Today's Fortune : brain crush
がくぽが、座卓にことんと茶碗を置く。
「まあしかし、それはそれ」
「これはこれだな、マスター」
兄の後をがくが継ぎ、二人は片手を上げた。
ぱんと、互いの手を打ち合わせる。
「どちらががくこで」
「どちらが子がくこだ!!」
「その話を引っ張んの?!!」
カイトが用意してくれた朝食に手を伸ばそうとしていたマスターは、目を剥いて叫ぶ。合わせた手を握り合って、じっとこちらを見つめる二人に、意味もなく人差し指を彷徨わせた。
その顔が情けなく崩れ、指がへにゃんと下を向く。
「……つかそもそも、どっちが『がくこ』で、どっちが『子がくこ』なんだよ?」
――補足すると、マスターはまともにがくぽたちの名前を呼ばないが、未だに『がくこ』と『子がくこ』という呼称を使ったことはない。
まともに呼ばず、常に適当な新しい名前で二人を呼んでいるマスターだが、呼んでいる本人は本人なりに、がくぽとがくを見極めたうえだ。
だからこの問いも、自分がそう呼んでいた、というなら即答できる――が。
「ふ……っ」
「堕ちたな、マスター……っ」
手を握り合ったまま、がくぽとがくはうっそりと笑った。
「まさか、当の本人たる我らにそれを訊くとは……」
「そもそも己で呼んでおきながら、その問い」
冷ややかな侮蔑の笑みとともに言ったがくぽとがくは、握り合う手にぎゅっと力をこめた。
「「恥を知れ、この駄マスターがっっ」」
「いやいやいやいや!!」
凄絶な顔で罵られて、マスターはじりじりと後ろに下がる。狭い家だ。逃げられる幅には限度がある。すぐに壁に行き当たった。
しかし恥を知れもなにも。
「だからそもそも、俺が呼んだんじゃなくて!」
「とっとと決着つけろ、この無知無能の無駄飯食らいっ!せっかく作ったごはんが冷めるっ!!」
「ぶぎゃっっ!!」
炊きたてで、ほかほかと湯気を立てる白飯を盛った茶碗を運んできたカイトが、マスターの頭を蹴り飛ばした。
カイトが、床に激突したマスターを気にすることなどない。座卓にちゃきちゃきと茶碗を並べると、がくぽとがくのことも睨んだ。
「おまえたちもだよ、おばかども。時と場合を考えて始めろ、そういうことはっ」
叱られて、二人は殊勝な顔で身を縮め、上目遣いにカイトを見た。
「む、すまん、嫁よ……」
「悪気はないのだ、嫁よ……」
「嫁呼ぶ……っあ、こ……っっ」
カイトがお決まりの抗議をする間もない。
殊勝らしい顔で頭を下げた旦那どもだったが、隙をついて手を伸ばし、器用に嫁を転がして膝の上に乗せると、キス攻めにした。
誤魔化すなら、とりあえずキス攻めにするに限るという、悪のインプリティングがなされている。
だが旦那どもはすぐに、ごんごんと相次いでゲンコツに見舞われた。
「ごぉーはぁーんんーっっ」
「む……っ」
「ぬ……っ」
おどろおどろしい声で迫られて、がくぽとがくは一瞬、項垂れた。捨てられた子犬のような目で、膝に転がすカイトを見る。
「カイト、その前に…」
「どちらががくこで、子がくこだ?」
懲りない問いに反射で口を開きかけて、カイトは止まった。
しばらく空白を晒してから、胡乱な顔になって二匹の子犬を見る。
「………………………………僕がどっちがどっちって答えたとして、おまえたち、うれしいの?」
「………………」
「………………」
訊かれて顔を見合わせたがくぽとがくは、ぎしぎしと軋む音が聞こえそうな風情で、マスターへと首を回した。
「「まぁあすぅうたぁあああ~……っ」」
「っぁああっ、もうっ!!わかった、わかったよ!!」
カイトにどつかれることには慣れている。
マスターはさっさと復活して一人勝手に朝ごはんを始めていたが、怨念こもるロイドの要求に、がしがしと頭を掻き混ぜて叫んだ。
びしっびしっと指差す。
「右ががくこで、左が子がくこっ」
「「外れだ」」
「っじゃあ、右が子がくこで……」
「「外れだ、この駄マスター!!」」
二人に揃って壮絶な顔と声で凄まれ、マスターはたじたじとなって仰け反る。
「んだって、じゃあ……右も左も違うったら……」
「あんたはほんと、救いようなく無能で駄目人間ですね、マスター」
折れた心を表す折れた指でがくぽとがくを交互に指差すマスターに、カイトは呆れた声を上げた。
「『どっちが』じゃないんですよ。『どっちも』いやなんだから。答えは、『どっちも違う』です」
「んぬぁっ?!!」
目を剥くマスターを放って、がくぽとがくはお互いの片手を打ち合わせた。
「「カイト正解」」
言うと、膝に転がしたままのカイトに喜色満面でキスの雨を降らせる。
「っぁあっ、も、このおばかどもっ…………ごはんっっ!!」
「おお、そうだな」
「よしよし、嫁。大人しう、兄者に座っておれ」
「ほら、あーんせよ、嫁」
「嫁言う…ちょ、待っ、自分で………っんぐむっ」
がくぽは膝の上に乗せたカイトをがっしりと抱え込んで押さえ、がくは固定されて動けないその口に食事を突っ込んでいく。
「やはり飯は、温かいうちに食わねばな、嫁」
「うむ。たんと食うのだぞ、嫁」
「んぐむぅううーーーっっ!!」
食事時のお馴染みの光景を前に、マスターは力なく座卓に突っ伏した。
「いっきゅーうさぁーん……………………」