しょちぴるり
第4部-第8話
口の中にことりと落ちる、小さな――たね。
――反則にも、ほどがありますわ。あのひとときたら、いつもいつも!
春色を纏う、愛欲の女ノ神が苛立ったように言う。
その声音には苛立ちとともに、微細な不安が隠れている。
落としこまれたたねを飲みこんだカイトは、不安に苛立ち慄く彼女へと微笑みかけた。
――順番が、違いますのよ。
穏やかで、やさしい気質の女ノ神だ。
愛欲を司って奔放だが同時に情が強く、思いやり深いために他者の不浄を喰らって、自らの胎を汚す。
――そもそもは、相手在って、初めて与えるものです。
――うん。
大き過ぎる不安に泣きそうになっている彼女に、カイトは素直に頷いた。
――愛し合うもの同士に、愛を司るあたくしが与える試練であり、裏腹の祝福で、同時に呪いです。
――うん。
頷いて、カイトは腹を撫でる。
植えつけられた、植えつけた、たね。
――相手もないうちに、ましてや、男のあなたに。
――でも、ルカ。
感情が激していって涙声になる彼女に、カイトは穏やかに呼びかけた。
なだめるように、あやすように、丸めこむように。
――必要なんだ。おれは、きめた。
声音は穏やかでやさしくても、厳然とした響きを持って譲らない。
母神亡きあと、もっとも母性溢れるものとなった愛欲の女ノ神は、きれいな顔を両手で覆って啜り泣きをこぼした。
――あたくしだって、必要はわかっています………力になりたいと、思います。あれらのことは真実いとおしく、哀れだと思うのです。ですが。
ひとを唆して関係を持たせながら、結ばれた二人に、最後にもっとも厳しい試練を与える。
それが、彼女だ。
手酷く裏切っているようで、実のところ、結ばれた二人を誰よりも案ずればこそ、与える試練――
相矛盾するその行為を、己を律して与えることができるのは、彼女だからこそ。
だれよりもなによりもやさしく、母の心を持てばこそ――
啜り泣いていた彼女は、涙を堪えて顔を上げ、カイトを見つめた。
――ですがあたくしは、あなたのことも案ずるのです、カイト。このたねは。
抱かれたカイトの腹、その中に自分が落としこんだものを見透かすように、彼女は瞳を細める。
堪えきれずにしゃくり上げてから、春色の女ノ神は表情を毅然と改めた。
微笑むカイトをしっかと見据え、抱かれる腹を指差す。
――一度たねが開けば、取り返しはつきません。宿った花は、あなたに猜疑を植えつける。相手へと、ひたすらに疑いを募らせ、狂わせます。あなたたちの愛が真か、それとも儚く崩れ終わるものなのか、結論が出るまで。
――うん。
頷くカイトに、彼女は瞳を伏せた。
――想いが実れば、それは子供という形で顕れます。けれどもし、想いが儚く崩れ終わるなら。
瞳を上げた愛欲の女ノ神の声は、冷たく凍えた。
――その花は、あなたのこころを壊し、相手の命を啜って、枯れることでしょう。