Today's Fortune : Legend Blue
「うあー、兄がくぽ、弟がくぽ…………」
もはや『おはよう』の言葉が、きちんと言葉にすらなっていない。
寝惚けを極めつつ、座卓を挟んで向かいにべちゃりと座ったマスターに、がくぽは口に運んでいた茶碗を置き、がくは瞳を眇めた。
「起きた以上は、覚悟は出来ていような、マスター」
「数もこなせば、さすがにそなたもこの先の展開が読めよう」
ひたひたと滴るように冷たく言って、二人は片手を上げた。
互いの手を、ぱん、と打ち合わせる。
「「どちらが兄がくぽで、弟がくぽだ」」
「んぁ………………」
きりっとした問いに返るのは、寝息まがいの情けない声だ。
マスターはあくびをしつつ、ぴ、ぴ、とがくぽとがくを指差した。
「右兄が兄がくぽで、左弟が弟がくぽ」
寝惚けてはいても迷いのない答えに、二人は打ち合わせた手を解いた。
がくぽはくちびるの端を持ち上げ、ふっと笑う。
「弟よ………今の答え。何点だ」
がくぽの問いに、がくは指を二本立ててマスターへと突き出した。
「うむ、兄者。……2点だ」
「点数制になってた!いつの間にか移行してた?!」
眠い目を見開いて叫んだマスターに、がくは指を立てたまま顔をしかめる。
「面白味も捻りもない。見たままで、ありきたりな回答だ。創意もやる気も工夫も感じられぬ」
「おまえたちは今の問いに、どんだけ期待かけてんのよ?!!」
震撼したマスターから顔を逸らし、がくぽは弟を見た。
「………それで、2点もやるのか、弟よ?」
「………………兄者」
辛辣な兄の口調に、がくは指を下ろし、気弱に瞳を伏せた。
「赦してくれ………。腐っても、相手はマスターだ。いくら我でも、零点をつけるような真似は――っ」
「ふっ」
弱々しい言葉に、がくぽは傲慢に笑う。
つと手を伸ばすと、俯くがくの顎を取って、顔を上げさせた。
顔を寄せると、揺らぐ瞳を傲然と覗きこむ。
「そなたは甘い」
「兄者……っ」
滴る毒のように熱っぽく告げられて、がくは弱々しくもがく。しかしあまりに力なく、兄の手を振り払うことは出来ない。
がくぽは残忍な愉悦の表情を浮かべ、そんな弟へとさらに伸しかかった。
「あまりにも甘くて、この舌も瞳も蕩けそうだ」
「兄者、頼む………っ」
「たとえマスターといえど、ならぬことはならぬと言えぬでどうする?容れられぬものは容れられぬと言えぬで、その身を守れるのか?」
いたぶる口調の兄に、がくは瞳を揺らし、小さく震えた。
「赦してくれ、兄者……マスターに従うが、ロイドだ…………どうか………っ」
震える声でのがくの反駁には、あまりに力がない。
今にも頽れそうに儚くたおやかな風情の弟に対し、兄は邪悪に笑う。
「万事そのようなことだから、己の身ひとつ守れず、いいように付け込まれて好きにされるのだぞ、弟よ……」
「兄者…………っ」
咽喉を灼く蜜のように甘く熱っぽくささやくがくぽに、がくは悲痛な声を上げる。
がくぽはさらに弟を追い込むべく口を開き、
「ああなんか、すっげぇドラマ展開されてんね?!今の話題からよくそこまでレベルで、ドラマが進展してんね!!」
どちらかというと呆れて見ていたマスターが、堪えきれずに叫んだ。
「でもちょっといいか、二人とも!リアルに戻って、台所の『嫁さん』見てみようか!!」
「「嫁?」」
びしりと台所を指差すマスターに促され、がくぽとがくは充満させていた妖しい気配をあっさり霧散させた。詐欺なほど、無邪気にきょとりとした顔を見合わせる。
指差されるままがくぽは振り返り、その兄に半ば押し倒されているがくの方は半身を起こして、台所で朝食を作っているはずの『嫁』こと、カイトを見た。
「………っ」
ぷぅうううっと頬を膨らませ、瞳を険しくして、カイトががくぽとがくを睨みつけていた。その手には、ぎゅっと握り締められた包丁が。
「…………っ」
「…………」
「…………」
無言のままにしばらく見合い、がくぽとがくはだらしなく笑み崩れた。
「「ヤキモチか、嫁」」
「嫁言うなっ!!」
いつもの反論を、包丁をまな板に突き立てながら叫び、カイトはぷいっと顔を背けた。
「ふんっっだっ!!いーよ、別にっ。がくぽとがくは、二人っきりで仲良くいちゃいちゃしてたらっ!」
吐き捨てると、カイトはまな板から包丁を抜いた。くるりと流し台に向き直り、朝食作りを再開する。
いちゃいちゃしていろ、と言われたがくぽとがくは、ごく自然と互いを見た。
「……弟と…………いちゃいちゃ………………」
「………兄者…と………………」
がくぽはさらに視線を自分の下半身へと流し、組み伏せたままの弟から気まずく顔を逸らした。
「済まぬ、弟よ………」
「謝るな、兄者」
「だが」
「良いのだ、兄者。斯様なこと」
弟から宥めるようにやわらかな声で赦しを与えられても、がくぽの表情は晴れなかった。
く、と悲痛に顔を歪める。
「そなた相手では、男としてまっっったく、役に立たぬ」
兄の言葉に、がくは手を伸ばした。歪む頬をやさしく撫でる。
「それは我とて同じことだ、兄者。兄者相手では、さっっっぱりその気にならぬ。お互い様なのだ、そう気に病まぬでくれ、兄者……」
「弟よ…………」
宥められ、がくぽは揺らぐ瞳でがくを見つめる。
がくはがくぽを。
二人がそっと手を取り合ったところで、マスターが片手を上げた。
「ところで知ってるか、兄がくぽと弟がくぽ。今カイト、のーぱんなんだけど」
「ぬぁっ?!!」
「おおっ?!!」
物凄い勢いで、二人は視線を台所へとやった。
マスターは身を乗り出すと二人の下半身を確認し、頷いた。
「不能になったっつーわけじゃないんだな。じゃあまあ、いいか」