B.Y.L.M.-ExtraEdition
Melody-scene2
忘れた自分が悪いと言えば、悪い。
――が、忘れる程度の価値しかなかったのが、がくぽの『これまで』を物語っているとも言える。
とにもかくにもほうぼうに問い合わせ、ないに等しいつてというつてを辿り尽くし、散々な苦労の末に、がくぽはようやく求めていた答えを得た。
が、その答えといえば苦労に見合わず、まったく芳しくないものだった。
なにしろ、夏季のさなかだ。夏の盛りも盛り、もっとも暑さの厳しい時節の日付――
南王を恨みがましく思ったことは数えきれず、がくぽはその数多の内にまたひとつ、恨み言を加えた。
つまり、よりにもよってなんだって、夏の盛りにお産なぞしたのかという。
それで生まれたのががくぽなのだが、だから産んだ相手だ。南王だ。並みの生物ならともかく、人智を超えたという意味で、『魔』の冠を与えられまでした相手だ。
陣痛だとて好きに操れるはずであろうに、わざわざ酷暑のさなかを選ぶとは、もはや考えなしを超えて悪意しか感じないではないか。
「………困ったものだな」
このときは昼間であり、がくぽは青年だった。
が、微妙に拗ねた心地でナナメを向き、渋々と、あからさまに気が進まない様子でカイトへ報告した姿は、まるで幼子のようだった。夜の少年とすら、等価ではない――幼子だ。
対するカイトといえば、聞いた瞬間はやはり、驚愕で息を詰めた。
そしてややしてからようやくそう、吐きだしたのだ。詰めた息とともに、困ったという言葉通りの、困惑した表情でだ。
「私は南方の夏が嫌いだ」
困惑はあれ、迷いもためらいもなくきっぱり告げられた言葉に、がくぽは然もありなんと思うだけだった。
カイトが異邦人――西方の生まれ育ちだから南方の夏に馴染めず、嫌うのではない。がくぽだとて、否、南方人こぞって、ほとんどのものが、好きではない。
季節の走りであればまだしも、盛りともなれば、すべてのものがと言っても、過言ではないだろう。
その、嫌われものの盛りに、自分は生まれたのだ。
種を超え、人智を超えて最強たる南王の、忌まれ厭われる最弱の子らしい生まれではないかと――
いつもの諦念を抱きかけたがくぽだが、カイトの話はまったく終わっていなかった。否、始まったばかりだった。
「しかしおまえの生まれ日があるのかと思うと、な。――うん、楽しみだ。ならば仕方がないかと、赦してしまう。否、早く来ないかとさえ………それで早く来ようものならきっと、ひどく後悔するのだろうに」
「………………………は?」
複雑そうな風情はあれ、カイトは非常にはきはきと、明瞭に話していた。
聞き間違いようもないのだが、がくぽはしばらく、なにを言われているものか、まるで理解できなかった。
呆気に取られて最愛の妻を見つめるのが精いっぱいで、だから全体、なにを言っているのかと。
そんな反応に構うこともなく、カイトはふんわりと、こころからの笑みをがくぽに向ける。
「憂鬱なばかりであった夏に、楽しみができた。待ち望めるものがあるというのは、いいな。たぶん挫けかけてもきっと、おまえの生まれ日まであと幾日と、指折り数えればそれが、乗り越えるよすがとなる」
「………………………………………………………………………は」
鷹揚であるのがカイトだし、時にその過ぎ越しが案じられもする。花として、根づくべき大地と定めた伴侶への、底深い愛情もあるだろうし、――
だとしてもだ。
がくぽは唖然としたまま、むしろ愕然として、うっすら頬まで染め、夢見るように笑うカイトへ吐きだした。
「あの、カイト様……?言いたかありませんが、あなたたまに、『あれ』より余程に、意味不明で理解不能ですよ?」
ENDorTOBECONTINUED...