しょちぴるり

第3部-第1話

――おいで。

呼ばれる。

まっすぐに手を伸ばされて、翳りのない笑顔で。

けれど伸ばされた手には、赤い傷跡が走っている。

やさしい笑みを浮かべる顔にも。

――おいで、『ふたり』とも。

傷つけたのは、あたし⇔俺?

傷つけたのは、あたし=俺。

傷つけたかったわけじゃない。

やわらかく抱いてくれる手を、やさしく笑んでくれる顔を、あたたかい言葉をくれるひとを――

どうして、傷つけたいなんて、思うだろう。

――だいじょうぶどこか、いたかったり、くるしかったり、する?

胸に抱きこまれて、膝に乗せられ、心配そうに訊かれる。

その胸にも、その膝にも、腹にも背中にも体のあちこちすべてに、傷跡は縦横に走る。

傷つけたくない。

きずつけたくない。

顔をすり寄せると、やさしい手が髪を梳いてくれた。

――うたってあげようね。いたいのが、なくなるうた……くるしいのが、やわらかくなるうた……

うたうたう、大事な大事な咽喉にすら、傷跡が。

いたいと、くるしいと泣き喚く、自分たちを癒してくれるのに――癒す、ために。

彼を傷つけるばかりの自分たちを、癒すために――己の体に、刻んでいく、傷。

異端であるがゆえに、世界は自分たちをすり潰す。

すり潰される痛みに、苦しさに耐えきれず、もがいて暴れる。

暴れるのは、痛いから。

暴れるのは、苦しいから。

わかっているから、傷つけられても傷つけられても、彼は暴れる自分たちを抱きしめる。

抱きしめて、傷だらけになりながら、癒しのうたをうたう。

痛くなくなるように。

苦しくなくなるように。

異端ゆえに、一族すべての母の命を奪って生まれた、自分たちに――

注がれる愛情が、わからないわけがない。

それでも、いたくて、くるしいから。

ぎゅっと縋りつくと、たからもののように、抱きしめられた。

命と引き換えに生まれたから、母の腕を知らない。

こんな心地よさなのか、それとももっと心地よいのか、――こちらのほうが、心地よいのか。

――♪

うたわれるうたに、その心地よさに、うとうとと、まどろみに落ちた。

――総意よ。

闇に霞む耳に、厳然たる姉神の声が、かすかに、聞こえた。

――異端なる双ツ神は、我ら神の総意を持って、存在を禁じ、時系より弾き出す。