「「というわけで、待ちくたびれたぞ、花屋の」」
WANTED!!
きれいな顔二つに熱烈に迫られて、花屋の兄ちゃんは両手を掲げた。最近なんだか癖になりつつある、ホールドアップ。
自分の店である、商店街の一角に建つ花屋に帰ってくると、まったく瓜二つの美麗な顔に、憤りとともに責められるのが常態化している証拠だ。
しかしこんなものを、日常にしていてはいけない。
店先で、きれいどころ二人に迫られているなど、商売イメージ的にはマイナスも甚だしい。一人ならまだしも、二人だ。それも、異常なまでに美麗な。
もうひとつ言うと、その美麗な二人は商店街のアイドルである、『カイトちゃん』の公認旦那様だ。
二人が怒りと共に迫るとなれば、当然、『カイトちゃん』になにかしたのではないかという、あらぬ疑いが掛かる。
マイナスどころではない。六代目にして、立ち退きの危機。
花屋の兄ちゃんは両手を掲げたまま、きりりと迫るがくぽとがくに叫んだ。
「いいかおまえら!!その、『というわけで』から話し始める癖をどうにかしろ!意味不明だ!!繋がりが、俺にぁさっぱりなんだよ!!」
――花屋の兄ちゃんは、とても残念なことに、『おはなやさんのおにーさん』という風情ではない。どちらかというと、的屋。
それほど派手にぐれていた経験はないのだが、親の遺伝がものをいって、迫力のある風貌をしている。
なので少しでも叫んだり怒鳴ったりすると、その威力はいや増しに――
ならないこともないが、この場合、声が完全に悲鳴だった。声が降参している。
そして表情も、負け負けだ。
掲げた両手で頭を掻き毟り、兄ちゃんは懊悩著しくうずくまった。
「配達から帰って来てみりゃあ、『美人な双子』の『花売り娘』に、やいのやいのと責められる!!デジャヴだぞ、おまえら!ものっすごくいやな感じにデジャヴだ!!説明しろ、とにかくすべての現象を!あーちゃんに見っかって、俺が怒られる前に!」
「む、兄者……どうしたものか?」
「うむ、弟よ………どうも惑乱しておるようだ。頭を冷やす時間が必要だろう」
生真面目な顔を突き合わせて相談する、がくぽとがく――は、どういうわけか、『花売り娘』と化していた。
以前にやったときには和装だったが、今日は洋装だ。違いにあまり意味はない。
どちらにしても、女物。スカートだ。某アルプスの高原をイメージしたような、チロリアンワンピース。
そもそもは体格がいい外国人の衣装だから、男であり、日本人としてはいい体つきのがくぽとがくが着ても、まったく違和感がない。
そしてなにより重要なことに、着ている二人に、衣装に関する疑問がない。
長い髪はきれいに結い上げて、覗くうなじが罪作りに色っぽく、艶めくグロスで彩られたくちびるとも相俟って、思わず押し倒したくなる。
元は男だ。
そして他人様のロイド。
二人をこうした『犯人』に心当たりはあれ、彼らのマスターに怒られるのは『犯人』ではなく、兄ちゃんのほうだ。
理不尽だが、受け入れる。受け入れるが、経緯くらいは知っておきたい。
商店街の頼れる若衆頭を懊悩のどつぼに叩き込んでおいて、がくぽとがくはあくまでも麗々しく頷いた。
「仕方もない。我らが懇切丁寧に説明してやろう、突発的な出来事に弱い現代っ子よ」
「栄養ドリンクのドーピングなしには、社会生活も送れぬ惰弱なる現代の申し子に、情けをかけてやろう」
「うっわあ、おまえらやさしいな!!」
兄ちゃんの声は、完全に自棄だった。
しかしもちろん、マイウェイをひた走るがくぽとがくに、そういった細かい機微を気にしてやる情けはない。
「マスターが書置きを残して家出してな」
「あーちゃんが家出ぇええ?!!」
――そして猶予をやると言ってまず出した話題が、ほんの少しも精神的なものに配慮していなかった。
がくぽの言い出しに目を剥いて顔を上げた兄ちゃんだが、もちろん斟酌はしてもらえない。
