がくぽが起きてまずすることは、カイトと口づけを交わすことだ。

朝からそうまでしてどうするというほどに深いもののときもあるし、軽く触れ合うだけのときもある。

そうやって、目覚めたカイトが一通り満足するまで寝台で睦み合い、それからようやく起き上がる。

床に放り出した着物を身に着けて、窓を塞ぐ鎧戸を上げ、朝の空気と光を入れ――

しょちぴるり

第3部-第10話

「がくぽ、おは………んっ」

カイトの目覚めと同時に、がくぽは瞳を開く。

ここら辺のカラクリは、カイトにはよくわからない。

がくぽは常に、カイトが目覚めるのと共に目を覚ます。人間ってそういうものなのかと思ったが、ひどく曖昧でおぼろげな記憶からするに、そうまで器用ではなかったような。

おそらくこれも、がくぽの特性だろうと。

目覚めたところで微笑みを交わし、挨拶――が、最後まできちんと言えたことは、少ない。

がくぽがすぐさま、くちびるを塞いでしまうからだ。

べたべたすることが苦手で、あまり触れ合うことが得意ではないのだと思っていたがくぽだが、まったく違った。

むしろ、べたべたすることが好きだ。

カイトががくぽに触れたり、口づけを強請ったりするよりも、がくぽからカイトに触れたり、口づけたりする回数のほうが、圧倒的に多い。

好きなら好きだと――言えないからこその、過剰な拒絶だったのだろうが。

「ん……っふ、んん………っ」

昨日の夜だとて、きちんと互いの欲望を吐き出して、食らい合って、それから眠ったのだ。

だというのに朝から貪るようにされて、快楽に弱いカイトの体はあっさりと疼き、がくぽが欲しいと訴えだす。

「ぁ、は………んっ」

今日のがくぽの気分は、朝から――なのか。

震えながら縋りついて、カイトは懸命にがくぽに応える。

それでもあまりの長さとしつこさに、意識が眩んで、体から力が抜けていった。

「ん………っ」

「……っふ」

くたんと力をなくし、カイトが再び寝台に沈んだところで、がくぽはようやく離れた。

濡れたくちびるを舐めながら、半ば意識を失った状態のカイトを眺める。

「………?」

懲りることなく疼く体を持て余して喘いでいたカイトは、ふと瞳を開いた。

いつもなら、このまますぐにがくぽが屈みこんできて、なにかしらのことを始める。

今日は一向に、触れられない。

おかげで疼きが治まらず、募って苦しい。

見上げると、がくぽはなにか痛みを堪えるような瞳をカイトに向けていた。

朝の光が漏れこんでいても、鎧戸を落としたままの部屋の中は暗い。

神であるカイトには十分になにもかもが見えても、がくぽの目にはそうまでつまびらかに、なにもかもは見えていないだろう。

「………くぽ?」

痺れきった口は、壮絶に舌足らずにがくぽの名を呼んだ。

がくぽがはっとして瞳を見開き、カイトへ屈みこもうとする。

しかしすぐに顔を背けると、鎧戸を見つめた。

「……がくぽ」

「すみません、少し」

「………」

理由のわからない謝罪とともに、がくぽは寝台から下りた。着物を拾って体に引っかけると、鎧戸を上げる。

差しこむ光と、流れ込む清涼な空気。

部屋の中に淀んでいた夜の情交の気配を洗い流し、気持ちを切り替えさせる。

「………どうして」

それでもカイトは、釈然とせずにつぶやいた。

気持ちが切り替えられてしまうからこそ、がくぽはカイトが満足するまで、鎧戸を開けないまま寝台で過ごすのだ。

今日のカイトは、満足するどころではない――疼きだけ募らされて、放り出されている。

このままでは、いくら朝の清涼な空気と光に触れても、淫らな気持ちが消えようがない。

「がくぽ……」

「少しだけ、先に……」

「………」

不安に駆られて呼ぶカイトに、朝日を浴びたがくぽは静かに笑った。

カイトは口を噤んで、窓辺に立つがくぽを見つめる。

先にと、言われた。

なにか早急に、確認したいことがあったのだろう。それが済んだら――、そういう意味だ。

がくぽは剣士だ。

カイトは気にならない、気にしないような些細な異変でも、神経質に確かめる。

それは例えば、濃厚に睦み合っている最中ですら、だ。

常に異変はカイトの身の安全に関することで、カイトから意識を逸らしているわけではない。冷静というわけではないとも本人は言うが、どうも――熱くなっているのが自分だけのような気がして、カイトは滅入る。

