」
「……」
「ん……」
ふ、と笑ったがくぽが、くちびるを寄せる。いつも通りに舌を差し入れられて、けれどずっと穏やかで、慰撫するようでもある、やさしいキス。
「…………誰がキスしていーって言った」
くちびるが離れ、カイトは笑って言う。間近で覗きこむがくぽの頬を、ぴたぴたと叩いた。
がくぽはその手を取り、微笑みの形のくちびるをつける。
「愛しき我らの嫁よ。存分に独り占めされてやるゆえ、いくらでも我が儘を吐け」