平然と、がくが後を継いだ。
「その理由が、片腹痛いことにマリッジブルーだというのだ」
「まりっじぶるぅうう?!!」
「しかも家出すると宣言しながら、探してくれと言うので」
「そりゃ探せよ!!言われないでも探してやれよ!!」
泡を食って立ち上がった兄ちゃんにも、二人は動じない。
むしろ巨体の兄ちゃんが立ち上がった分、胸を逸らして体を大きく見せるようにし。
「そなたのところに探しに来てみたなら、配達で不在だという」
「仕方がないので、帰るまで待たせてもらえぬかと言ったなら」
「ただでかい図体を余らせていても仕様がなかろうと、そなたの母が言い」
「「斯様な仕儀に」」
「てぇいこぉおうしてぇえええええ!!!」
ようやく辿り着いた結論に、兄ちゃんは絶叫した。
思ったとおりの犯人だった。いや、そんなことをするのに、彼女以外の犯人もいないのだが。
まだ若い息子とともに花屋の店主を勤める彼女は、商店街のアイドルである『カイトちゃん』にも花売り娘のコスプレをさせて、売り上げアップを図る。
最前、がくぽとがくに和装させたときも、最終的にはカイトと三人で花売り娘をやらせ、結果売り上げは普段の十倍に。
――もちろん、相応の報酬は払っているが。
『嫁』と呼び慕うカイトから、商店街の人からの頼まれごとは、よほどのことがない限り決して断るなと、常々教育されているがくぽとがくだ。
カイトがそう言うのはとりもなおさず、マスターのせいで苦労の多い生活を、彼らに支えてもらっているという恩義を感じればこそだ。
しかし、ものには限度がある。
限度があるはずだが、カイトにしろ、後から来たがくぽとがくにしろ、限度も抵抗感も、常識で考えるよりかなり低いらしい。
「待ってる間に店番しててくれてたのぁ、いい。ありがとよ。しかしだな、そんなことしてる間に、あーちゃん探せよ!!」
悲痛さを拭えない声で叫ぶ兄ちゃんに、がくぽとがくは真顔でこっくり頷いた。
「だから探している」
「ゆえにそなたのところに来たのであろう」
「なんでそこで俺のとこだよ?!」
巨体に物を言わせてずいと迫った兄ちゃんにも、がくぽとがくは引くことなく、愛らしさ満点でちょこりと首を傾げた。
「結婚けっこん言われるの嫌さに、家出したのだぞ?」
「そなたのところ以外、どこに行く?」
「ぉうわぁあああ………!!」
思考回路が複雑過ぎるのにも、ほどがある。
そもそも、二人のマスターに結婚を申し込んだのが、この兄ちゃんだ。色よい返事をくれと、連日『結婚けっこん』迫ったのも。
マリッジブルーだと――OKと答えていないうちから気が早いこと甚だしいが――言って家出をした人間が、その求婚者のところに来るとは、
「そのココロは?!」
声を振り絞った兄ちゃんに、花売り娘は互いの片手を打ち合わせて握った。
「「マスターは、どツンデレゆえ」」
声を揃えて言い、鏡のように首を傾げる。
「こういうときは間違いなく、そなたのところにこっそり来て」
「『お、お嫁さんになってあげても、いーんだからねッ』というのが、相場と決まっておる」
「ぉおぐ……んぐっ?!」
もはや立っていられないと座り込もうとした兄ちゃんの胸座を、美々しいことこのうえない花売り娘たちが掴んで揺さぶり上げた。
「というわけで、とっととマスターを出すがいい、花屋の!」
「そなたがぐずぐずしておったせいで、時間がない!」
「ぅうぁああ!」
がっくがくと揺さぶられ、兄ちゃんは天を仰いだ。
今、わかった。
いつも通りに、遊び半分に花売り娘なんぞをやって、と思ったが、違う。
がくぽもがくもこのうえなく動転し、正常な判断力を失っている。
こういうとき、商店街の頼れる若衆頭、戦前から続く花屋の六代目店主である兄ちゃんにできることといえば――
「かぁああぃいいいとちゃぁあああああああああんんんっっ!!!たぁああすけてぇえええええっっ!!!」
――これだけだった。