「マスター」
「はい?」
メイコに呼ばれ、マスターは振り返った。そして、戸惑う。
彼女が偏愛するロイドは、常になく緊張した顔だった。
愚者の敗北
「…どうしたの、メイコさん」
「…っ」
内心の動揺は押し隠して穏やかに訊いたマスターに、メイコがくちびるを開く。しかし、いつもぽんぽんと小気味よく言葉をこぼすそのくちびるは空転するばかりで、掠れ声さえ漏れない。
「メイコさん?」
「ま、マスター」
「はい」
「マスター」
「…はい?」
連呼されるたびに頷いてみるが、どうもおかしい。
メイコから、激しい葛藤を感じる。まるで、出会った頃にでも戻ったような。
考えたくない危惧に、マスターはわずかに眉をひそめた。その様子に気づくこともなく、メイコはくちびるを空転させ続け。
「…っま、すたー、っ」
「メイコさん?」
顔を真っ赤にして、拳を握りしめて俯いたメイコに、マスターは手を伸ばす。
だが手が届く前に、メイコはがばっと顔を上げると、涙すら滲んだ瞳でマスターを睨み、叫んだ。
「覚えてろぉおおっ、このどちくしょぉがぁああああああっ!!」
そして、ぅわあああああん!と泣きながら走り去ってしまった。
訳が分からないのは、残されたマスターだ。伸ばした手をマヌケに漂わせたまま、ぽかんと立ち尽くす。
「えええ…?私、なにをしましたか…………っ?!」
思い返すが、これという心当たりがない。逆転して言うと、心当たりがあり過ぎて特定できない。
石柱と化したマスターが発見されるのは、それからかなり経ってからのこと。