朝なので。
Today's Fortune : Near you
「今日も起きた以上は避けられぬ定めよ、マスター」
「逃げられぬ宿命と思え、マスター」
「はいはい………」
座卓の向かいに並んで座ったがくぽとがくに迫られ、マスターはおざなりに頷く。
そのマスターを見据え、がくぽとがくは片手を上げると、その手をぱん、と打ち合わせた。
「どちらが兄者で」
「どちらが弟だ」
「あーっと……」
考えているような、再び眠りこもうとしているだけのような微妙な沈黙を挟み、マスターはぴっぴと人差し指を振る。
「兄者って言ったほうが弟で、弟って言ったほうが兄者。に見せかけて、兄者って言ったほうが兄者で、弟って言ったほうが弟」
「「ちっっ」」
「舌打ちしたよ、この子ら!!」
即座に返って来た舌打ちに、マスターは軽く天を仰ぐ。
この反応はつまり、『あたり』だ。
当ててほしいとは思いつつも、素直に歓べないがくぽとがくは、殊更に重々しく頷いた。
「今日も朝から運を使い切ったな、マスター」
「そんなマスターに朗報だ」
「使い切った運を今すぐ取り戻すなら、伝説の妖精の温泉に浸かるといいらしい」
「伝説の妖精の温泉は、近所の銭湯の地下深くにあると、もっぱら噂だ」
どこまでもまじめな顔で言い切る。
マスターはわずかに上目になって、頷いた。
「おけー、銭湯の地下の妖精の温泉ね。んじゃ…」
「仕事行け、この駄馬!!」
「だっ!!」
まともに応えようとしたマスターの頭を、カイトの平手が払っていく。
勢い余って座卓に額をぶつけたマスターに構わず、カイトはがくぽとがくにも渋面を向けた。
「おまえたちもやめてよね、そういうこと言うの。休む口実を常に探してるマスターの、思うつぼでしょうが。ほらマスター、今日もちゃっちゃと朝ごはん食べて、働きに行く!!」
「あ~う~」
呻くマスターの前に、トーストとスクランブルエッグ、サラダ菜とトマトの簡単サラダと、オニオンスープが置かれる。
カイトはがくぽとがくの返答も待たずに台所に戻り、今度は二人の朝食を持って戻ってきた。
「はい、二人も食べて。足らないようなら、なにか果物切るから………っわ?!」
皿を置くと再び台所に戻ろうとしたカイトの腰を、がくぽが掴む。そのまま鮮やかな手さばきで、カイトを膝の上に乗せた。
「ちょ、がくぽ?!」
「そなたも朝飯を食え」
慌てて振り向くカイトに、がくぽは渋面を向ける。隣に座ったがくも、苦々しい顔で頷いた。
「毎日まいにち、我らのことは煩く言うが、そなたは合間におざなりに済ませるだけだろう。身が持たぬ」
「え、いや、そんなこと………んっ」
反論しようと口を開いたカイトに、がくは自分のトーストを千切って突っこんだ。
「ん、んん……」
入れられてしまった以上は咀嚼するしかないカイトは、戸惑う顔で、体を押さえつけるがくぽを見上げる。
がくぽはカイトをしっかりと抱きしめたまま、こめかみにくちびるを落とし、やわらかに微笑んだ。
「たまにはゆっくりと朝食を摂れ。そなたが言うのだぞ。朝食は体の資本だと。言っているものが実践せずに、どうする」
「ぁ、や、うー……んむっ」
カイトが反論の言葉を探すうちに、再びがくが口にトーストを突っこむ。今度はスクランブルエッグがいっしょだ。
「んむ………んん………」
「きちんと噛めよ。それもそなたが毎日言うことだぞ」
トーストを千切り、そこにレタスとトマトを乗せて小さなオープンサンドにしているがくが、楽しげに告げる。
困ったように咀嚼していたカイトは、自分を抱えるがくぽの手を軽く叩いた。
「わかった、ちゃんと食べるから………自分で、ちゃんと……」
「兄者、逃がすなよ。きっちり押さえておけ」
「は?!がく?!」
「応。わかっている、弟よ」
「がくぽ?!!」
カイトは瞳を見張る。その口元に、オープンサンドが運ばれた。
がくは楽しそうに笑う。
「たまには我らが甘やかしてやる」
「存分に甘えろ、嫁」
「って、え、ちょ………んむっっ」
反論の言葉は、紡ごうとした瞬間に塞がれる。
食べ物を突っ込まれては、カイトも忙しなく咀嚼するしかない。
がくぽは拘束椅子に徹し、がくはそうやって兄に拘束されたカイトの口に、せっせと朝ごはんを運んだ。
「そーだよな、やっぱ朝ごはんは体の資本だよな……」
サラダ菜とトマト、スクランブルエッグを乗せたトーストを頬張りつつ、マスターは至福の声でつぶやいた。
「ああ、まともなごはんって、おいしい………!」