仕方のない面もある。カイトは快楽に弱い。

それとなく訊いてみればやはり、ここまで弱い相手も珍しいと、そんなようなことを言われた。

必ずしも床上手とは言えない自分でも、ここまで反応してくれるのか、と――

上手ではないというがくぽの言葉の真偽はともかく――がくぽは頻繁に、カイトにとっては無意味としか思えないやたらな謙遜をするからだ――、カイトが快楽に弱いことだけは、確かなようだ。

そういうところで、嘘や騙しを言う相手ではない。

気遣ってこそくれたが、はっきり弱いと言われた。

敏感だと。

辛いことはないかと、すぐに続いたが、今のところ不都合は感じていない。

感じていないが、温度差があるような気がして、微妙だ。

感じ過ぎてしまう自分と、おそらく普通のがくぽ。

神と、人間。

厳然と存在する、壁。

「カイト殿、すみません………少しだけ」

「……がくぽ?」

がくぽはさっきから、同じ言葉のくり返しだ。

謝罪と、目標の曖昧な、『少しだけ』。

わずかな不機嫌とともに首を傾げたカイトに苦笑を返して、寝台に戻ったがくぽは布団をまくった。

薄絹すらもまとっていない体を露わにされて、カイトはびくりと震える。

体を暖めてはいても、晒された冷気に驚くことはない。

そうではなく――先の口づけですでに、この体はきっちりと反応しているのだ。がくぽを求めて。

「ぁ……っ」

「カイト殿、少し」

「ぅ、………ふ……っ」

慌てて体を隠そうとしたカイトに伸し掛かって手を押さえ、がくぽはやはり同じ言葉をくり返す。

なにかしら、強請られていることだけは、わかる。

強請られたなら、叶えるのが神。

カイトという、願い叶える神。

反射だけで動きを止め、カイトは肌を朱に染め上げながら、がくぽの視線に晒された。

「………」

扇情的に染まっていく肌は、光を入れた室内ではその肌理の細かさまで、つぶさに見える。

触られる前から期待で尖った胸の飾りに、浮くあばら。

続く腰への筋と――本来は真っ白できれいな肌を汚す、新旧入り混じった、情交痕。

ここ最近はようやく自制を取り戻して、昼間の野辺で唐突に押し倒すような真似は控えてきた。

この体を開くのは、夜、寝台に入ったときと、ときたま、朝に煽られたとき。

どちらも鎧戸が落ちて室内は暗く、照明もないから見えるのは輪郭だけだ。

色や細かなところまで、つぶさには見ていない。なにより最近、昼間のカイトは薄絹の上に、体を隠す着物を羽織っている。

連日情を交わしていながら、こうまではっきりと見たのは、久方ぶりのことだ。

「………」

「……が、がくぽ………っ」

押さえこまれてひたすらに眺められ、カイトは狼狽えた声を上げる。

辛うじて布団によって隠されているが、下半身は痛いほどに疼いて反応し始めているのだ。

見られているだけなのに――それもおそらく、性的な意味もない、観察者としての目で。

それでも、がくぽに見られていると思うだけで、カイトの体は疼きが募って苦しくなる。

くねる体を眺めて、がくぽはわずかに眉をひそめた。

くちびるを噛み、殊更に呼吸を抑える。

肌に散った情交痕は、首や胸だけに収まらない。

腕や太もも、背中にすら散っていて、もちろん、腹にも。

つけたばかりの痕は、鮮やかな色だ。

花が開いたようでもある。古びて徐々に枯れていき、きれいな肌を無残に汚していく。

隠すようになってから堪えも利かずに吸いつくせいもあるが、カイトの肌は弱い。

わずかな口づけで、すぐに痕として残る。

遠慮しても結果が同じなら、我慢するだけ損だ――と。

