Hear, My Knights!
「なあ、兄者よ………思うのだが、我らの嫁は少し、働き過ぎではないか?」
リビングの床に胡坐を掻いて座るがくの問いに、同じく座り込んだがくぽも、眉をひそめて頷いた。
「うむ、弟よ。我もそれを憂慮しておったところだ」
重々しく頷き、がくぽは家の中を見回す。
古いアパートだ。新築のように――とはいかないが、それでも心地よく、清潔に保たれている。
もちろん、きれいにしているのはカイトだ。
「まめまめしいのは嫁の得難き美徳だが、にしても少しばかり、働き過ぎよな」
がくぽは麗しい顔を曇らせて、憂う言葉を吐く。
カイトの一日は忙しい。
生活力皆無のマスターの面倒を、すべて見ていることが一因だ。しかもそこに、最近はがくぽとがくの二人の面倒までが加わった。
おまえたちに不憫な思いなんかさせないからね!と宣言するカイトは、がくぽとがくに家事を覚えさせない。
二人がする手伝いといえば、買い物の荷物持ちか、たまに洗濯物を取り込むくらいだ。
あとはすべて、カイト――
「兄者、我は嫁に休息日を遣りたいのだが………」
がくの提案に、がくぽも同意して頷いた。しかし、愁眉は晴れない。
「うむ、弟よ………我とても、それに異論はない。ないが、問題は――」
「当の嫁が、聞き入れてくれぬということだな」
答えを引き取ったがくに、がくぽは力なく首を振る。
「うむ。こればかりは、嫁の頑固さが恨めしい、ぶっ」
「ぐっ」
慨嘆し、項垂れるがくぽの顔面に、べちんと平手が入った。傍らに座るがくの腹には、足蹴。
「がくぽ、がく、おまえたちね!」
――がくぽに膝枕されて床に寝そべり、『いいこいいこ』と頭を撫でられつつ、がくに足やらなにやらをマッサージされていたカイトだ。
そうやって直接的な『お仕置き』で二人の口を塞いで、カイトはきりきりと眉をひそめた。
「ひとのことを、『嫁』連呼しない。あと悪巧みするなら、本人のいないとこでやれ!」
カイトはリビングの床にべたっと伸びたままびしびしと吐き出し、覗きこむがくぽとがくをきっと睨み上げた。
「聞いておったか、カイト」
「この距離で聞こえないわけがあるか!もう………っ」
惚けた問いにぷく、と頬を膨らませるカイトに、足を抱えたまま、がくが身を乗り出す。
「聞いていたなら丁度良い。我らの懸案を容れてくれる気にならぬか、カイト?」
「ふんっ」
訊かれて、カイトは頬を膨らませたまま、ぷいとそっぽを向いた。強情な顔だ。
しかし項垂れるがくぽとがくの前で、そっぽを向いたカイトはほんわりほわほわと目元を染め、膨らませた頬に朱を散らしていった。
「………っいーんだよ、休みなんて……………っ。僕は家事が終わって、きれいさっぱりすっきりとしたとこで……………こーやって、がくぽとがくに、いっぱい甘やかしてもらうのが、好きなんだからっっ」
「……………」
「……………」
そっぽを向いたままぶっきらぼうに吐き出された言葉に、がくぽとがくは花色の瞳を見張った。
カイトの手が伸びて、二人の着物をつまむ。
「だからおまえたちは、よけーなことなんか考えないで、僕のこと黙って、めろめろに甘やかして………ん、んんっ、がく……っ」
言葉の途中で、カイトは伸し掛かって来たがくにくちびるを塞がれた。
ねっとりと、舌が丹念に口の中を弄り、その巧みさにカイトは仰け反って痙攣する。そうやっても、華奢な体は力強い体に押さえつけられて、抵抗も逃亡もままならない。
「…………も、なんで、ここで………キスになるんだ、がく……」
「今のは嫁が悪かろう」
「んなっ?!って、ぁ、がくぽ……っ」
がくが離れたところでぼやいたカイトのくちびるを、屈みこんだがくぽが封じる。
痺れるまで舌を吸われ、甘噛みされ、カイトはぐったりと床に伸びきった。
「も…………」
なんでキスだ、といつもの通りに腐したいのだが、言葉にならない。
伸びたカイトの頭を撫で、がくぽは笑った。
「思う様、存分に、甘やかしてやろう、我らが愛しき嫁よ」
未だに伸し掛かっているがくも、笑ってカイトの顎に口づける。
「蕩けて形もなくなるほどに、甘やかしてやろう、我らが愛らしき嫁」
「……」
二人の言葉にカイトは眉をひそめ、けれど反論はしなかった。未だに舌が痺れていて、まともに動かないのだ。
仕方がないので頬を膨らませ、そっぽを向いた。
それでも手は二人の着物を掴んだまま、離さない。
がくぽは笑ってカイトの頭を撫で、伸し掛かるがくはキスの雨を降らせた。