きちんと正座して相対したマスターが神妙な顔で床に三つ指を突き、深々と頭を下げた。
「カイト、がくこ、子がくこ。長い間、お世話になりました。俺は今日、嫁に行きます」
You May Die in My Show
「――と、いう夢を見た」
「ちょ、待………っ、おま、大がk」
いつものように、カイトに蹴り起こされた朝。
いつものように顔を洗い、寝惚け眼で、リビングの座卓に。
その座卓を挟んで相対して座ったがくぽの、挨拶も前置きもなしの唐突な言葉に、寝惚けていたマスターもさすがに瞳を見開いた。
朝も早くから、ツッコミどころが満載過ぎる。
しかも本来的にはツッコミ属性ではない寝惚け半分マスターが、それでも懸命のツッコミを入れるより早く、がくぽの隣に座っていたがくがゆらりと腰を浮かせた。
座卓越しに手を伸ばすと、マスターの胸座をがっしりと掴む。
「マスター、そなた………っ!誰ががく『こ』で子がく『こ』だ?!我らの性別を思い出させて遣ろうか!」
「待てこら、小がくぽっ!おまえこそ寝惚けるな!!言ったのは大がくぽだろうがっ!俺じゃない!」
胸座を掴み上げられ、おどろおどろしく這う低い声で凄まれ、マスターは悲鳴を上げてもがく。
手を離すことはないまま、がくは隣で茶を啜る兄を見た。
「そうだったか、兄者?」
「と、マスターが夢の中で、言ったのだ」
しらっと答えた兄に、がくは再び鬼の形相となってマスターに向き直った。胸座を掴む手に、ぐ、と力が篭もる。
「やはりそなたが言っているではないか、この駄マスターがっ!!」
凄まれて、マスターは慌てて首を振った。
「ちっがぁああうだろっっ?!『俺』じゃなくて、大がくぽの夢ん中に出て来た『俺』だろっ?!!」
「だから、そなたであろうが、マスター!」
「違うって!!『俺』だけど、『俺』じゃなくて、『俺』……………………………………」
胸座を掴み上げられて苦しい息の下、懸命に言い返していたマスターだが、ふと表情を空白にした。
ぴたりと止まって、数秒。
「……………………………………でも、『俺』だってんなら、『俺』じゃね?だっていくら夢ん中ったって、『俺』は間違いなく『俺』なんだし、」
「こっっの、ほあかばりきるますたーっっ!!」
「んがっご!!」
いい感じに罠に嵌まりつつあったマスターの頭を、台所から飛んで来たカイトが叩き飛ばす。ついでに回ってくると、がくの頭も軽く叩き飛ばした。
「ったっ」
「がくもだよ!!」
座卓に激突したマスターと、胸座を掴んでいた手を離して頭を押さえるがくとを睨みつけ、カイトはぷくっと頬を膨らませる。
「このひと、ほんっっっとにばかなんだから、遊ぶなって言ってるでしょっ」
「ばかって、カイト、そんな強調……」
座卓から顔を上げて反駁しようとしたマスターを、カイトは冷ややかに見た。
「ばかじゃないとでも?脳神経科に予約入れましょうか?」
「あー……………確信に満ちてる………お金が無駄にならない自信、満々だー…………」
がっくり項垂れたマスターだが、今日はそのまま潰れて、二度寝に突入することはなかった。
すぐに気を取り直すと、きりっと顔を上げる。
「つかそもそもは、大がくぽがヘンなこと言うから悪いよな?!ロイドなのに『夢を見た』とか、有り得ないっしょ?いっくら新型ってったって、ロイドはまだ、夢なんか見ないだろ?!」
「………」
「………」
ここぞとばかりにまくし立てたマスターの言葉に、カイトとがくは端然と座るがくぽへと視線を投げた。
自分が落とした爆弾で起こった騒ぎの中でも、ひとり落ち着き払って茶を啜っていたがくぽは、こっくりと頷く。
「これでいて我は、夢見がちなお年頃なのだ」
「ああ」
「おお」
がくぽの答えに、カイトが瞳を見開き、がくがぽんと手を打つ。
カイトとがくは一度顔を見合わせてから、端然と座るがくぽへ心底から感心している視線を送った。
「うまいこと言うじゃん、がくぽ」
「うむ、兄者。座布団一枚遣っていいぞ、マスターから奪って」
褒められて、がくぽはわずかにくちびるを引き上げ、軽く微笑んだ。
「いやなに、この程度。嗜みの……」
「あーのーなーぁー………っ」
ご納得のロイド三人を前に、マスターは拳を固めてぶるぶると震えた。
いろいろなものを振り絞って体を起こすと、固めた拳で力いっぱい、座卓を叩く。
「いっこも、うまいこたぁ言ってねえぞっ!!俺ぁ、ぜっっってぇに嫁になんざ行かねえからなぁあっっ!!」
――近隣に轟き渡るような大声だったが、彼のロイドたちが聞いてくれることはなかった。