さらに遠慮を止めたから、もはやどうしようもない。

だが確かに、見分けはつく。

「カイト殿」

「ん、ぅんっ、ぅんっ?!」

呼ばれて、カイトは慌てて返事をした。

この拷問めいた観察から逃れられるというなら、なんでも縋りたい。

そのカイトの腹を、がくぽはさらりと撫でた。

「っっ!!」

ひくんと跳ねた体はわかったはずだが、がくぽは構わない。

「これ――腹の、中央にある………へそのあたりの、この痣ですが。いつから、あります?」

「あ、あざ……?!」

喘ぎながら、カイトはわずかに頭を上げ、自分の腹を見た。

肌に残されたがくぽの指が、訊きたい場所を示している。

へそより、わずかに下。

いや、今やへそすらも飲みこむほどに――

カイトの腹には、鮮やかな赤い色の花が、咲いていた。

咲いていた、――というのは、わずかに語弊があるかもしれない。それは見たところ、蕾というのがいちばん近い。

新旧数多くの情交痕に紛れながら埋もれることなく、鮮やかな色でカイトの腹に描かれた、蕾。

蕾のように見える、赤い痣。

こんなものが以前にはなかったということは、はっきり言える。

ごく最近までのカイトは肌の透ける薄絹姿で、もうひとつ言うと、その意味があるのかないのかわからない布地は、腹を覆っていなかった。

晒された腹は、さらにつぶさに肌の様子を見せていて、そこはどこまでも滑らかに白かった。

隠す以前――自制もなく、昼間の野辺ですらことに及んでいたときだが、そのときにも。

「………」

がくぽはますます眉をひそめる。

なかった、だろう、か。

確かあのころは、体中、新しい痕だらけだった。

肌を見れば興奮して、まともな思考などなかった。

今でも興奮のあまりに理性が飛ぶが、最初のころはさらに。

我慢し過ぎたのだ。募る欲情は発情期の獣より、なおのこと悪かった。

「そ、れ………?」

「ええ。いつからです?」

「………」

厳しい表情のがくぽの問いに、カイトは肌を染めたまま、首を傾げる。

「………さいしょ、から?」

「最初?」

カイトの言葉は時として、意味を掴みかねる場所から始まる。

問い返したがくぽに、カイトはわずかに上目になって、考えをまとめるように口をもごつかせた。

「えっと………がくぽと、した、さいしょ……」

「………覚えがありません」

「うん」

昼間の野辺で開いたときに、こんな模様が浮かび出ていれば、いくらなんでも問い質す。

人間と体を重ねたことでカイトが不調に陥ることを、なによりも恐れていればこそだ。

これが不調の証と決まったわけではないが、神の体はわからない。

おそらくメイコや誰か、片端から捕まえて訊いて回ったはずだ。

しかし現実として、気がついたのは今だ。

がくぽの答えにあっさり頷いたカイトは、やはりあっさりと続けた。

「だんだん、おっきくなってきたから。さいしょは、がくぽのアトとおんなじだったけど………がくぽとするたびに、花びら一枚いちまい増えて、こうやって」

「………っ」

危機感がないにも、ほどがある。

一瞬、叫びかけたがくぽだが、すぐに気を取り直した。

がくぽには、神の体の知識はない。カイトは違う。そもそも神だ。

問題がないと思えばこそ、こうまでのんびりとしているのかもしれない。問題はないかと訊かれたときにも、思い浮かべることもなく。

一瞬の激昂をやはり一瞬で鎮めて、がくぽはカイトを見つめた。

「………なんですか、これは?」

救いを求めての問いに、カイトはやはり、どこまでもあっさりと答えた。

「わかんない」